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十三

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 浜梶木はまかじき、今は浮世と高伏道こうふしど、ひらあ瓦に備後安土びんごあづち本米唐物ほんこめからもの久太久太きゅうたきゅうた久久宝きゅうきゅうほ……
 幼い頃に口ずさんだ歌を、スズは今、再び口にしながら提灯を片手に真っ暗な道を駆ける。
 大阪船場は京の町と似て、碁盤の目状に町並みが広がる。南北の道を『筋』、東西の道を『通り』と呼び、それぞれに呼び名がついている。
 歌ったのは、その通りの名を北から順に並べた覚え歌だ。
 百鬼屋は船場の中でも一番の目抜き通りだった堺筋に面する。
 そして今スズが向かっているのはもっと西の筋で、先ほどの覚え歌で言うところの『久久宝』にあたる部分、南久宝寺町……かつて、スズの生家があった場所だ。
 一歩先もよく見えない闇の中を、提灯だけを頼りに走るのは怖い。これから行く先で何があるのかを考えると、もっと怖い。
 それでもスズは、走った。
 ことの発端は、夕刻に受け取った文だった。
 狸のご隠居を見送ってしばらく経った時、丁稚の一人がスズに手渡したのだった。誰からかと尋ねてみても、知らないと言う。その丁稚もまた、人から渡されただけらしい。だが文を開いて、すぐに差出人はわかった。
 狸のご隠居に付き従っていた鬼の善丸だ。
 文には、こう書かれていた。
『南久宝寺町ご生家にて待つ。盗人に心当たりあり。お一人で来られたし』
 生家のこと、両親のこと……それらはすべて終わったことだと思うようにしていた。どれだけ考えても、あの日々が戻ってくるわけでなし。自分の身を引き受けてくれた先で迷惑をかけないようにすることの方が先決だと、ずっとそう思っていた。
 あやかしのような奇異な者を見る性質のせいで、なかなか思うようにはいかなかったけれど。
 寿子にも、狸のご隠居にも言われた通り、これからは百鬼屋で精一杯務めていくことこそが肝心だと、改めて心に誓った。
 だが、こればかりは無理だった。
『盗人に心当たりあり』
 心臓が跳ね上がるように思った。何も悪いことなどしていない両親や奉公人たちが、あんなにも無惨に殺された理由を、スズはどうしても知りたい。
 知る機会を与えられると思うと、止められなかった。
 文を渡してくれた丁稚には口止めをして、皆が寝静まってからそっと店を出た。下駄の音が鳴らないように注意を払って、逸る気持ちを抑えて駆けた。
 町の作りはそれほど変わっていなかったし、よく知った道……たどり着くまでにそれほど時はかからなかった。
 スズの生家、家族と奉公人で営んでいた『しろ屋』は、店をたたんだ当時のまま、そこにあった。凄惨な出来事があったためか、10年経った今でも借り手がつかないらしい。埃まみれで手入れされていないのが一目で分かる。
 スズが店の軒先に立つと、中から戸が開いた。
 文を寄越した善丸その人が、そこにいた。善丸はそっと道を空け、中へ入るよう促した。スズは中には入らず、戸口を挟んで善丸と対峙した。
「心当たりて、何ですか?」
「……まずは、中で」
「いいえ、ここでお願いします。これでも夫のいる身です。他の男はんと二人になるわけには参りません」
「夫て……祝言をぶち壊した男に義理立てが要るんでっか? それにわては、あんさんに何もする気ぃはおまへんで」
 そう言い、善丸が一歩にじり寄る。スズは一歩退いて答える。
「ええから。早う答えてください。この店の者をあんな目に遭わせたんは、誰ですか」
「……もう、わかってますやろ」
 角の下の瞳が二つ、闇の中でぎらりと光った。爛々と光る双眸には陽光のような輝きは少しも感じない。光っているのに、より深い闇をその中に感じる。
 スズは両手をぎゅっと握りしめて、目の前の闇を睨み据えた。
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