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其の参 甘いも、酸いも
五
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「は、恥ずかしいって……それだけですか?」
「他に何かいるん?」
要るか要らないかで言えば、要らない。だが初名は何故か釈然としなかった。
恥ずかしいから、見られたくないからと隠したことで、かえって悪目立ちしているのだから。
「試しにそれ、はずしてみたりとかは……?」
「嫌や。キミ、ためしにここで全裸になってみたりできるんか?」
「できません……すみません……」
全裸と包帯ではあまりにも差がありすぎると思うが、基準はひとそれぞれと思うことにする。
「で、でも何でそこまで……? だってすごく目立ってますよ?」
「……今日はよう喋るな」
ため息に混じってに響いた声は、低かった。それまでの飄々とした響きとはどこか違う、暗い声だった。
「倒れんと普通にしてると思たら、随分まぁズケズケ突っ込んでくるやないか。短い間にえらい気安うなったもんやな」
怒っている。
軽やかな声と口調に、つい調子に乗って馴れ馴れしく尋ねすぎてしまった。
ずっと隠していると言うことは、聞かれたくない事情があるということだろうに。
「ご……ごめんなさい」
「うん、ええよ」
返ってきた言葉は、あまりにもあっさりしていた。
「あの……怒っていらっしゃるのでは?」
「まぁ気分良くはないな」
「そ、それは大変失礼を……」
「かと言って怒鳴りつけて気まずくなっても面倒くさいだけやしなぁ。ここは一つ、恥ずかしいことを聞かれたお返しに、恥ずかしいかもしれへんことを聞き返すっちゅうのでどうやろ」
「は、恥ずかしいかもしれない……? よくわからないですけど、何なりとどうぞ!」
「そこ、縫わへんの?」
「そこって……?」
見ると、辰三は何かを指さしていた。その指し先を追っていくと、初名の梅の柄の鞄……の底の破れた箇所が目に入った。
「ああぁ!」
「声大きい……」
「ごめんなさい」
剣道のおかげで、咄嗟の発声量がものすごく大きい初名であった。
「気ぃついてへんかったんか。大物やな」
「私からは死角になっていて……」
「まぁ早うわかって良かったやん。帰ったらすぐに縫いや」
「縫う……縫うって、どうやって?」
「は?」
この鞄は、祖母が自分のお気に入りだった着物をリサイクルして作ってくれたものだ。その製造過程を、初名は目にしていなかった。言い換えれば、構造を知らないのだった。
「いや、ほつれたところ縫うたらええだけやろ。裁縫とか習わへんの?」
「習いますけど……誰しも得手不得手があるっていうか……」
「……”不得手”の方やねんな?」
初名が深く頷くと、同じくらい深いため息が聞こえてきた。穴をもっと深く掘らなければいけないかもしれない。
「……仕方ないか。帰りに裁縫の本買いに行くか、ネットでやり方を確認しながら縫うかします」
「それか、上手な者に頼むか」
「……え? ジョウズナモン?」
「僕とか」
「僕!?」
またしても初名の大声がさく裂し、辰三は顔をしかめた。
「だから……声大きい言うてるやろ」
「ご、ごめんなさい」
「だいたい何やねん。僕が裁縫上手かったら何か変か?」
「いえ、変では……ちょっとイメージできないっていうか……」
「失礼やな。確実にキミよりは上手や。その鞄作るぐらいならできるわい」
「!」
自分には作れない。初名は敗北を確信した。
「今なら出血大サービス、さっきのジェラートもう1個で引き受けたるわ」
「!!」
もはや、プライドなんてものはちっぽけなものに過ぎなかった。初名は深々と頭を下げた。
「よろしくお願いいたします……!」
「よっしゃ、交渉成立やな」
辰三は右手を差し出した。包帯だらけのその手に、一瞬臆す初名だったが、意を決して握り返した。
だがすぐに、その手はするりと解かれた。
「ちょっと待っといて」
「え!?」
手のひらを返すにしても早すぎる。行き場のない右手と辰三を交互に見返していると、辰三がある一方向を見ていることに気が付いた。その方向に、視線を合わせてみる。
すると、その理由がよくわかった。
辰三が見つめていた先には、ジェラート片手に楽しそうにはしゃぐ女性二人がいた。どちらも華やかな雰囲気で、おしゃれな、美人だった。
「他に何かいるん?」
要るか要らないかで言えば、要らない。だが初名は何故か釈然としなかった。
恥ずかしいから、見られたくないからと隠したことで、かえって悪目立ちしているのだから。
「試しにそれ、はずしてみたりとかは……?」
「嫌や。キミ、ためしにここで全裸になってみたりできるんか?」
「できません……すみません……」
全裸と包帯ではあまりにも差がありすぎると思うが、基準はひとそれぞれと思うことにする。
「で、でも何でそこまで……? だってすごく目立ってますよ?」
「……今日はよう喋るな」
ため息に混じってに響いた声は、低かった。それまでの飄々とした響きとはどこか違う、暗い声だった。
「倒れんと普通にしてると思たら、随分まぁズケズケ突っ込んでくるやないか。短い間にえらい気安うなったもんやな」
怒っている。
軽やかな声と口調に、つい調子に乗って馴れ馴れしく尋ねすぎてしまった。
ずっと隠していると言うことは、聞かれたくない事情があるということだろうに。
「ご……ごめんなさい」
「うん、ええよ」
返ってきた言葉は、あまりにもあっさりしていた。
「あの……怒っていらっしゃるのでは?」
「まぁ気分良くはないな」
「そ、それは大変失礼を……」
「かと言って怒鳴りつけて気まずくなっても面倒くさいだけやしなぁ。ここは一つ、恥ずかしいことを聞かれたお返しに、恥ずかしいかもしれへんことを聞き返すっちゅうのでどうやろ」
「は、恥ずかしいかもしれない……? よくわからないですけど、何なりとどうぞ!」
「そこ、縫わへんの?」
「そこって……?」
見ると、辰三は何かを指さしていた。その指し先を追っていくと、初名の梅の柄の鞄……の底の破れた箇所が目に入った。
「ああぁ!」
「声大きい……」
「ごめんなさい」
剣道のおかげで、咄嗟の発声量がものすごく大きい初名であった。
「気ぃついてへんかったんか。大物やな」
「私からは死角になっていて……」
「まぁ早うわかって良かったやん。帰ったらすぐに縫いや」
「縫う……縫うって、どうやって?」
「は?」
この鞄は、祖母が自分のお気に入りだった着物をリサイクルして作ってくれたものだ。その製造過程を、初名は目にしていなかった。言い換えれば、構造を知らないのだった。
「いや、ほつれたところ縫うたらええだけやろ。裁縫とか習わへんの?」
「習いますけど……誰しも得手不得手があるっていうか……」
「……”不得手”の方やねんな?」
初名が深く頷くと、同じくらい深いため息が聞こえてきた。穴をもっと深く掘らなければいけないかもしれない。
「……仕方ないか。帰りに裁縫の本買いに行くか、ネットでやり方を確認しながら縫うかします」
「それか、上手な者に頼むか」
「……え? ジョウズナモン?」
「僕とか」
「僕!?」
またしても初名の大声がさく裂し、辰三は顔をしかめた。
「だから……声大きい言うてるやろ」
「ご、ごめんなさい」
「だいたい何やねん。僕が裁縫上手かったら何か変か?」
「いえ、変では……ちょっとイメージできないっていうか……」
「失礼やな。確実にキミよりは上手や。その鞄作るぐらいならできるわい」
「!」
自分には作れない。初名は敗北を確信した。
「今なら出血大サービス、さっきのジェラートもう1個で引き受けたるわ」
「!!」
もはや、プライドなんてものはちっぽけなものに過ぎなかった。初名は深々と頭を下げた。
「よろしくお願いいたします……!」
「よっしゃ、交渉成立やな」
辰三は右手を差し出した。包帯だらけのその手に、一瞬臆す初名だったが、意を決して握り返した。
だがすぐに、その手はするりと解かれた。
「ちょっと待っといて」
「え!?」
手のひらを返すにしても早すぎる。行き場のない右手と辰三を交互に見返していると、辰三がある一方向を見ていることに気が付いた。その方向に、視線を合わせてみる。
すると、その理由がよくわかった。
辰三が見つめていた先には、ジェラート片手に楽しそうにはしゃぐ女性二人がいた。どちらも華やかな雰囲気で、おしゃれな、美人だった。
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