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理学部棟はトラブルだらけ
2.見返り
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(ムカつく、ムカつく……! どんどん仲良くなってるじゃん。由宇くんがあんな顔見せるのは玲依くんだけだ……俺だって頑張ってるのに、なんで俺じゃダメなの……?)
白衣のポケットに腕を突っ込み、ずんずんと歩く。
(玲依くんだって、敵なんだから俺のこと思いっきり嫌えばいいのに! 玲依くんが嫌なやつなら、こんな思いしなくてもよかったのに!)
ひとりになると頭が勝手にぐるぐると回って、余計に腹が立ってきた。道すがらにあるゴミ箱でも蹴飛ばしてやろうかと考えていると、後ろから伊田が息を切らしながら追いついてきた。
「音石くん! 講義室まで一緒にいってもいい?」
「……勝手にすれば?」
「ありがとう!」
七星は眉を寄せて頬を膨らませているが、先ほどよりも少し歩くペースを遅くした。伊田はその苛立ちを感じ取りながら、整った横顔を見つめた。
「あの……音石くん、思い詰めてる?」
「別に。俺は常に策を思考してるだけ」
「髙月と尾瀬のことだったり……」
「うるっさい! 従者のくせに、立ち入ってこないでよ」
立ち止まり、掴みかかりそうな勢いで怒鳴った。七星の瞳は潤んでいた。やっぱり思い詰めているんだ、そう伊田は確信した。
「知り合ったばかりだけど、僕は音石くんの力になりたい!」
伊田は七星の細い手を取り、正面から見つめた。
「前までは他人の能力や才能を羨んでばかりだった。でも君が『俺の顔を見てる方が有意義』だと言ってくれた。人を恨む時間なんて無駄だって……君が僕に教えてくれたんだ。だから僕は君の力になりたい」
真剣な様子に、七星は少しだけ目を見開いた。そしてすぐに手を振り払って嘲笑した。
「従者くん……いい事言ってるようで、要は俺の顔が好きってことだよね」
「そう、です! でも僕は君の性格も好きだよ。美しい顔からは想像できないほど、こき使ってくるし雑だし口も態度も悪いけど、完全に悪じゃない。尾瀬には一直線で可愛らしくて……」
「ディスるのか褒めるのかどっちかにしてほしいなあ」
変に意地を張っていたのが馬鹿らしくなった。
はぁ……と息をつき、再び歩きだした七星は、目を伏せてぽつぽつと話しはじめた。
「うまくいかないんだよ。こんなに考えていろいろやって、由宇くんにちょっと近づけたと思ったらあっちだって近づいてる。玲依くんばっかりいい思いしてる」
「音石くん……」
「人を恨んでる時間があれば前に進め~とかなんとか言っときながら、俺こそ劣等感だらけなの。あれは綺麗事だよ。俺が頑張るために、そう言い聞かせるために言っただけ」
今度は自分のことを笑った。
由宇だけを真っ直ぐ見つめていたいのに、いろんな感情が邪魔をする。ずるい、ムカつく、羨ましい……玲依が輝くほど自分は曇っていく。そんなどす黒い感情に負けたくないから口ではそう言っても、負けてしまう。由宇を独り占めしたくてもうまくいかない。
「頑張っても、それに相当する見返りがない」
七星はたくさんの相反する感情の中で戦っていた。他人に七星の感情全てが分かるわけがない。それでも伊田は、その一端に手を伸ばしたかった。
「今、君を思いっきり抱きしめたい!」
「は? やだよ。そういうのは由宇くん以外お断り」
「そんな……」
そっぽを向かれても、自分のことは全く眼中に入ってなくても、伊田は諦めずに想いを伝えた。
「どれだけウザく思われても、僕は君の味方をする。抱えきれなくなる前に、相談して」
「……俺に優しくしても、見返りなんかないのに」
「いらないよ。天使様を見つめながら隣を歩けてるんだ。見返り以上のものをもらってる」
幸せそうな笑顔で隣を歩く伊田を横目で流し見て、七星は心底分からないとため息をついた。
「なんで見返りなしで人に尽くせるんだよ。非合理的」
「理学部の君はそう思うかもしれないけど、調理科は脳筋寄りだからね。僕はハートで勝負するよ。君のために頑張るね!」
「お前キャラ変わりすぎでしょ。はあ、俺の周り、いつのまにかお人好しばっかになっちゃったなあ……」
話している間に講義室も近づいてきた。その時、背後からハキハキとしたお堅い声が聞こえた。
「音石七星!」
七星と伊田が同時に振り返ると、そこには黒縁メガネをかけた、いかにも理系で頑固そうな男が仁王立ちしていた。
「誰?」
「チッ、こんな気分のときに限って……」
メガネの男は七星に近づき、ずいっと顔を寄せた。その近さに伊田はヒュッと喉を鳴らした。
「少し目元が赤いようだが……」
「ふん、気のせいでしょ。俺の顔見すぎ」
七星が振り払う前に、伊田が血相を変えて七星を抱き寄せた。
(確かに音石くんの目元は少し赤くなっていた! それをこの一瞬で判断するなんて……!)
「お前誰だ!? 天使様……音石くんに馴れ馴れしいぞ!」
「天使? こいつは悪魔ですよ。それに、馴れ馴れしいのはあなたの方じゃないですか? 音石七星とどういう関係なんですか」
伊田は七星を守るように抱き寄せ、メガネの男は七星の腕引っ張る。二人は睨み合った。その間に挟まれた七星は心底めんどくさそうに口を開いて指をさした。
「こっちは従者くん、こっちはメガネくん。二人とも俺のことが好き。以上」
七星が適当に紹介をするものだから、二人はさらに警戒を深めて睨み合う。メガネの男が先に口を開いた。
「おい音石七星。別に君のことなど好きではないといつも言っているだろう。君みたいな性格の悪い奴は願い下げだ」
「好きじゃないんだったら手を離せよ。僕は音石くんを愛している。僕が音石くんを守るから」
「それとこれとは訳が違いますが」
「どれとどれだよ」
自分を挟んで飛び交う火花に、七星は呆れてため息をついた。
「由宇くん以外にモテても意味ないのに……」
白衣のポケットに腕を突っ込み、ずんずんと歩く。
(玲依くんだって、敵なんだから俺のこと思いっきり嫌えばいいのに! 玲依くんが嫌なやつなら、こんな思いしなくてもよかったのに!)
ひとりになると頭が勝手にぐるぐると回って、余計に腹が立ってきた。道すがらにあるゴミ箱でも蹴飛ばしてやろうかと考えていると、後ろから伊田が息を切らしながら追いついてきた。
「音石くん! 講義室まで一緒にいってもいい?」
「……勝手にすれば?」
「ありがとう!」
七星は眉を寄せて頬を膨らませているが、先ほどよりも少し歩くペースを遅くした。伊田はその苛立ちを感じ取りながら、整った横顔を見つめた。
「あの……音石くん、思い詰めてる?」
「別に。俺は常に策を思考してるだけ」
「髙月と尾瀬のことだったり……」
「うるっさい! 従者のくせに、立ち入ってこないでよ」
立ち止まり、掴みかかりそうな勢いで怒鳴った。七星の瞳は潤んでいた。やっぱり思い詰めているんだ、そう伊田は確信した。
「知り合ったばかりだけど、僕は音石くんの力になりたい!」
伊田は七星の細い手を取り、正面から見つめた。
「前までは他人の能力や才能を羨んでばかりだった。でも君が『俺の顔を見てる方が有意義』だと言ってくれた。人を恨む時間なんて無駄だって……君が僕に教えてくれたんだ。だから僕は君の力になりたい」
真剣な様子に、七星は少しだけ目を見開いた。そしてすぐに手を振り払って嘲笑した。
「従者くん……いい事言ってるようで、要は俺の顔が好きってことだよね」
「そう、です! でも僕は君の性格も好きだよ。美しい顔からは想像できないほど、こき使ってくるし雑だし口も態度も悪いけど、完全に悪じゃない。尾瀬には一直線で可愛らしくて……」
「ディスるのか褒めるのかどっちかにしてほしいなあ」
変に意地を張っていたのが馬鹿らしくなった。
はぁ……と息をつき、再び歩きだした七星は、目を伏せてぽつぽつと話しはじめた。
「うまくいかないんだよ。こんなに考えていろいろやって、由宇くんにちょっと近づけたと思ったらあっちだって近づいてる。玲依くんばっかりいい思いしてる」
「音石くん……」
「人を恨んでる時間があれば前に進め~とかなんとか言っときながら、俺こそ劣等感だらけなの。あれは綺麗事だよ。俺が頑張るために、そう言い聞かせるために言っただけ」
今度は自分のことを笑った。
由宇だけを真っ直ぐ見つめていたいのに、いろんな感情が邪魔をする。ずるい、ムカつく、羨ましい……玲依が輝くほど自分は曇っていく。そんなどす黒い感情に負けたくないから口ではそう言っても、負けてしまう。由宇を独り占めしたくてもうまくいかない。
「頑張っても、それに相当する見返りがない」
七星はたくさんの相反する感情の中で戦っていた。他人に七星の感情全てが分かるわけがない。それでも伊田は、その一端に手を伸ばしたかった。
「今、君を思いっきり抱きしめたい!」
「は? やだよ。そういうのは由宇くん以外お断り」
「そんな……」
そっぽを向かれても、自分のことは全く眼中に入ってなくても、伊田は諦めずに想いを伝えた。
「どれだけウザく思われても、僕は君の味方をする。抱えきれなくなる前に、相談して」
「……俺に優しくしても、見返りなんかないのに」
「いらないよ。天使様を見つめながら隣を歩けてるんだ。見返り以上のものをもらってる」
幸せそうな笑顔で隣を歩く伊田を横目で流し見て、七星は心底分からないとため息をついた。
「なんで見返りなしで人に尽くせるんだよ。非合理的」
「理学部の君はそう思うかもしれないけど、調理科は脳筋寄りだからね。僕はハートで勝負するよ。君のために頑張るね!」
「お前キャラ変わりすぎでしょ。はあ、俺の周り、いつのまにかお人好しばっかになっちゃったなあ……」
話している間に講義室も近づいてきた。その時、背後からハキハキとしたお堅い声が聞こえた。
「音石七星!」
七星と伊田が同時に振り返ると、そこには黒縁メガネをかけた、いかにも理系で頑固そうな男が仁王立ちしていた。
「誰?」
「チッ、こんな気分のときに限って……」
メガネの男は七星に近づき、ずいっと顔を寄せた。その近さに伊田はヒュッと喉を鳴らした。
「少し目元が赤いようだが……」
「ふん、気のせいでしょ。俺の顔見すぎ」
七星が振り払う前に、伊田が血相を変えて七星を抱き寄せた。
(確かに音石くんの目元は少し赤くなっていた! それをこの一瞬で判断するなんて……!)
「お前誰だ!? 天使様……音石くんに馴れ馴れしいぞ!」
「天使? こいつは悪魔ですよ。それに、馴れ馴れしいのはあなたの方じゃないですか? 音石七星とどういう関係なんですか」
伊田は七星を守るように抱き寄せ、メガネの男は七星の腕引っ張る。二人は睨み合った。その間に挟まれた七星は心底めんどくさそうに口を開いて指をさした。
「こっちは従者くん、こっちはメガネくん。二人とも俺のことが好き。以上」
七星が適当に紹介をするものだから、二人はさらに警戒を深めて睨み合う。メガネの男が先に口を開いた。
「おい音石七星。別に君のことなど好きではないといつも言っているだろう。君みたいな性格の悪い奴は願い下げだ」
「好きじゃないんだったら手を離せよ。僕は音石くんを愛している。僕が音石くんを守るから」
「それとこれとは訳が違いますが」
「どれとどれだよ」
自分を挟んで飛び交う火花に、七星は呆れてため息をついた。
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