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其の弐 指輪は待っている

十八

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「……迷ってる?」
 風見は頷くと、すぅっと、人差し指で天井を指した。いや、天井の先にあるものを。
「地下街……ですか?」
「そうや。この梅田界隈は昔は静かやったから、俺らみたいなあやかし者がよう住み着いとったんやけど、明治以降、急に賑やかになってしもてな。それで地下でこそこそしとってんけど、大きい戦争の後、なんと地下にあんな大きい街ができてしもて、俺らは出られへんようになってしもた」
「で、でも地下街だって閉鎖されてるわけじゃないですよ。ちゃんと地上への階段とか、駅への通路とか……」
「そこまで、たどり着かれへんのや」
 初名の声を遮るように、風見の声が響く。初名は、自分が酷なことを言っているのだと、肌で感じ取った。
「昔から、俺らみたいな者はああいう迷路に迷わされてきた。迷わされて、閉じ込められてきたんや」
 風見の声を聞いて、いつだったか、祖母から聞いた話を思い出した。
 古くより、あやかしや怨霊はしばしば道に迷う。
 曲がり角に、柱の陰に、行き止まりに……迷い込んでは、そこから出られなくなり、止め置かれるのだ。それを利用して怨霊を封じ込めるといったこともしばしば見られる。
 法隆寺の中門然り、アメリカのウィンチェスター屋敷然り……と。
 風見は頷いて、静かに告げた。
 ここ梅田地下街もまた、明治時代の鉄道開通に始まり、戦後の復興に伴って開発されていく過程で複雑に入り組んだ構造になっていった。その迷路に人間たちはいまだに困惑することも多いが、あやかしたちはもっと困惑していた。
 そうして地下から出られず、より地下奥に留まるほかない者が一人また一人と増えていき……この、『あやかし横丁』を形成したのだ。
「まぁ、長く生きとると色々あるっちゅうこっちゃ」
 そう言う風見は、急にからっとした笑顔になっていた。それが何だか、物悲しかった。
 また、何も言うべき言葉が見つからなかった。拳を握りしめて、唇を引き結んでいると、困ったように眉を下げた風見が、ぽんと頭を叩いた。
「そんな顔、お前がせんでもええ。俺らは俺らで、まぁ気ぃ良うやっとるんやで」
 その時ようやく理解した。『あいつによろしく』と初名に言った、風見のあの言葉を。
 風見は、あの時と同じように、微笑むことで答えていた。そして何も言わず、ただただ初名の頭を撫でまわしていた。
「……出られへんてことはな、変わらずここにおるってことでもあるんや」
 初名の頭から手をどけた風見は、おおらかな、優しい空気を纏っていた。
「俺らは、いつでもここにおる。ここで、待ってるんや」
 風見の言葉にうなずいた弥次郎が、その言を継いで呟いた。いつの間にやら、再び煙管に火をつけて、ゆるりと立ち上る煙を、じっと見つめていた。
「あの子は……和子はな、あの時泣いとったわ。どこにも行かれへん。でも帰りたくもない。どうすればええかわからへん、て言うてな。俺にできるのは、待っててやることだけやった」
 弥次郎の視線が、ふいに手元の指輪に向いた。プラスチックの指輪は、重苦しいものをすべて取り払い、ただピカピカと光っていた。手元で、花が咲いているようだった。
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