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其の参 甘いも、酸いも
二
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「はぁ……重い……遠い……」
何かを探し求めると、何故だか手にした荷物が急激に重さを増すような気がするのは、何故だろう。
いや、実際今日は前期課程のテキストをまとめて買ったので、いつもより鞄が重いのだが。こんな日に限って、また歩き回らなければならないとは。
「学校にいた時はあった。電車の中でも見た。やっぱり駅から神社に行くまでか……」
駅からお初天神までは徒歩約十分。電車を一歩降りると、すぐに人混みに埋もれてしまう。本が重いとはいえ、落としても気づかないかもしれない。
とりあえず、ここまでの道順を辿って探すしかない。と、そこまで重うと、ふと奇妙な感覚に見舞われた。
こんなことが割と最近もあった気がしていた。
それも、今いる地下街の周辺で。そして、今のように床を人の流れの邪魔にならないように気をつけながらキョロキョロしていると、何か声が聞こえるのだ。
「こんな所で何してるん?」
予感は、的中してしまった。しかも、考え得る最悪の予想が。
初名の前には、男性がひょこっと立っていた。飄々とした声で、首を傾げ、それでいて割とどうでも良さそうな視線を向けている。パーカーにゆるめのジーンズという普通の恰好なのだが、その顔面は一面包帯に覆われている。そんな不気味……いやちょっと変わった風貌の、辰三と呼ばれていたミイラ男が。
「!」
「あ、気絶せんといてや。風見さんに怒られてまうやん」
「っ……だ、大丈夫です」
初名だってしたくて気絶したわけじゃないのだが……迷惑をかけたことは確かだ。
「その節は、大変ご迷惑をおかけしました……」
「いえいえ。運んだん風見さんやし」
声だけ聞けば軽やかで少しトーンの高い、心地よい響きだ。だが如何せん、その声を発している口元が包帯ぐるぐる巻きというのが、どうしても見るに耐えなかった。
初名はできるだけ視線をはずして、努めて明るく笑った。
「ほ、本当にありがとうございましたー! じ、じゃあ私はこれで……」
初名は、踵を返してすたすた歩き出そうとした。だが、できなかった。
初名の鞄を、辰三がしっかり掴んでいたせいだ。
「まぁ待ちぃや。そない逃げんでもええやろ」
「に、逃げては……ちょっと用事がありまして」
「あ、そう? ほな、これ返さんでも良かった?」
初名は、おそるおそる背後を振り返った。包帯が巻かれた奥から瞳と口元だけがのぞき、それがニヤニヤ笑っているのがわかる。
そこから視線をずらすこと数センチ……達三の手元で何かがひらひらしていた。手のひらより少し大きくて、分厚くて、見覚えのある柄と文字が描かれていて……
「あ!」
大学のテキストだ。それも、さっきからずっと探し回っていたもの。
「あ、ありがとうございます! 探してたんです!」
受け取ろうと咄嗟に手をのばすと、テキストはすいっと頭上まで持ち上げられてしまった。
風見や弥次郎ほど高身長ではないらしいが、それでも初名より上背のある辰三にそんなことをされては、どうしようもない。
「あ、あのぅ……返しては頂けないんでしょうか?」
出来る限り低姿勢で尋ねた初名に、辰三は右の掌を差し出した。仏の手のように見えるが、このポーズは……
「何かないん?」
「何か……とは?」
「お礼の品」
「え」
「あとお詫びの品」
「え!?」
色々と要求されて困惑する初名だったが、辰三はけろっと意図を説明し始めた。
「いや、これ大事なもんなんやろ? 拾った者に何か感謝の意を示すいうことはないんかなぁと思て」
「感謝は……ありますけど、お詫びとは? さっき、”いい”って言ってくれませんでしたか?」
「あれは倒れて迷惑かけたこと。人の顔怖がったり、まして気絶するとか、けしからんやろ。僕むっちゃ傷ついたわぁ」
「う……!」
よよよと、しおらしく胸を抑える辰三。傷ついたなど絶対に嘘だろうと言ってやりたかったが、そんなことを言える立場じゃない。
今ここで初名が答えることは、一つしかなかった。
「お、お礼と……お詫びに……何なりと仰ってください」
「よっしゃ、ほな行こか」
辰三は、待ってましたと言わんばかりに、意気揚々と踵を返した。以前通った横丁への道とは逆方向に思えた。
「あの、行くってどこへ?」
「”何なりと言って”ええんやろ?」
つまりは、辰三の思うままに任せねばならない……そういうことのようだ。初名はがっくりと肩を落としながら、できるだけ距離をとって、とぼとぼと着いて行った。
何かを探し求めると、何故だか手にした荷物が急激に重さを増すような気がするのは、何故だろう。
いや、実際今日は前期課程のテキストをまとめて買ったので、いつもより鞄が重いのだが。こんな日に限って、また歩き回らなければならないとは。
「学校にいた時はあった。電車の中でも見た。やっぱり駅から神社に行くまでか……」
駅からお初天神までは徒歩約十分。電車を一歩降りると、すぐに人混みに埋もれてしまう。本が重いとはいえ、落としても気づかないかもしれない。
とりあえず、ここまでの道順を辿って探すしかない。と、そこまで重うと、ふと奇妙な感覚に見舞われた。
こんなことが割と最近もあった気がしていた。
それも、今いる地下街の周辺で。そして、今のように床を人の流れの邪魔にならないように気をつけながらキョロキョロしていると、何か声が聞こえるのだ。
「こんな所で何してるん?」
予感は、的中してしまった。しかも、考え得る最悪の予想が。
初名の前には、男性がひょこっと立っていた。飄々とした声で、首を傾げ、それでいて割とどうでも良さそうな視線を向けている。パーカーにゆるめのジーンズという普通の恰好なのだが、その顔面は一面包帯に覆われている。そんな不気味……いやちょっと変わった風貌の、辰三と呼ばれていたミイラ男が。
「!」
「あ、気絶せんといてや。風見さんに怒られてまうやん」
「っ……だ、大丈夫です」
初名だってしたくて気絶したわけじゃないのだが……迷惑をかけたことは確かだ。
「その節は、大変ご迷惑をおかけしました……」
「いえいえ。運んだん風見さんやし」
声だけ聞けば軽やかで少しトーンの高い、心地よい響きだ。だが如何せん、その声を発している口元が包帯ぐるぐる巻きというのが、どうしても見るに耐えなかった。
初名はできるだけ視線をはずして、努めて明るく笑った。
「ほ、本当にありがとうございましたー! じ、じゃあ私はこれで……」
初名は、踵を返してすたすた歩き出そうとした。だが、できなかった。
初名の鞄を、辰三がしっかり掴んでいたせいだ。
「まぁ待ちぃや。そない逃げんでもええやろ」
「に、逃げては……ちょっと用事がありまして」
「あ、そう? ほな、これ返さんでも良かった?」
初名は、おそるおそる背後を振り返った。包帯が巻かれた奥から瞳と口元だけがのぞき、それがニヤニヤ笑っているのがわかる。
そこから視線をずらすこと数センチ……達三の手元で何かがひらひらしていた。手のひらより少し大きくて、分厚くて、見覚えのある柄と文字が描かれていて……
「あ!」
大学のテキストだ。それも、さっきからずっと探し回っていたもの。
「あ、ありがとうございます! 探してたんです!」
受け取ろうと咄嗟に手をのばすと、テキストはすいっと頭上まで持ち上げられてしまった。
風見や弥次郎ほど高身長ではないらしいが、それでも初名より上背のある辰三にそんなことをされては、どうしようもない。
「あ、あのぅ……返しては頂けないんでしょうか?」
出来る限り低姿勢で尋ねた初名に、辰三は右の掌を差し出した。仏の手のように見えるが、このポーズは……
「何かないん?」
「何か……とは?」
「お礼の品」
「え」
「あとお詫びの品」
「え!?」
色々と要求されて困惑する初名だったが、辰三はけろっと意図を説明し始めた。
「いや、これ大事なもんなんやろ? 拾った者に何か感謝の意を示すいうことはないんかなぁと思て」
「感謝は……ありますけど、お詫びとは? さっき、”いい”って言ってくれませんでしたか?」
「あれは倒れて迷惑かけたこと。人の顔怖がったり、まして気絶するとか、けしからんやろ。僕むっちゃ傷ついたわぁ」
「う……!」
よよよと、しおらしく胸を抑える辰三。傷ついたなど絶対に嘘だろうと言ってやりたかったが、そんなことを言える立場じゃない。
今ここで初名が答えることは、一つしかなかった。
「お、お礼と……お詫びに……何なりと仰ってください」
「よっしゃ、ほな行こか」
辰三は、待ってましたと言わんばかりに、意気揚々と踵を返した。以前通った横丁への道とは逆方向に思えた。
「あの、行くってどこへ?」
「”何なりと言って”ええんやろ?」
つまりは、辰三の思うままに任せねばならない……そういうことのようだ。初名はがっくりと肩を落としながら、できるだけ距離をとって、とぼとぼと着いて行った。
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