大阪梅田あやかし横丁〜地下迷宮のさがしもの〜

真鳥カノ

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其の参 甘いも、酸いも

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 唄が聞こえる。どこかで聞いたような、初めて聞いたような、心地よい旋律だ。温かな陽だまりの中で、ふわふわ浮かんで揺蕩っているような、そんな気分になる。
 ここはどこだろうか。明るくて、温かくて、柔らかい。それに、い草の香りがする。畳の上にいるのだろうか。さっきまで、固い床の上を歩いていたはずだ。
 初名はうっすら目を開ける。真っ先に目に映ったのは天井の木目。木造の建物らしい。ちらりと視線をずらすと、壁に棚が置いてあり、そこに人が並んでいた。大きな人、小さな人、小人ぐらいの人もいる。不思議なことに、全員と目が合う。
 その光景は本当に不思議だった。和洋折衷様々な恰好であり、顔色も様々であり、そして中には首だけの人もいて……
「! ひああああああっ!」
 跳ね起きて壁の人たち・・・からできるだけ逃げた。
ーーと、その時、一段低い戸棚の上に、小さな人がいた。女性と子供が二人、囲炉裏を囲んで笑っている。初名は、その光景に釘付けになっていた。
 その人たちは人間というには小さく、何より歪な形をしていて、まるでーー
「……人形?」
 今にも動き出しそうな空気を纏っているものだから怯えてしまったが、よく見ると、視線の主は皆、人間ではなく人形だった。
 ふと、周囲を見回してみた。
 田舎の祖母の家のような木造建築で、壁は漆喰、今いる部屋は8畳ほどの畳の間だ。壁には天井に届くほど高い棚があり、隙間なく人形が並んでいた。不思議なことに、日本人形だけでなく西洋人形も見られた。それだけでなく、アンティークドール、子供用の着せ替え人形、高値で取引されそうな精巧なフィギュア等々、古今東西、和洋折衷、人形と名の付くものがすべて揃っているように見えた。
「ここって……人形屋さん?」
「そうやけど」
 今度こそ人の声がした。声のする方へ視線を向けると、耳を抑えてこちらを睨む青年がいた。
「ご、ご、ごめんなさい! お騒がせしまして!」
「今の方がうるさい。ホンマ、声もうちょっと小さくできへんのかいな……」
 パーカーに、ちょっとゆるめのジーンズを身に着けた青年が、顔をしかめてそうぼやいた。眉間にしわが寄ってはいるのだが、その容貌は20代前半ほどに見えて、男性にしてはやや大きな瞳はガラス玉のように澄んでいた。鼻はやや高く、唇の形も整っている。初名は思わず見惚れてしまっていた。
 一言でいえば目の前にいるのは、美男だった。風見や弥次郎よりも少し童顔だが、すごく格好いい人であるのは間違いない。
「あ、あ、あの……ここっていったい?」
「僕の店の中」
「ボクノミセ……とは?」
「それ、ボケとるんか?」
 青年の眉がぴくんと中央に寄った。
「ぼ、ボケてません。本当にどこか見当がつかなくて……」
「……横町の中の僕の店。地下街の地下。来たくなかったかも知らんけど、あんなところで倒れて他にどこで介抱したらええかわからんかったから、とりあえず連れてきてしもたわ。事後承諾やけど、堪忍してや」
「そんな堪忍なんて……むしろご迷惑をおかけしてしまい申し訳なく……」
「うん、まぁ迷惑はええよ。僕も考えが足らんかったわ」
 青年は急に殊勝な態度で頭を下げた。
「風見さんのことが見えるんやし、影響受けやすいことはわかっとったのに、うっかりしてたわ。ごめんな」
「い、いえ、そんな……」
 何故謝られているのか、初名にはさっぱりわからなかった。
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