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第一章
49.光さす道を歩み続ける…①
しおりを挟む――時は少し遡り、ライラとルシアに出頭命令が下り連行された日の夜のこと。
グランシア公爵邸から帰宅したカトレアとルドルフを待ち受けていたのは、屋敷の門扉に横付けされた、グロリオーサ王家の紋章を掲げる馬車であった。
その馬車を見て身構えたのは誰あろうルドルフで、カトレアは心配そうにルドルフへ寄り添うとその手を取る。
そして、二人揃って馬車から降りた。
「スノーベル侯爵殿、カトレア嬢――夜分に突然の訪問をして申し訳ない」
王家の馬車から、王太子の正装に身を包んだアルベルトが馬車から降りてきたのを見て、二人は反射的に手を離すと、それぞれが敬意を表して礼をする。
「スノーベル侯爵殿。今、頭を下げねばならないのはこちらの方だ。本日はお疲れのことと思うが、もしよろしければ、少し時間をいただきたく思う」
数刻前に対峙したときより穏やかな口調ではあるが、そのときとは少し違った緊張感を持つアルベルトに、ルドルフは気を引き締め直した。
「勿論でございます。すぐに門を開けさせますので、どうぞお入りください」
そしてルドルフは、すぐに屋敷の侍従へ王家の馬車と自分たちが乗ってきた馬車の管理を命じてから、アルベルトを屋敷の中へと誘う。
突然、先触れもなく王太子が訪問してきたことに、また何かあったのかと侍従たちが狼狽えるが、彼らはルドルフに寄り添うカトレアの姿を確認すると、どうやら違うようだと安堵しながら早急に来客対応の準備に取り掛かった。
侍従総出となって、応接間の室内を、王太子をもてなすのに相応しい体裁に整えると、ルドルフとアルベルトが向き合うように応接セットのソファへ腰を下ろす。
数刻前、ライラとルシアの罪が次々と露呈した際の光景を思い出し、ルドルフは小さく身震いをした。
しかし、隣に座るカトレアが僅かに身を寄せてきたことで、緊張が和らぐのを感じ、一息つくと肩の力を抜く。
それは、真の家族を顧みないほど愛していたはずのライラや、目に入れても痛くないほど可愛がっていたはずのルシアが、己のすぐ隣にいたときよりも明らかに心休まる瞬間であった。
そして、これまでずっと心の奥底のどこかに、ライラやルシアに気を許せないと思わせる何かが存在していたのだと気付く。
これまで何十年も現実から目を背けてきたルドルフには、一切感じることのできなかった本能からの警告であった。
(……これが家族の絆というものだろうか? いや、これまでカトレアやセレーネにしてきたことを思えば、そのようなことを私が考える権利はない……)
これまで現実から目を背け、真の家族を蔑ろにしてきた自分が“家族の絆”を語るのは烏滸がましいと、ルドルフは自身を戒める。
ようやく自分にとって何が大切で必要なのかを理解し始めたところだが、まだ気づいていないことも多いので、今度こそ本当に大切なものを取り違えないよう留意しなければと改めて誓った。
(ああ、いけない。王太子殿下の御前で余所事を考えるなど……)
ルドルフは考え込んでしまっていたことに気づくと、居住まいを正してアルベルトと向き直った。
そして、真っ直ぐルドルフを見据えていたアルベルトと視線がかち合う。
「? えぇと、王太子殿下のご用件をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
ルドルフは、アルベルトがどこか緊張した面持ちをしているように感じ、疑問を覚える。
ライラやルシアを糾弾していたときには感じなかった、僅かな強張りをルドルフはその表情から読み取ったのだ。
「ああ――いや、はい」
アルベルトは頷きかけて、ハッとするとピンと背筋を伸ばし、丁寧に返事をした。
その変化に、ルドルフはキョトンとして瞬きを繰り返す。
「スノーベル侯爵殿。本来なら、このように一方的に押しかけた上でお話しするようなことではないと、重々存じておりますが、此度は貴殿にお許しをいただきたいことがあり、こうして参上いたしました」
今のアルベルトは王太子としての威厳を封じ、一人の男としてルドルフに対峙していた。
「え……え? はあ、何でしょうか?」
ルドルフは事情が全く飲み込めず、困惑した様子でアルベルトに問い返した。
「実は先日、私はスノーベル侯爵殿の御息女――カトレア殿に求婚をいたしました。彼女からの返答はまだいただいておりませんが、お父上であらせられるスノーベル侯爵殿にご報告を兼ねまして、今後は彼女と結婚を前提にしたお付き合いをすることのお許しをいただきたく、此度はお伺いさせていただきました」
アルベルトはそう言うと、深く頭を下げた。
「また、本日はいろいろなことがあり、お気持ちの整理もつかず落ち着かないことと存じますが、何卒ご検討いただけないでしょうか」
頭を下げたまま、尚も言い募るアルベルトに、ルドルフはどう反応をすれば良いか分からず戸惑った。
「……王太子殿下。その、私の許可でよろしいのでしょうか? 貴殿は此度の件で私の犯した過ちも全てご存知でしょうし……」
グランシア公爵に許可を得るべきなのではないか、という言葉をルドルフはすんでのところで呑み込んだ。
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