義妹の策略で婚約破棄された高嶺の花は、孤高の王太子に溺愛される。

胡桃

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番外編[第一章]

02.フィリップ・グランシア②

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 セレーネの頼みを聞いて、彼女の心を射止めた馬の骨――グロリオーサ王立学園高等部三年生に在籍する、ルドルフ・スノーベルという男を見つけ出したフィリップは、それをセレーネに伝えるかどうか迷っていた。
 何故なら、そのときには既にルドルフが同級生であるモストーン子爵家令嬢ライラと交際しており、王立学園卒業後、間もなく結婚するのではという噂までもが広まっていたからである。
 セレーネはルドルフたちより三歳上であり、王立学園にも通っていなかったので、彼らの交際のことは知らないだろう。
 そもそもセレーネは、ルドルフが何処の誰なのかも知らなかったのだから、二人の関係を知っているはずがないのだけれど。

 (参ったな……泣かせたくはないが……)

 フィリップは、その情報を入手してから三日三晩悩み続け、セレーネの体調を考慮し、落ち着いている頃を見計らって事実を伝えた。
 少しでも心身に負担がかからないように。

「ああ、やはり、そうなのですね。私がお見かけした際も、あの方たちはお二人でいらっしゃいましたから、そうではないかと思っていたんです」

「そう、なのか……?」

 セレーネがあまり衝撃を受けていないことに、フィリップは拍子抜けしたが、セレーネに泣かれずに済んで良かったと胸を撫で下ろした。
 とはいえ、セレーネの初恋が実らないことを気の毒だと思っているのは変わらないが。
 病弱であることがセレーネの縁談の妨げになっており、また、セレーネ自身もそれを負い目に感じているせいで縁談に消極的であるため、もしもこの恋が成就する可能性が少しでもあるのなら、そのまま婚姻まで事を運べるかもしれないという思いもある。

「なぁ、セレーネ……」

「はい?」

「……いや、何でもない」

 (私は今、何を言おうと……)

 セレーネの恋を叶えるため、ルドルフとライラを引き離してやろうか――

 そのようなことを言ったところで、心優しいセレーネが喜ぶはずがないとわかっているのに。
 ただ悲しませるだけなのに。
 一瞬でも頭をよぎったことに、フィリップ自身が衝撃を受けた。

「……お兄様?」

 セレーネが不思議そうに首を傾げてフィリップを見つめる。
 由緒正しい血統を守るため、いつかは誰かに嫁いでいくことになるのなら、本人が想いを寄せる相手の方が良いだろう。
 そして、相手からも想いを返してもらえれば尚良い。

 (無理に引き離してしまえば、それは永遠に叶わない……)

 実行してしまえば、一生涯、彼らに恨まれ続けることになる。
 恨まれ続けるのが自分ただ一人ならば、フィリップは強行できただろう。
 彼らの恨みの矛先が、セレーネに向くことだけは避けなければならない。
 そう思って、踏みとどまった。

 ――まさか、この数年後に彼の元へ嫁がせることになるとは思いもせずに……。


 ◇ ◇ ◇


 「え? スノーベル侯爵様から? 私に、ですか……?」

 セレーネが二十五歳になる年だった。
 貴族女性の婚姻の平均年齢が二十歳前後であるグロリオーサ王国では、このセレーネの年ではもう行き遅れなどと表現されてしまう。
 それは、出産にかかるリスクが加齢と共に上がっていくためである。
 特に体の弱いセレーネには、人一倍のリスクが伴うため、どうにか良い縁談をまとめようと、両親が方々に釣書を送りつけたということをフィリップが知ったのは、スノーベル侯爵家から縁談に応じたいとの返答が届いたときだった。
 フィリップは、数年経ってもルドルフの動向を探り続けていたため、ルドルフがまだ未婚であり、ライラとの関係も続いていることを知っている。
 彼らが王立学園を卒業してから五年近く経つというのに、二人が未だ婚姻に至らないのは、ルドルフの父――スノーベル侯爵が猛反対しているからであると、フィリップは風の噂で聞いていた。
 しかし、反対する理由を知る者がおらず、詳細は何もわかっていない。
 更にスノーベル侯爵が、未婚の令嬢を持つ家にルドルフの縁談を打診しているという噂も耳にしており、どういうことなのかと怪訝に思っている。

「詳細は、スノーベル侯爵殿に会って訊かねばわからないのだが……一応、そういう話があるということを、お前にも伝えておく」

「そうですか……わかりました」

 セレーネは薄らと頰を染め、頷いた。

 (やはり、まだ気持ちは変わっていないか……)

 何の問題もなく、この縁談をまとめることができれば、セレーネはこの手から巣立っていく。
 それは喜ばしいはずなのに、寂しいと思うのはこれまでずっと慈しんできた大切な妹だからなのか、それとも――

 (何を馬鹿なことを……セレーネは私の妹だ。よこしまな思いなど一切ない。そんなの当然だろうに……)

 フィリップは、複雑な心境を押し殺す。

「私の話はもう終わりだ。後はゆっくり休んでいなさい」

「はい、ありがとうございます。お兄様」

 穏やかに微笑むセレーネの柔らかい髪を一撫してから、フィリップはセレーネの寝室を後にした。

「――フィリップ様」

 外に出て、扉を閉めたところで、フィリップが出てくるのを待っていたらしい侍従に呼びかけられる。

「間もなくリーゼロット様がご到着なさるとの報せが入りました」

「わかった」

 妹に、邪な思いなど抱くはずがない。
 
 己はまもなく妻を迎えるのだから――
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