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恋人編ー春休み
別れと前進の春②
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次の日のお昼、よく晴れたお花見日和だ。璃央が俺の家に迎えにきてくれ、神社に向かった。徒歩10分ほどの距離だ。
花見客はそこそこいるものの、平日だからか思ったよりも空いていた。ひと通り屋台を回って食べたいものを買い、桜の木の下に、家から持ってきたビニールシートを敷いた。桜まつりに行くって言ったら母さんが持たせてくれた。
璃央は意気揚々とシートの上に買った食べ物を並べていく。遠足みたいだ。
「あと、これも」
合流したときから持っていた袋からタッパーを取り出した。その中にはラップに包まれた赤飯のおにぎりが。ごま塩までかかっている。
「せ、赤飯?」
「おう。いただきまーす」
璃央はおにぎりをひとつ取り、食べ始めた。俺も同じように「いただきます」と口に入れる。
「赤飯久しぶりに食べた。美味しいな。塩加減もちょうど良い」
「そりゃあ、オレが全部握ったからな! 炊いたのは明莉だけど」
相変わらず姉弟仲良さそうだな。そういえば明莉さんは料理が得意らしいし、璃央が料理できるのも明莉さんの影響かも。
「でもなんで赤飯? 良いことでもあった?」
「……明莉と花鈴にお前とうまくいったことバレて」
「は!?」
思わず赤飯を食べる手が止まる。璃央は珍しく申し訳なさそうにして、上目遣いで様子を伺ってくる。
「知られるの嫌だった?」
「いや、そういうわけじゃなくて」
あからさまに"よかった"ってホッとした顔になった。最近の璃央は分かりやすくて可愛い……そのまま黙って、俺の言葉の続きを待っている。
「璃央のお姉さんたち、美人だし圧が強いというか押しが強いというか……次に顔合わせたら揶揄われそうで……」
「あいつらに気ぃ使わなくていいよ。和真が苦手なタイプだろ」
「う"……そうです……」
「別に克服する必用はないからな。オレだけ見てろ」
え、実の姉にまで嫉妬してる……?
「あいつら、オレが和真のこと好きだって、昔から気づいてたらしい」
「マジ!? 女の勘ってやつ!?」
「な、怖えよな。当の本人は全く気づいてくれなかったけど」
「ごめんって……」
「お前、これ言ったらいっつも謝ってくれるよなー」
揶揄われた……!
璃央はいじわるに笑ってから、フッと桜を見上げた。つられて俺も目線を上げる。青空が広がって、心地良い風に花びらが舞う。璃央のアッシュに染まった柔らかい髪の毛も、一緒にふわふわと風に揺られていた。
「桜まつり、前にダチと来た時はそんなにテンション上がんなかったけど、和真が隣にいたらすげー楽しい。桜も前よりもっとキレイに見えるわ」
「お、おん……」
桜に引けを取らないほど綺麗な璃央と一緒にのんびり……こんな時間を味わうことになるなんて、1年前の俺は想像もしてなかった。なんか、じわじわと幸せが満ちる……
「桜も綺麗だけど、璃央も綺麗……」
「……っ! ま、まあな、んなの当たり前だろ! ……全部お前のためだし……」
璃央は真っ赤になりながら、いじらしく目を逸らした。璃央が綺麗にしてるのも、頑張るのも、全部俺のため。俺に褒めてもらいたいから。そう気づいてから分かる、なんだこの璃央のかわいさは……! こっちまでドキドキが伝わってくる……!
「あれ、和真?」
聞き慣れた声の方に顔を向ける。そこには東京旅行に一緒に行った友達3人がいた。いつも通りのテンションでこっちに近づいてくる。
「帰ってきてたのか」
「おかえりぃ」
「ごめんごめん、帰ってきてると思わなくて、誘ってなかった!」
「いーよいーよ。こっちこそあの時はごめん……」
はっ……そういえばこの3人と会うのはあの旅行の時以来だ。旅行最終日の前夜、璃央に突かれまくって腰が使い物にならなくて最終日は合流できず、友達の家に泊まるから一緒に帰れないって連絡したっきり……気まずい。
「かくかくしかじかで、ここにいる璃央と恋人になってさ~」とか恥ずくて言えないし……もし偏見とかあって軽蔑されたらショックだし……とにかくなんて言ったらいいんだ、どうしよ!!
冷や汗をかきながら葛藤していると、3人と俺との間に、むすっと顔を歪めた璃央が割って入ってきた。なんかいい感じに誤魔化してくれんのか!? 期待を込めながら目で訴えると、璃央はうん、と大きく頷いて友達たちに向き合った。
「和真はオレのだかんな!!」
おい璃央!!!!!!!!
俺は今、それをどう言おうか言わまいか迷ってたところだったんだけど!? そんな睨みきかせて!! 威嚇する猫みたいでかわいいね!? いや、そんなこと思ってる場合じゃない!! お姉さんたちにバレたって話した時はしおらしくしてたのに!!
「友達なのは1000万歩譲って許すけど……」
「多っ」
「和真を狙ったら承知しねえからな!!」
途中でツッコミを入れられても、怯むことなく璃央は言い放った。そして指までさして威嚇を続けた。
「だいたいお前ら、和真と距離が近いんだよ! 東京来てたとき、オレは見てたんだからな! あと仲がいいのも話が合うのもずるい!」
「シンプルな嫉妬! 璃央、とりあえず静かに……!」
「こいつらはオレがいない間もお前と一緒にいるんだろ。しっかり牽制しとかねぇと! 和真はオレの恋……」
「恥ずか死ぬからやめろぉ!!」
今にも食ってかかりそうな璃央の口を手で塞いで止めていると、ライルセ仲間の前田が「あの、」と挙手をした。
「ごめん、俺たちお前らが付き合ったの何となく知ってる」
は?
そして3人はうんうん、と揃って頷いている。
「なんで!?」
「東京の時、和真がそっちの……璃央くんに連れてかれてから、璃央くんの友達が俺らに経緯を説明してくれてさ」
そういやあの時、璃央は派手な人と一緒にいたな。璃央の方を見ると、急に落ち着いた様子で「ああ」と声をあげる。何か思い当たる節があるみたいだ。
「颯太か」
「うん、颯太。颯太もオタクで俺らと気があって、連絡先交換したんだ。んで和真からはしばらく帰らないって連絡来るし、うまくいったんだな~と察してたわけ」
「おめでとね」
颯太is誰? 俺だけ話についていけないまま、3人が俺たちに向かって拍手を送ってくれた。
「なんだ、わかってんならいーや。颯太あいつ、上手くやってくれてんじゃねーか。土産でも買ってやるか」
「俺だけ話についていけてないけど……」
「オレがいるんだから、オレだけでいーだろ」
「ちょ、ほんと恥ずいから!」
璃央が見せつけるように抱きついてくる。さすがに友達の前で引っ付かれるのは恥ずかしい。ぐい、と離すと璃央は顔を顰めた。
「邪魔しちゃ悪いし、そろそろ行くわ」
「じゃ」
「和真、また詳しく話聞かせて」
「おう、ごめんな……また大学でー……」
手を振り、離れていく3人の背中を睨みつけていた璃央だったが、何かを思いついたのか「おい、待て!」と3人を呼び止めた。
「オレともラ○ン交換しろ」
マジで!?
俺と同じく、璃央の言葉に驚いた3人は互いに顔を見合わせたあと、どやどやと再びこっちに来てくれた。
「俺らとは仲良くなる気ないんだと思ってたわー」
「和真以外には塩って聞いてたからね」
「別に、その方が何かと都合がよさそうだからだ。お前らのことも見張れるし」
「ツンデレキャラの気配……」
あ、なんか仲良くなれそうでよかった。前田と酒井はけっこうコミュ力と行動力あるからなあ。2人が璃央と会話している間、それまでだんまりだった金子がこっちに来て、耳打ちした。
「脅されたりとかしてないか? お前陽キャ怖いっていつも言ってるだろ」
傍から見たらそう見えるよなあ……
「してないよ。璃央は幼なじみだし……関わりづらいと思ってた時もあったけど、今は大丈夫」
「ならいいけど……嫌なことされたら相談くらいは乗る。まあ俺だって陽キャは嫌だし、どうにも出来なさそうだが」
前田と酒井はおめでとうって言ってくれて、金子は心配してくれた。胸がスッと軽くなる。引かれなくてよかった。いい友達を持ったな……
「ありが……」
「おいメガネ、何コソコソ話してんだ! 距離が近いぞ!」
俺のありがとうの言葉は璃央によってかき消され、ベリッと引き離された。金子は明らかに嫌そうな顔を璃央に向けて、視線がぶつかる。
「メガネもスマホ出せ」
「は、はい……」
ごめん金子!! マジでごめん!!
黙ったまま、2人はスマホをかざした。険悪だ。俺が原因だし、俺が取りもたないと……!
「金子、璃央くんたぶん怖い人じゃねーよ」
「これぞヤキモチ」
どうしようかと迷っているうちに、険悪ムードを察した前田と酒井がフォローを入れてくれた。ありがたいけど気を使わせて申し訳ない。俺がうまく言えないから……
唇を噛み締めたところを、璃央に見られてた。そのまま璃央の目線は友達たちへ向かう。
「ごめん、ビビらせたなら謝る。オレ、和真の友達にはよくそういう風にされるから。オレのことは勝手に嫌っていい。めんどくさいこと言ってんのは自分でもわかってる。けど、和真とはこれからも仲良くしてやってくれ。和真には楽しくしててほしいし、今そうなのはお前らのおかげだろうし……ムカつくけど感謝してる。ムカつくけど。すげームカつくけど!」
……3回もムカつくを言わなくても……そっちの方が気持ち的にでかいんだな……でも、俺の友達に対してそんなふうに思ってくれてたんだ。すげえ嬉しい。
「俺もごめん。軽蔑されたらどうしようって思って、言えなくて誤魔化してた。普通に接してくれて、ありがとう」
顔を上げると、みんな和やかに笑っていた。
「別に、何とも思わねーよ。俺のダチにもいるし」
「BLも見るし」
「俺はまだどうも心配だが……まあ、この人が悪いやつじゃないのは分かった」
「……! マジでありがとう!」
のしかかるように、璃央に肩を組まれた。
「んじゃ友達公認ってことで。改めて、和真のこ、い、び、と、の久瀬璃央だ。よろしくな」
めちゃくちゃドヤ顔、そして恋人の強調やべえ。友達の生暖かい視線が恥ずかしくて、けっこう限界だ。
「はぁ……前田、酒井、もう行こう。たぶんずっとこの調子が続く」
「そうだな。離れてる間は、俺らが和真のこと見とくから」
「けっこう危なっかしいとこあるしね」
「むっ……仕方ないから任せるけど……お前らを信用したわけじゃねえから。あと和真のことは逐一報告な。今まで和真の友達に避けられてばっかだったから、別目線の和真を知りたい」
「オッケー」
「りょ」
「しなくていいから!!」
さっきよりも大きく手を振り合って、3人の背中は人並みに消えていった。
牽制ができて満足したのか晴れやかな面持ちで、璃央は大きな口を開けて唐揚げを頬張りはじめた。
「璃央……友達の前で引っ付かれると恥ずかしいんだけど」
「慣れろ。取られないように見せつけてんだ。オレは手加減しねーぞ」
本当にヤキモチ焼きで、コロコロと表情が変わるのが……めちゃくちゃ可愛い。
「……ありがとう」
「ん? 何が?」
「俺のこと想ってくれて」
「……おう、当たり前だろ」
璃央のことが好きだなと、何度も改めて思う。
それからの約1週間はあっという間だった。
颯太くん?へのお土産を買いにケーキ屋に行ったり、映画を観たり、家じゃできないからホテルでヤったり。友達の家に泊まるって嘘ついてごめん、母さん。俺は璃央とどぎついエッチなことをしました。
璃央が東京に戻る日。一緒に駅まで向かっているが、合流したときから璃央は空元気に見えた。他愛無い会話をしている内に、もう駅が見えてきた。
「時間空いたら帰ってくるわ」
切符を買う背中はやっぱり元気がない。
「うん。まあスマホですぐ電話もできるし」
「そーだな」
振り向いた璃央にはすぐ目を逸らされたけど、その目のふちは赤くなってる気がした……電車が来るまで一緒にいよう。
ホームまで行く階段で、璃央が口を開く。静けさに声がよく響いた。
「変なやつに狙われないように、気を引き締めろよ」
「そんな物好きいないって」
「わかんねーじゃん。もしオレのいないところでって考えたら……」
声がだんだん小さくなり、璃央は口をつぐんだ。到着したホームには人はいなくて、電車もまだ来ていなかった。
黙って俯いた璃央を覗き込むと、力強く抱きしめられた。荷物がドサ、と地面に置かれる音がした。
「璃央……誰か、見られてるかも……」
「いま、誰もいないから……それまで……」
首元に押し付けられた顔は見えないが、声が震えていた。
「璃央、こっち向け」
「ん……?」
やっぱり目もとが赤くて、少し潤んでいた。見惚れるほど綺麗な憂いがあった。でも、笑顔で自信満々な璃央がいい。艶のある唇に、軽くだけどゆっくりとキスをした。
「は……」
透き通るくらい色素の薄い茶色の目をぱちくりさせたあと、すぐに綺麗な顔にムッとしわを寄せた。
「おい、外では嫌なんじゃないのかよ。いきなりするなんてずるいぞ!」
「だ、誰もいないし。璃央泣きそうだから、元気になってほしくて」
「別に泣いてない! キスすんの、オレは我慢してたんだぞ、ずるいだろ! 嬉しいけど!」
情緒がめちゃくちゃになったのか、俺の胸ぐらを掴んで揺らしてくる。やがて落ち着いて息をつき、俺の服を整えてくれた。
「今さらグチグチ言うのもかっこ悪りぃと思って黙ってたけど、モヤついたままってのも嫌だから、ハッキリ言いたいこと言っとくわ」
璃央は髪をぐしゃっとかき上げた。まっすぐな視線に射抜かれる。いや、これは圧だ。
「離れんの嫌だ。春休み楽しすぎた。正直、今までの人生でいちばん楽しかった。この良さを味わったら、すぐそばに和真がいないことに耐えられる気がしねえ。マジで無理」
「開き直ったな……」
「和真は推しとかいうやつがいるから、オレがいなくても耐えれるんだろうけど、オレは和真じゃないとダメなんだよ」
「わかった、わかったから、電話するから! 俺だって璃央と離れるの寂しいよ!」
「ほんとかよ」
拗ねちゃった……口を尖らせて腕を組んでいる。情緒不安定になってんなあ……
「……ごめん、マジで余裕ねえから」
「いいよ。そういう面も、俺は好き。俺のこと本当に好きでいてくれるのがわかるというか」
「!」
璃央はまた抱きついて、肩に頭をぐりぐり押し付けてくる。やっぱ猫だ……
「和真、好き」
「ありがと……」
「オレ、和真と離れてても頑張る。次会った時にはもっとかっこよくなってるから」
「これ以上かっこよくなられたらこっちが大変なんだけど」
「はは、じゃあすっげえ困らせてやらねえと。それモチベにするわ。覚悟しとけよ」
遠くから、ガタゴトと電車が揺れる音が聞こえてきた。璃央も気づいて顔を上げた。「時間だな」と言いながら地面に置いた旅行カバンを拾い上げた。
言いたいことを全部言ったからか、随分スッキリした表情で笑っている。
「俺も頑張る。自信持って璃央の隣にいたいから」
「……」
あれ、そこ無反応!?
けっこう頑張って言ったんだけどな!?
「璃央……?」
「複雑」
「なにが、どう」
「だってお前がいろいろ頑張ってたら、和真のこと好きになるやつが出てくるかもだろ。和真はそのままでもオレはずっと好きだし。でもオレのために頑張ってくれんのは嬉しいから、複雑」
「俺モテないから大丈夫だって……璃央はいつも頑張ってるから、俺も成長したいって思うんだよ。そっちこそ、次に会った時にかっこよくなった俺を楽しみにしてろよ」
「和真はかわいい」
「璃央もかわいいけどな!」
お互い睨み合って張り合っていると、電車がホームに止まりドアが開いた。乗り込んだ璃央が振り返り、笑った。
「和真、どっちが成長してるか勝負な!」
「おう! 元気でな!」
とびきりの綺麗な笑顔が、鮮烈に目に焼き付いた。
電車のドアが閉まり、ホームを離れて行った。小さくなっていく電車の姿を見えなくなるまで見送った。
こうして、怒涛の展開を迎えた俺の長い長い春休みは終わった……
『今帰った』
『和真は何してる?』
『晩飯何食った?』
……璃央のかまってが発動して、めちゃくちゃメッセ送られてくる。相当寂しいのが伝わってきて、可愛い。
離れても、きっと毎日璃央のことを考えて過ごすんだろうなぁ……
花見客はそこそこいるものの、平日だからか思ったよりも空いていた。ひと通り屋台を回って食べたいものを買い、桜の木の下に、家から持ってきたビニールシートを敷いた。桜まつりに行くって言ったら母さんが持たせてくれた。
璃央は意気揚々とシートの上に買った食べ物を並べていく。遠足みたいだ。
「あと、これも」
合流したときから持っていた袋からタッパーを取り出した。その中にはラップに包まれた赤飯のおにぎりが。ごま塩までかかっている。
「せ、赤飯?」
「おう。いただきまーす」
璃央はおにぎりをひとつ取り、食べ始めた。俺も同じように「いただきます」と口に入れる。
「赤飯久しぶりに食べた。美味しいな。塩加減もちょうど良い」
「そりゃあ、オレが全部握ったからな! 炊いたのは明莉だけど」
相変わらず姉弟仲良さそうだな。そういえば明莉さんは料理が得意らしいし、璃央が料理できるのも明莉さんの影響かも。
「でもなんで赤飯? 良いことでもあった?」
「……明莉と花鈴にお前とうまくいったことバレて」
「は!?」
思わず赤飯を食べる手が止まる。璃央は珍しく申し訳なさそうにして、上目遣いで様子を伺ってくる。
「知られるの嫌だった?」
「いや、そういうわけじゃなくて」
あからさまに"よかった"ってホッとした顔になった。最近の璃央は分かりやすくて可愛い……そのまま黙って、俺の言葉の続きを待っている。
「璃央のお姉さんたち、美人だし圧が強いというか押しが強いというか……次に顔合わせたら揶揄われそうで……」
「あいつらに気ぃ使わなくていいよ。和真が苦手なタイプだろ」
「う"……そうです……」
「別に克服する必用はないからな。オレだけ見てろ」
え、実の姉にまで嫉妬してる……?
「あいつら、オレが和真のこと好きだって、昔から気づいてたらしい」
「マジ!? 女の勘ってやつ!?」
「な、怖えよな。当の本人は全く気づいてくれなかったけど」
「ごめんって……」
「お前、これ言ったらいっつも謝ってくれるよなー」
揶揄われた……!
璃央はいじわるに笑ってから、フッと桜を見上げた。つられて俺も目線を上げる。青空が広がって、心地良い風に花びらが舞う。璃央のアッシュに染まった柔らかい髪の毛も、一緒にふわふわと風に揺られていた。
「桜まつり、前にダチと来た時はそんなにテンション上がんなかったけど、和真が隣にいたらすげー楽しい。桜も前よりもっとキレイに見えるわ」
「お、おん……」
桜に引けを取らないほど綺麗な璃央と一緒にのんびり……こんな時間を味わうことになるなんて、1年前の俺は想像もしてなかった。なんか、じわじわと幸せが満ちる……
「桜も綺麗だけど、璃央も綺麗……」
「……っ! ま、まあな、んなの当たり前だろ! ……全部お前のためだし……」
璃央は真っ赤になりながら、いじらしく目を逸らした。璃央が綺麗にしてるのも、頑張るのも、全部俺のため。俺に褒めてもらいたいから。そう気づいてから分かる、なんだこの璃央のかわいさは……! こっちまでドキドキが伝わってくる……!
「あれ、和真?」
聞き慣れた声の方に顔を向ける。そこには東京旅行に一緒に行った友達3人がいた。いつも通りのテンションでこっちに近づいてくる。
「帰ってきてたのか」
「おかえりぃ」
「ごめんごめん、帰ってきてると思わなくて、誘ってなかった!」
「いーよいーよ。こっちこそあの時はごめん……」
はっ……そういえばこの3人と会うのはあの旅行の時以来だ。旅行最終日の前夜、璃央に突かれまくって腰が使い物にならなくて最終日は合流できず、友達の家に泊まるから一緒に帰れないって連絡したっきり……気まずい。
「かくかくしかじかで、ここにいる璃央と恋人になってさ~」とか恥ずくて言えないし……もし偏見とかあって軽蔑されたらショックだし……とにかくなんて言ったらいいんだ、どうしよ!!
冷や汗をかきながら葛藤していると、3人と俺との間に、むすっと顔を歪めた璃央が割って入ってきた。なんかいい感じに誤魔化してくれんのか!? 期待を込めながら目で訴えると、璃央はうん、と大きく頷いて友達たちに向き合った。
「和真はオレのだかんな!!」
おい璃央!!!!!!!!
俺は今、それをどう言おうか言わまいか迷ってたところだったんだけど!? そんな睨みきかせて!! 威嚇する猫みたいでかわいいね!? いや、そんなこと思ってる場合じゃない!! お姉さんたちにバレたって話した時はしおらしくしてたのに!!
「友達なのは1000万歩譲って許すけど……」
「多っ」
「和真を狙ったら承知しねえからな!!」
途中でツッコミを入れられても、怯むことなく璃央は言い放った。そして指までさして威嚇を続けた。
「だいたいお前ら、和真と距離が近いんだよ! 東京来てたとき、オレは見てたんだからな! あと仲がいいのも話が合うのもずるい!」
「シンプルな嫉妬! 璃央、とりあえず静かに……!」
「こいつらはオレがいない間もお前と一緒にいるんだろ。しっかり牽制しとかねぇと! 和真はオレの恋……」
「恥ずか死ぬからやめろぉ!!」
今にも食ってかかりそうな璃央の口を手で塞いで止めていると、ライルセ仲間の前田が「あの、」と挙手をした。
「ごめん、俺たちお前らが付き合ったの何となく知ってる」
は?
そして3人はうんうん、と揃って頷いている。
「なんで!?」
「東京の時、和真がそっちの……璃央くんに連れてかれてから、璃央くんの友達が俺らに経緯を説明してくれてさ」
そういやあの時、璃央は派手な人と一緒にいたな。璃央の方を見ると、急に落ち着いた様子で「ああ」と声をあげる。何か思い当たる節があるみたいだ。
「颯太か」
「うん、颯太。颯太もオタクで俺らと気があって、連絡先交換したんだ。んで和真からはしばらく帰らないって連絡来るし、うまくいったんだな~と察してたわけ」
「おめでとね」
颯太is誰? 俺だけ話についていけないまま、3人が俺たちに向かって拍手を送ってくれた。
「なんだ、わかってんならいーや。颯太あいつ、上手くやってくれてんじゃねーか。土産でも買ってやるか」
「俺だけ話についていけてないけど……」
「オレがいるんだから、オレだけでいーだろ」
「ちょ、ほんと恥ずいから!」
璃央が見せつけるように抱きついてくる。さすがに友達の前で引っ付かれるのは恥ずかしい。ぐい、と離すと璃央は顔を顰めた。
「邪魔しちゃ悪いし、そろそろ行くわ」
「じゃ」
「和真、また詳しく話聞かせて」
「おう、ごめんな……また大学でー……」
手を振り、離れていく3人の背中を睨みつけていた璃央だったが、何かを思いついたのか「おい、待て!」と3人を呼び止めた。
「オレともラ○ン交換しろ」
マジで!?
俺と同じく、璃央の言葉に驚いた3人は互いに顔を見合わせたあと、どやどやと再びこっちに来てくれた。
「俺らとは仲良くなる気ないんだと思ってたわー」
「和真以外には塩って聞いてたからね」
「別に、その方が何かと都合がよさそうだからだ。お前らのことも見張れるし」
「ツンデレキャラの気配……」
あ、なんか仲良くなれそうでよかった。前田と酒井はけっこうコミュ力と行動力あるからなあ。2人が璃央と会話している間、それまでだんまりだった金子がこっちに来て、耳打ちした。
「脅されたりとかしてないか? お前陽キャ怖いっていつも言ってるだろ」
傍から見たらそう見えるよなあ……
「してないよ。璃央は幼なじみだし……関わりづらいと思ってた時もあったけど、今は大丈夫」
「ならいいけど……嫌なことされたら相談くらいは乗る。まあ俺だって陽キャは嫌だし、どうにも出来なさそうだが」
前田と酒井はおめでとうって言ってくれて、金子は心配してくれた。胸がスッと軽くなる。引かれなくてよかった。いい友達を持ったな……
「ありが……」
「おいメガネ、何コソコソ話してんだ! 距離が近いぞ!」
俺のありがとうの言葉は璃央によってかき消され、ベリッと引き離された。金子は明らかに嫌そうな顔を璃央に向けて、視線がぶつかる。
「メガネもスマホ出せ」
「は、はい……」
ごめん金子!! マジでごめん!!
黙ったまま、2人はスマホをかざした。険悪だ。俺が原因だし、俺が取りもたないと……!
「金子、璃央くんたぶん怖い人じゃねーよ」
「これぞヤキモチ」
どうしようかと迷っているうちに、険悪ムードを察した前田と酒井がフォローを入れてくれた。ありがたいけど気を使わせて申し訳ない。俺がうまく言えないから……
唇を噛み締めたところを、璃央に見られてた。そのまま璃央の目線は友達たちへ向かう。
「ごめん、ビビらせたなら謝る。オレ、和真の友達にはよくそういう風にされるから。オレのことは勝手に嫌っていい。めんどくさいこと言ってんのは自分でもわかってる。けど、和真とはこれからも仲良くしてやってくれ。和真には楽しくしててほしいし、今そうなのはお前らのおかげだろうし……ムカつくけど感謝してる。ムカつくけど。すげームカつくけど!」
……3回もムカつくを言わなくても……そっちの方が気持ち的にでかいんだな……でも、俺の友達に対してそんなふうに思ってくれてたんだ。すげえ嬉しい。
「俺もごめん。軽蔑されたらどうしようって思って、言えなくて誤魔化してた。普通に接してくれて、ありがとう」
顔を上げると、みんな和やかに笑っていた。
「別に、何とも思わねーよ。俺のダチにもいるし」
「BLも見るし」
「俺はまだどうも心配だが……まあ、この人が悪いやつじゃないのは分かった」
「……! マジでありがとう!」
のしかかるように、璃央に肩を組まれた。
「んじゃ友達公認ってことで。改めて、和真のこ、い、び、と、の久瀬璃央だ。よろしくな」
めちゃくちゃドヤ顔、そして恋人の強調やべえ。友達の生暖かい視線が恥ずかしくて、けっこう限界だ。
「はぁ……前田、酒井、もう行こう。たぶんずっとこの調子が続く」
「そうだな。離れてる間は、俺らが和真のこと見とくから」
「けっこう危なっかしいとこあるしね」
「むっ……仕方ないから任せるけど……お前らを信用したわけじゃねえから。あと和真のことは逐一報告な。今まで和真の友達に避けられてばっかだったから、別目線の和真を知りたい」
「オッケー」
「りょ」
「しなくていいから!!」
さっきよりも大きく手を振り合って、3人の背中は人並みに消えていった。
牽制ができて満足したのか晴れやかな面持ちで、璃央は大きな口を開けて唐揚げを頬張りはじめた。
「璃央……友達の前で引っ付かれると恥ずかしいんだけど」
「慣れろ。取られないように見せつけてんだ。オレは手加減しねーぞ」
本当にヤキモチ焼きで、コロコロと表情が変わるのが……めちゃくちゃ可愛い。
「……ありがとう」
「ん? 何が?」
「俺のこと想ってくれて」
「……おう、当たり前だろ」
璃央のことが好きだなと、何度も改めて思う。
それからの約1週間はあっという間だった。
颯太くん?へのお土産を買いにケーキ屋に行ったり、映画を観たり、家じゃできないからホテルでヤったり。友達の家に泊まるって嘘ついてごめん、母さん。俺は璃央とどぎついエッチなことをしました。
璃央が東京に戻る日。一緒に駅まで向かっているが、合流したときから璃央は空元気に見えた。他愛無い会話をしている内に、もう駅が見えてきた。
「時間空いたら帰ってくるわ」
切符を買う背中はやっぱり元気がない。
「うん。まあスマホですぐ電話もできるし」
「そーだな」
振り向いた璃央にはすぐ目を逸らされたけど、その目のふちは赤くなってる気がした……電車が来るまで一緒にいよう。
ホームまで行く階段で、璃央が口を開く。静けさに声がよく響いた。
「変なやつに狙われないように、気を引き締めろよ」
「そんな物好きいないって」
「わかんねーじゃん。もしオレのいないところでって考えたら……」
声がだんだん小さくなり、璃央は口をつぐんだ。到着したホームには人はいなくて、電車もまだ来ていなかった。
黙って俯いた璃央を覗き込むと、力強く抱きしめられた。荷物がドサ、と地面に置かれる音がした。
「璃央……誰か、見られてるかも……」
「いま、誰もいないから……それまで……」
首元に押し付けられた顔は見えないが、声が震えていた。
「璃央、こっち向け」
「ん……?」
やっぱり目もとが赤くて、少し潤んでいた。見惚れるほど綺麗な憂いがあった。でも、笑顔で自信満々な璃央がいい。艶のある唇に、軽くだけどゆっくりとキスをした。
「は……」
透き通るくらい色素の薄い茶色の目をぱちくりさせたあと、すぐに綺麗な顔にムッとしわを寄せた。
「おい、外では嫌なんじゃないのかよ。いきなりするなんてずるいぞ!」
「だ、誰もいないし。璃央泣きそうだから、元気になってほしくて」
「別に泣いてない! キスすんの、オレは我慢してたんだぞ、ずるいだろ! 嬉しいけど!」
情緒がめちゃくちゃになったのか、俺の胸ぐらを掴んで揺らしてくる。やがて落ち着いて息をつき、俺の服を整えてくれた。
「今さらグチグチ言うのもかっこ悪りぃと思って黙ってたけど、モヤついたままってのも嫌だから、ハッキリ言いたいこと言っとくわ」
璃央は髪をぐしゃっとかき上げた。まっすぐな視線に射抜かれる。いや、これは圧だ。
「離れんの嫌だ。春休み楽しすぎた。正直、今までの人生でいちばん楽しかった。この良さを味わったら、すぐそばに和真がいないことに耐えられる気がしねえ。マジで無理」
「開き直ったな……」
「和真は推しとかいうやつがいるから、オレがいなくても耐えれるんだろうけど、オレは和真じゃないとダメなんだよ」
「わかった、わかったから、電話するから! 俺だって璃央と離れるの寂しいよ!」
「ほんとかよ」
拗ねちゃった……口を尖らせて腕を組んでいる。情緒不安定になってんなあ……
「……ごめん、マジで余裕ねえから」
「いいよ。そういう面も、俺は好き。俺のこと本当に好きでいてくれるのがわかるというか」
「!」
璃央はまた抱きついて、肩に頭をぐりぐり押し付けてくる。やっぱ猫だ……
「和真、好き」
「ありがと……」
「オレ、和真と離れてても頑張る。次会った時にはもっとかっこよくなってるから」
「これ以上かっこよくなられたらこっちが大変なんだけど」
「はは、じゃあすっげえ困らせてやらねえと。それモチベにするわ。覚悟しとけよ」
遠くから、ガタゴトと電車が揺れる音が聞こえてきた。璃央も気づいて顔を上げた。「時間だな」と言いながら地面に置いた旅行カバンを拾い上げた。
言いたいことを全部言ったからか、随分スッキリした表情で笑っている。
「俺も頑張る。自信持って璃央の隣にいたいから」
「……」
あれ、そこ無反応!?
けっこう頑張って言ったんだけどな!?
「璃央……?」
「複雑」
「なにが、どう」
「だってお前がいろいろ頑張ってたら、和真のこと好きになるやつが出てくるかもだろ。和真はそのままでもオレはずっと好きだし。でもオレのために頑張ってくれんのは嬉しいから、複雑」
「俺モテないから大丈夫だって……璃央はいつも頑張ってるから、俺も成長したいって思うんだよ。そっちこそ、次に会った時にかっこよくなった俺を楽しみにしてろよ」
「和真はかわいい」
「璃央もかわいいけどな!」
お互い睨み合って張り合っていると、電車がホームに止まりドアが開いた。乗り込んだ璃央が振り返り、笑った。
「和真、どっちが成長してるか勝負な!」
「おう! 元気でな!」
とびきりの綺麗な笑顔が、鮮烈に目に焼き付いた。
電車のドアが閉まり、ホームを離れて行った。小さくなっていく電車の姿を見えなくなるまで見送った。
こうして、怒涛の展開を迎えた俺の長い長い春休みは終わった……
『今帰った』
『和真は何してる?』
『晩飯何食った?』
……璃央のかまってが発動して、めちゃくちゃメッセ送られてくる。相当寂しいのが伝わってきて、可愛い。
離れても、きっと毎日璃央のことを考えて過ごすんだろうなぁ……
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