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其の弐 指輪は待っている
七
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「嬉しいわぁ。この話ができた人は初めてや」
「初めて……ですか?」
「夫は私を外に出したがらへんかったからねぇ。友達なんか一人もおらへんかったんよ。何か取り柄があったわけでもないし」
和子は、そう、冗談めかして笑っていた。だが初名はとても笑い返せなかった。苦笑すら返せずに神妙な面持ちでいる初名を見て、和子は少し困った顔つきになった。
「あら、いややわ……初めて話せる思たら喋り過ぎてしもた。ごめんね、初めて会うたおばあちゃんの愚痴なんか長々と聞かせしもて……」
「……これから、いくらでも作れます」
「え?」
初名は気付けば拳を握りしめていた。
それまで語られた和子の話に憤って、悔しくて、何か言いたかったが自分などにないが言えるのか結局わからなかった。
せめて何か、力づけたかった。
「何かスポーツ始めませんか?」
「……スポーツ?」
「そうです。ご高齢の初心者の方でも大歓迎の教室はたくさんあります。そういうところで新しいお友達ができる人もいます。スポーツってスッキリするし、何か始めるだけでも楽しいっていうか……どうでしょう?」
早口でまくし立ててしまったが、和子はきちんと聞いて、頷いてくれていた。初名が問いかけると、うーんと小さく唸って、考え込んでいる。
「スポーツ……剣道でも?」
「もちろん! どこでも始められますよ!」
「ほんま? ほな、初名さんが教えてくれはる?」
「え……」
初名は、急に言葉を失った。
和子の言葉に肯定の言葉を返さなくてはいけないのに、できない。一言「はい」と言えばいいだけなのに、どうしても、できなかった。
「あ、あの……」
声がかすれていく。そんな初名の様子を見て、和子は優しく笑った。
「ええのよ。急にわがまま言うてごめんね。図々しかったなぁ」
「そ、そうじゃなくて……!」
「ええのええの。人には、それぞれ事情があるもんよ。そういう事情と付き合いながらやっていくものなんやから、人生って」
それきり、会話は途絶えてしまった。
地下街の明るい喧騒の中、初名と和子の間にはただ静寂が流れた。その静かな空気に、ふわりと滑り込むように、穏やかな足音が近づいてきた。
「……何してるんや?」
思わず、初名は顔を上げた。その声には聞き覚えがあった。
怖いとも、不審だとも思ったこともあったが、どうしてか声を聞いた瞬間、安心感を覚えた。
視界に入ったのは、いつか見たのと同じ姿。アーケードの、天窓から差し込む日差しを反射する銀色の髪、そしてその艶めきになんら劣らない輝くばかりの美貌の持ち主。
「風見さん……!」
「おぉ、また会うたな。初名……やったな」
風見は、また人懐こい笑みを浮かべた。
「初めて……ですか?」
「夫は私を外に出したがらへんかったからねぇ。友達なんか一人もおらへんかったんよ。何か取り柄があったわけでもないし」
和子は、そう、冗談めかして笑っていた。だが初名はとても笑い返せなかった。苦笑すら返せずに神妙な面持ちでいる初名を見て、和子は少し困った顔つきになった。
「あら、いややわ……初めて話せる思たら喋り過ぎてしもた。ごめんね、初めて会うたおばあちゃんの愚痴なんか長々と聞かせしもて……」
「……これから、いくらでも作れます」
「え?」
初名は気付けば拳を握りしめていた。
それまで語られた和子の話に憤って、悔しくて、何か言いたかったが自分などにないが言えるのか結局わからなかった。
せめて何か、力づけたかった。
「何かスポーツ始めませんか?」
「……スポーツ?」
「そうです。ご高齢の初心者の方でも大歓迎の教室はたくさんあります。そういうところで新しいお友達ができる人もいます。スポーツってスッキリするし、何か始めるだけでも楽しいっていうか……どうでしょう?」
早口でまくし立ててしまったが、和子はきちんと聞いて、頷いてくれていた。初名が問いかけると、うーんと小さく唸って、考え込んでいる。
「スポーツ……剣道でも?」
「もちろん! どこでも始められますよ!」
「ほんま? ほな、初名さんが教えてくれはる?」
「え……」
初名は、急に言葉を失った。
和子の言葉に肯定の言葉を返さなくてはいけないのに、できない。一言「はい」と言えばいいだけなのに、どうしても、できなかった。
「あ、あの……」
声がかすれていく。そんな初名の様子を見て、和子は優しく笑った。
「ええのよ。急にわがまま言うてごめんね。図々しかったなぁ」
「そ、そうじゃなくて……!」
「ええのええの。人には、それぞれ事情があるもんよ。そういう事情と付き合いながらやっていくものなんやから、人生って」
それきり、会話は途絶えてしまった。
地下街の明るい喧騒の中、初名と和子の間にはただ静寂が流れた。その静かな空気に、ふわりと滑り込むように、穏やかな足音が近づいてきた。
「……何してるんや?」
思わず、初名は顔を上げた。その声には聞き覚えがあった。
怖いとも、不審だとも思ったこともあったが、どうしてか声を聞いた瞬間、安心感を覚えた。
視界に入ったのは、いつか見たのと同じ姿。アーケードの、天窓から差し込む日差しを反射する銀色の髪、そしてその艶めきになんら劣らない輝くばかりの美貌の持ち主。
「風見さん……!」
「おぉ、また会うたな。初名……やったな」
風見は、また人懐こい笑みを浮かべた。
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