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恋人編ー3年生前期

和真のためならコスプレだってやってやる②

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 週末。オレたちは電車に乗って都市部から少し離れたところに来た。颯太の友達が協力してくれるとかで、そいつの家で何かするらしい。駅から少し歩き、到着した一戸建てのチャイムを鳴らした。ドタドタと足音が聞こえ、扉が開いた。

「はーい!」
「よーっす、沙羽さわ!」
「颯太、久しぶり」

 中から出てきたのは、世間的に言えば美少女だった。オレは和真以外に興味がないからこういう感想になる。メイクは綺麗で目も大きくて、ピンクアッシュに染まったふわふわの髪をハーフアップにしている。服も白系でレースがいっぱいだ。身長はたぶん160後半ぐらい。

 でも、なんとなく……女じゃなくて……

「か、かわいい……」

 隣の大晴が赤くなりながら見つめている。こいつ、かわいいもの全般好きだからな。確かにこの人はタイプそうだ。
 沙羽と呼ばれた颯太の友達は、オレたちの方を見て目を輝かせた。

「えーと、大晴くんと……キミが璃央くん!?」
「ちわ」
「すっげえ綺麗な顔、お人形? 肌白っ、服のセンスも良い! おい颯太、やべぇ逸材じゃねぇか、どっから見つけてきた!」
「揺らすな! 素出てるって!」

 ハッとした沙羽は手で口を覆い、ふふ、と微笑んだ。

「紹介するな。こいつは俺の高校からのオタク友達、沙羽。この格好は趣味で、かわいいけど、おとk……」
「おとこ!?」

 大晴が叫ぶと同時に、沙羽が颯太の頭をぶん殴った。
 やっぱ男だったか。それにしても似合ってる。

「べらべらと人のトップシークレットを喋んな! そんなんだから恋人できねーんだよ!」

 拳を握り込んだまま、こっちに向き合う。

「はー、イケメン連れてくるって言うから猫かぶってたけど、バレちゃったならいいか。別に隠すつもりなかったし。改めまして、沙羽です。気軽に沙羽ちゃんって呼んでね♡」
「すまん。お前が男だって、見て分かった」
「え!? なんでバレたの!?」
「まあなんか直感で。似合ってるからいいじゃん、その格好」

 沙羽はポカンと口を開けた。

「え……璃央くん、完璧なの?」
「こういうとこは普通にいいヤツだけど、最近は木山和真くんって恋人に感情全振りしてるから、基本は塩だぞ。コスするのも木山くんのため」
「わあ、そりゃすごい。ま、ボクとしてはこんな綺麗な子にメイクできるんだから役得だよ。さ、入って入って。今日は夜まで誰もいないから安心してはしゃげるよ」

 コス、という聞き慣れない単語が聞こえたが、めるちゃんになったら、和真が喜ぶ。そのためにオレはなんでもしてやる。

「おい大晴、入んないのか?」

 大晴は玄関先で立ち止まっていた。なんかプルプル震えてる。

「あんなかわいい男、初めて会った……」
「まあ女でもそうそういないだろ。オレは和真がいちばんだけど」
「これはあの時の璃央の言葉以来の天啓だ……女とか男とか、関係ない……」
「あー、そうだな。オレだって和真が女でも好きになっただろうし。好きって感情の前じゃ性別なんて気になんない」
「お前木山の話しかしてないけど、さすが、良いこと言うな。俺は沙羽ちゃんに告る……!」
「いきなり告んの? まー頑張れ」

 面白半分で来ていた大晴に気合いが入ったところで、家に入った。2階の沙羽の部屋は予想通りフェミニンでパステルピンクな部屋だった。

「部屋までかわいい……」
「ありがとー。さすがに男4人は狭くなるね」

 けっこう物が多くてごちゃついている。布とかミシンとか、よく知らんけど裁縫道具みたいな物がいっぱい。んで、机の上の頭だけのトルソーには見覚えのあるカツラが……

「これ、めるちゃん!」
「よくわかったね。これ今から璃央くんがつけるんだよ」
「は?」
「友達に借りてきたんだ。衣装はさすがにサイズが合わないから、服はめるちゃんの私服っぽいのになるけど、とりあえずは宅コスだしそれでいい? メイクはもちろん頑張るよ」

 何を言ってるのか理解できなさすぎて思考停止した。

「璃央猫が宇宙猫に!」
「え、颯太、説明してねえの?」
「璃央はオタクじゃないから言ってもわかんないだろうし。めるちゃんになったら、木山くんが喜ぶよって言ったら深く考えずに即オッケーしてついてきた」
「あー……なるほど、恋は盲目ってやつね。ま、とにかく座って。メイクやりながら説明するから」

 沙羽に促されて化粧台のイスに座ると、かわいい前髪クリップを止められた。

「颯太と大晴くんは適当に寛いでて。璃央くん、今日メイクしてる?」
「いや、化粧水だけ」
「それでこの肌ツヤ!? 恐ろし……モデルやってるんだっけ?」
「まあバイトでちょっとだけど。沙羽は? メイク手慣れてるしなんかやってんの?」
「沙羽はレイヤーなんだよ」

 大晴に睨まれながらも、遠慮なくベッドに寝転んだ颯太が言う。

「レイヤー? なんだそれ」
「コスプレイヤーの略ね。アニメとか漫画のキャラの格好して写真撮ったりするの。高校の頃からやりたくて、服飾系の大学入って、それから始めたんだ。衣装も自分で作ってる」
「へー……すげえな」

 そんな世界があるなんて知らなかった。二次創作?ってのも和真に聞いて知ったし、オタクの世界でも表現方法がいろいろあるんだな。

「んでとある日写真がSNSでバズって、あっという間にネットで人気レイヤーになったんだよ。えっと……これこれ」

 メイクされてて動けないからオレは見れないが、颯太に写真を見せてもらった大晴は目をカッ開いている。

「これ、沙羽ちゃん!? かわいすぎる!」
「ありがとー、それいい出来でしょ」
「いや、今の沙羽ちゃんもかわいいよ。どんな格好も……SNS教えて。フォローするから」
「大晴まさかお前……」

 勘づいた颯太に、大晴は大きく頷き返す。颯太は「そゆことな」と親指を立てた。




 話しているうちにメイクはどんどん進んでいるみたいだ。途中「これはやばい。驚いてほしいから目ぇ瞑っといて」と言われて目を閉じているので感覚だけど。
 メイクが終わったみたいで、頭にウィッグ(カツラじゃなくてウィッグって言えって言われた)が乗る感覚がした。

「よし、目開けていいよ」

 目を開けて、鏡に映っていたのは……めるちゃんだった。

「は? これ、オレ?」

 物語の姫みたいなセリフがオレから出るとは。でもマジでめるちゃんだ。鏡の中のめるちゃんが、オレの動きに合わせて動くのが不思議なぐらい。

「璃央くんメイク映えやべぇ……元が良いから女の子メイクも映えるし、やりがいありすぎ、楽しい……」

 やり切ったと満足そうな沙羽の後ろから、颯太と大晴も覗く。

「璃央ならイケるって軽く思っただけなのに、クオリティ高すぎだろ! 逆にウケる!」
「かわいくなったなあ。沙羽ちゃん、猫耳とかない?」
「いいね、猫耳! ちょっと探すね」
「ほら璃央、写真撮って木山くんに送ってみ?」
「おう」

 スマホを手に取り、インカメラで自分(めるちゃん)を映す。どの角度から撮っても完璧だ。これがレイヤーのメイク……!

 とりあえず1枚、和真に送ってみた。

「よし、送った」
「楽しみだなー、木山くんの反応」
「でも和真、ソシャゲしてるから返信おせーんだよな。今のうちに沙羽が用意してくれた服に着替えるか」

 うまく骨格が隠れるふんわりしたワンピースだ。女物とか着たことないから少し手間取ったが、沙羽に手伝ってもらってなんとか着れた。その時、スマホが光る。和真から動揺したメッセージが送られてきた。珍しく返信が早い。食いついたな。

 オレは迷わず電話をかけた。

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