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其の壱 探し物は、近くて遠い
九
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「あ、あやかし者……?」
「よく妖怪とかもののけとか呼ばれる類の者やな」
「妖怪!?」
その言葉が、初名の中で一番符合した。
そうだ、”妖怪”だ。
体が透けていたり牙があったり、半身が蜘蛛だったり、それに……恐ろしいほど美しかったり。こんな人たちが人間であるはずがない。人間である自分が関わっていい相手では、ない。
「あ、あの……ご迷惑をおかけしてすみませんでした……」
「かまへん。困ったときはお互い様やろ」
風見はそう言って、手を差し出した。その様子に悪意があるようには見えない。だがそれでも、彼の美貌が、綺麗な男性のものだとは、もはや思えなかった。
「あ、あの……ありがとうございました! これで失礼します!」
叫ぶなり駆け出した初名を止める者はいなかった。止められまいと、全力で走った。土間を下りて玄関を出ると、そこは薄暗闇の街が広がっていた。
夕闇のように仄暗く、茜色がぼんやりと点々と浮かんでいた。それらは、道々に掲げられたぼんぼりだと気付いた。
ぼんぼりは道の両側に、等間隔に並び、右にも左にも、どこまでも続いていた。最奥がどこなのか、見えない。
「何……ここ?」
「あやかし横丁やって言うたやろ」
いつの間に追いついたのか、背後から風見の声が聞こえた。振り返ると、風見はずいと何かを差し出した。
「これ、忘れもんやで」
「へ?」
差し出されたそれは、初名の鞄だった。祖母が自分の着物をリサイクルして作ってくれた、鮮やかな梅の花柄の和装バッグだ。
「あ、ありがとうございます」
「財布とか色々、大事なもん入ってるんやろ? 気ぃつけなあかんで」
「はい、気を付けます……」
お辞儀をしながら恭しく鞄を受け取る。するとそこには、見慣れたものが下がっていた。先程から風見も一緒になって探してくれていた、黒い、お守り袋だ。
「これ……!」
「迷いこんどったわ」
「迷いこむ? このお守りが……ですか?」
どう見ても、お守り袋はお守り袋であって、歩きそうにはない。風見と手元を見比べていると、風見はクスリと可笑しそうに笑った。
「物も人も同じや。大事にしてくれた人とはぐれてしもたら、どうしても、そうやっても会いたいて思う。ここには、そういう気持ちを持ったモノを受け入れとる変わり者がおってな。だからこそ、持ち主と深い絆で結ばれた、”探しもの”しとる奴が集まってくるんや。その御守りも、頼ってきたんやろなぁ」
「絆……ですか」
地下街で見失って、必死に探していたこの御守りもまた、自分のことを探してくれていたということだろうか。
小学生の時に貰った御守りで、ところどころほつれていたり、掠れていたりする。それでも鞄や防具入れにずっと下げていたものだ。
知らず知らず、絆と呼べるものが出来ていたのかと思うと、初名の胸の内がほんのり熱くなった。
「俺らあやかしも、怖いばっかりやないやろ?」
見ると、風見は満足げに初名の顔を見ていた。
そこでようやく、自分がさっき彼らにした行いを理解した。
「ご、ごめんなさい! 色々助けていただいたのに逃げたりして……!」
初名が思い切り頭を下げると、風見はそれを笑って制した。そして、静かに初名の背後を指差した。
「出口はあっちや。階段を上った後、旧泉の広場まで行き。そこから地上に出たら、あっという間に着くわ」
「どこに……ですか?」
「思い出の場所や」
どことは、明確には言わなかった。初名もまた、問い返そうとはしなかった。その言葉で、初名には十分に伝わったから。
「君やったら地図見たら行けるやろ。あいつに、よろしくな」
「”あいつ”って?」
風見は、答えず微笑みで返した。
「困ったことがあったら、またおいで」
そう言って、風見は手を振った。
初名は、風見に向けて何も言わずに頭を下げた。そして、その笑みに背を向けた。
風見が指した先には、長い階段が階上に向かって伸びていた。道中明かりはなかったが、その代わり、階段の先には小さな光が見えていた。一歩進む度に、光は少しずつ大きくなっていく。
あれが出口なのだと、不思議とわかる。
徐々に大きく眩しくなり、ついに眼前に迫ったそれに手を伸ばすと、掌は空を切った。代わりに、目の前には先ほど散々歩いた地下街が広がっていた。
明るく活気に溢れた、きらびやかな店が軒を連ねる、あの地下街に。
「戻って来た……?」
ふと、背後を振り返ると、そこには何もない。振り返った初名の前には、ただ壁があるのみだった。真っ暗な階段も、その先にぼんやりと浮かぶ横丁も、すべて消え去っていた。
まるで、すべて夢であったように。
ただ最後の瞬間、ほんの一瞬聞こえた声だけが、いつまでも初名の脳裏に焼き付いていた。
ーーあいつに、よろしくな
風見は、確かにそう告げた。
初名はくるりと踵を返し、歩き出した。風見が指し示した方へと。
ここは大阪梅田。
誰もが何かを探し求めてやってくる。
誰もが、何かを見つけようと、迷いながら進む街。
あなたのさがしものは、何ですか?
「よく妖怪とかもののけとか呼ばれる類の者やな」
「妖怪!?」
その言葉が、初名の中で一番符合した。
そうだ、”妖怪”だ。
体が透けていたり牙があったり、半身が蜘蛛だったり、それに……恐ろしいほど美しかったり。こんな人たちが人間であるはずがない。人間である自分が関わっていい相手では、ない。
「あ、あの……ご迷惑をおかけしてすみませんでした……」
「かまへん。困ったときはお互い様やろ」
風見はそう言って、手を差し出した。その様子に悪意があるようには見えない。だがそれでも、彼の美貌が、綺麗な男性のものだとは、もはや思えなかった。
「あ、あの……ありがとうございました! これで失礼します!」
叫ぶなり駆け出した初名を止める者はいなかった。止められまいと、全力で走った。土間を下りて玄関を出ると、そこは薄暗闇の街が広がっていた。
夕闇のように仄暗く、茜色がぼんやりと点々と浮かんでいた。それらは、道々に掲げられたぼんぼりだと気付いた。
ぼんぼりは道の両側に、等間隔に並び、右にも左にも、どこまでも続いていた。最奥がどこなのか、見えない。
「何……ここ?」
「あやかし横丁やって言うたやろ」
いつの間に追いついたのか、背後から風見の声が聞こえた。振り返ると、風見はずいと何かを差し出した。
「これ、忘れもんやで」
「へ?」
差し出されたそれは、初名の鞄だった。祖母が自分の着物をリサイクルして作ってくれた、鮮やかな梅の花柄の和装バッグだ。
「あ、ありがとうございます」
「財布とか色々、大事なもん入ってるんやろ? 気ぃつけなあかんで」
「はい、気を付けます……」
お辞儀をしながら恭しく鞄を受け取る。するとそこには、見慣れたものが下がっていた。先程から風見も一緒になって探してくれていた、黒い、お守り袋だ。
「これ……!」
「迷いこんどったわ」
「迷いこむ? このお守りが……ですか?」
どう見ても、お守り袋はお守り袋であって、歩きそうにはない。風見と手元を見比べていると、風見はクスリと可笑しそうに笑った。
「物も人も同じや。大事にしてくれた人とはぐれてしもたら、どうしても、そうやっても会いたいて思う。ここには、そういう気持ちを持ったモノを受け入れとる変わり者がおってな。だからこそ、持ち主と深い絆で結ばれた、”探しもの”しとる奴が集まってくるんや。その御守りも、頼ってきたんやろなぁ」
「絆……ですか」
地下街で見失って、必死に探していたこの御守りもまた、自分のことを探してくれていたということだろうか。
小学生の時に貰った御守りで、ところどころほつれていたり、掠れていたりする。それでも鞄や防具入れにずっと下げていたものだ。
知らず知らず、絆と呼べるものが出来ていたのかと思うと、初名の胸の内がほんのり熱くなった。
「俺らあやかしも、怖いばっかりやないやろ?」
見ると、風見は満足げに初名の顔を見ていた。
そこでようやく、自分がさっき彼らにした行いを理解した。
「ご、ごめんなさい! 色々助けていただいたのに逃げたりして……!」
初名が思い切り頭を下げると、風見はそれを笑って制した。そして、静かに初名の背後を指差した。
「出口はあっちや。階段を上った後、旧泉の広場まで行き。そこから地上に出たら、あっという間に着くわ」
「どこに……ですか?」
「思い出の場所や」
どことは、明確には言わなかった。初名もまた、問い返そうとはしなかった。その言葉で、初名には十分に伝わったから。
「君やったら地図見たら行けるやろ。あいつに、よろしくな」
「”あいつ”って?」
風見は、答えず微笑みで返した。
「困ったことがあったら、またおいで」
そう言って、風見は手を振った。
初名は、風見に向けて何も言わずに頭を下げた。そして、その笑みに背を向けた。
風見が指した先には、長い階段が階上に向かって伸びていた。道中明かりはなかったが、その代わり、階段の先には小さな光が見えていた。一歩進む度に、光は少しずつ大きくなっていく。
あれが出口なのだと、不思議とわかる。
徐々に大きく眩しくなり、ついに眼前に迫ったそれに手を伸ばすと、掌は空を切った。代わりに、目の前には先ほど散々歩いた地下街が広がっていた。
明るく活気に溢れた、きらびやかな店が軒を連ねる、あの地下街に。
「戻って来た……?」
ふと、背後を振り返ると、そこには何もない。振り返った初名の前には、ただ壁があるのみだった。真っ暗な階段も、その先にぼんやりと浮かぶ横丁も、すべて消え去っていた。
まるで、すべて夢であったように。
ただ最後の瞬間、ほんの一瞬聞こえた声だけが、いつまでも初名の脳裏に焼き付いていた。
ーーあいつに、よろしくな
風見は、確かにそう告げた。
初名はくるりと踵を返し、歩き出した。風見が指し示した方へと。
ここは大阪梅田。
誰もが何かを探し求めてやってくる。
誰もが、何かを見つけようと、迷いながら進む街。
あなたのさがしものは、何ですか?
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