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其の参 甘いも、酸いも
十五
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「キミ、ホンマに変わっとるなぁ」
辰三はそう言うなり、くるりと初名に背を向けてしまった。そして、何やらごそごそしていたかと思うと、急にまたくるりと振り向いた。その顔は……
「ひああああああ! な、何で戻ってるんですか!」
辰三は、せっかくしまっていた包帯を顔に巻き直して、ミイラ男に戻ってしまったのだった。
「うん。やっぱりこっちの方がキミ、反応おもろいな」
「おもろいって何ですか! 怯えてるんです!」
叫ぶ初名を見て、先ほど以上にけたけた笑う辰三。初名が見た中で一番大きく笑っているのがこの顔だというのが何とも腹立たしいが、怖いからそれ以上近づけない。
しかも初名が目を背けている間に初名の団子に手を伸ばそうとしてくる。
「何で私のを食べるんですか! これから大盛りあんみつが来るのに!」
「多いに越したことはないやん」
「何ですかそれ!」
「何しとんねん、お前は!」
愉快そうな辰三の頭を、誰かが思い切りはたいた。バチンと大きな音がして、辰三はもとより、はたいた当人……風見も痛そうに手をさすっている。
「痛いなぁ。何すんねんな、風見さん」
「いや、お前こそ何しとんねん。女の子脅かしておまけに皿から盗ろうとして……子供か」
「子供心って忘れたらアカンやん?」
「お前のそれは忘れた方がええ」
ふわりと、風見の後ろから弥次郎までが現れた。呆れたように、ため息とともに煙管の煙を吐き出した。
灰を落とすと、辰三に向けていたものとは真逆の印象の笑みを向けた。
「大丈夫か? そのアホにえらい気に入られたもんやな」
「嫌がらせです!」
「嫌がらせちゃうわ。面白がってんねん」
「それを嫌がらせって言うんです!」
「……ところで、このあんみつどないしてん?」
弥次郎は初名の叫びをかわし、机に置かれた丼大盛のあんみつに目を止めた。
「俺も気になっとってん。今日あんみつ安いんか?」
「これだけとちゃうよ」
風見の後ろから、琴子が勇ましい声を発した。その手には、店で一番大きいと思われる丼に山盛りになったあんみつが二皿も載っている。その横には小さな取り皿も置いている。皆で、一緒に食べるためだ。
「何や何や? 何かええことあったんか?」
「まぁ、ちょっとな」
辰三は含み笑いでごまかしていたが、初名は首を傾げた。今の今まで、”いいこと”が何かあっただろうかと。
「ええことねぇ……そやね。ええことやね」
琴子はうふふと笑って、奥に引っ込んだ。風見は訳が分からないという顔をしていたが、弥次郎は何やら感じ取ったらしく、琴子と同じような笑みを浮かべていた。
「いいことって何ですか? これ、いつもの供養の延長ですよね?」
「供養?」
その言葉で、風見も何か思い至ったらしい。辰三と静かに視線を交わし、何も言わずに頷いていた。
「そうか、供養か……供養は、やった方がええな」
「そうやな」
「え」
風見と弥次郎は、初名たちが座る机の残った席にそれぞれ座った。そして、取り皿を一つずつ手元に寄せた。
「ちょっと待ってや。風見さんもやじさんも、何で当たり前みたいに食おうとしとるん?」
辰三は取り返そうとしていたが……遅かった。風見も弥次郎も、すでに木のスプーンを手にして”いただきます”と手を合わせている。
「こんだけぎょうさんあったら二人じゃ食べきれんやろ。手伝うたる」
辰三は思いきり眉をしかめた。確かに二人で食べきれるか不安ではあった。だがいきなり割り込んできた二人に横から取られるのは、面白くないのだ。
「いいじゃないですか。人手が多いに越したことはないですよ。それに、払うのは私なんでしょ?」
初名は、迷わず風見たちに頭を下げた。さすがにこの量を食べきれるかは不安だったのだ。払う人間がこう言っているからには、さすがの辰三も反論できないようだった。
辰三はもぐもぐ食べている風見と弥次郎をじっとりとねめつけた。
「……二人ともタダ飯食べたいだけやろ」
「お前も似たようなもんやないか」
「ちゃうわ。ああもう、早よ食べな。全部食われてまうわ」
辰三もまた、琴子が持ってきた取り皿を引き寄せて、あんみつを掻き込んだ。初名もそれに続いた。
たっぷりかかった黒蜜がとろりと甘くて、杏子の酸っぱさに時々口をすぼめる。冷たい寒天がそれらを柔らかく包み込んで、揃って喉元を通り過ぎていく。すると、胸の奥がぽっと温かくなる。
辰三の家族も、そうだったんだろうか。
風見や弥次郎と子供のように騒いで、賑やかに甘いも酸いも一緒に食べているその様を見て、初名はそう思った。
辰三はそう言うなり、くるりと初名に背を向けてしまった。そして、何やらごそごそしていたかと思うと、急にまたくるりと振り向いた。その顔は……
「ひああああああ! な、何で戻ってるんですか!」
辰三は、せっかくしまっていた包帯を顔に巻き直して、ミイラ男に戻ってしまったのだった。
「うん。やっぱりこっちの方がキミ、反応おもろいな」
「おもろいって何ですか! 怯えてるんです!」
叫ぶ初名を見て、先ほど以上にけたけた笑う辰三。初名が見た中で一番大きく笑っているのがこの顔だというのが何とも腹立たしいが、怖いからそれ以上近づけない。
しかも初名が目を背けている間に初名の団子に手を伸ばそうとしてくる。
「何で私のを食べるんですか! これから大盛りあんみつが来るのに!」
「多いに越したことはないやん」
「何ですかそれ!」
「何しとんねん、お前は!」
愉快そうな辰三の頭を、誰かが思い切りはたいた。バチンと大きな音がして、辰三はもとより、はたいた当人……風見も痛そうに手をさすっている。
「痛いなぁ。何すんねんな、風見さん」
「いや、お前こそ何しとんねん。女の子脅かしておまけに皿から盗ろうとして……子供か」
「子供心って忘れたらアカンやん?」
「お前のそれは忘れた方がええ」
ふわりと、風見の後ろから弥次郎までが現れた。呆れたように、ため息とともに煙管の煙を吐き出した。
灰を落とすと、辰三に向けていたものとは真逆の印象の笑みを向けた。
「大丈夫か? そのアホにえらい気に入られたもんやな」
「嫌がらせです!」
「嫌がらせちゃうわ。面白がってんねん」
「それを嫌がらせって言うんです!」
「……ところで、このあんみつどないしてん?」
弥次郎は初名の叫びをかわし、机に置かれた丼大盛のあんみつに目を止めた。
「俺も気になっとってん。今日あんみつ安いんか?」
「これだけとちゃうよ」
風見の後ろから、琴子が勇ましい声を発した。その手には、店で一番大きいと思われる丼に山盛りになったあんみつが二皿も載っている。その横には小さな取り皿も置いている。皆で、一緒に食べるためだ。
「何や何や? 何かええことあったんか?」
「まぁ、ちょっとな」
辰三は含み笑いでごまかしていたが、初名は首を傾げた。今の今まで、”いいこと”が何かあっただろうかと。
「ええことねぇ……そやね。ええことやね」
琴子はうふふと笑って、奥に引っ込んだ。風見は訳が分からないという顔をしていたが、弥次郎は何やら感じ取ったらしく、琴子と同じような笑みを浮かべていた。
「いいことって何ですか? これ、いつもの供養の延長ですよね?」
「供養?」
その言葉で、風見も何か思い至ったらしい。辰三と静かに視線を交わし、何も言わずに頷いていた。
「そうか、供養か……供養は、やった方がええな」
「そうやな」
「え」
風見と弥次郎は、初名たちが座る机の残った席にそれぞれ座った。そして、取り皿を一つずつ手元に寄せた。
「ちょっと待ってや。風見さんもやじさんも、何で当たり前みたいに食おうとしとるん?」
辰三は取り返そうとしていたが……遅かった。風見も弥次郎も、すでに木のスプーンを手にして”いただきます”と手を合わせている。
「こんだけぎょうさんあったら二人じゃ食べきれんやろ。手伝うたる」
辰三は思いきり眉をしかめた。確かに二人で食べきれるか不安ではあった。だがいきなり割り込んできた二人に横から取られるのは、面白くないのだ。
「いいじゃないですか。人手が多いに越したことはないですよ。それに、払うのは私なんでしょ?」
初名は、迷わず風見たちに頭を下げた。さすがにこの量を食べきれるかは不安だったのだ。払う人間がこう言っているからには、さすがの辰三も反論できないようだった。
辰三はもぐもぐ食べている風見と弥次郎をじっとりとねめつけた。
「……二人ともタダ飯食べたいだけやろ」
「お前も似たようなもんやないか」
「ちゃうわ。ああもう、早よ食べな。全部食われてまうわ」
辰三もまた、琴子が持ってきた取り皿を引き寄せて、あんみつを掻き込んだ。初名もそれに続いた。
たっぷりかかった黒蜜がとろりと甘くて、杏子の酸っぱさに時々口をすぼめる。冷たい寒天がそれらを柔らかく包み込んで、揃って喉元を通り過ぎていく。すると、胸の奥がぽっと温かくなる。
辰三の家族も、そうだったんだろうか。
風見や弥次郎と子供のように騒いで、賑やかに甘いも酸いも一緒に食べているその様を見て、初名はそう思った。
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