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第一章

48.そして、貴方と共に永遠に

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「ほら、いい加減こちらへ来い。今すぐ来れば、一度だけカトレアと握手する許可をやろう」

「!!」

 アルベルトの言葉に、ウィルベルトはスクッと立ち上がると、俊敏な動きでアルベルトとカトレアの前まで移動してきた。

「!?」

 つい先程まで腰を抜かし、泣き喚いていたはずのウィルベルトのあまりの変わり様に、酷く驚いたカトレアが大きく目を見開く。
 そして、そのまま隣にいるアルベルトの顔を見つめた。

「ククッ、驚くだろう? あの大仰な泣き真似は、半分は本音なのだろうが、残りの半分は演技なんだよ。ああ、しかし、最初に腰を抜かしたのは演技ではないが……ウィルは、あの入学式の日からずっと君を尊敬しており、憧れてもいるそうだ」

「えっ?」

「あの日、他生徒にくだんの失態を揶揄われ、大泣きしていたウィルに、君だけが優しく声を掛けてくれて、ハンカチを貸してくれた――そのことをとても感謝していて、一時期は君を女神様だと言って崇めていたこともあるんだよ。いや、崇拝しているのは今も変わらないか……」

 アルベルトがカトレアへ説明する間、ウィルベルトは口を挟むことなくソワソワしながら待ち続けていた。
 その眼差しはとても輝いており、アルベルトの言葉が全て正しいと告げているようであった。

「十年間も君を崇め続けているウィルに、僕の幸せを分けてやろうと思い、今日ここへ呼んだんだ。突然、崇められていると言われて、不気味に思うだろうが、間違っても君に害をなすような奴ではないので、一度だけ握手をしてやってくれないか?」

「是非ともお願いいたします!!」

 アルベルトの言葉を肯定するように、ウィルベルトは腰を垂直に曲げて深々と頭を下げると、カトレアに向かって右手を差し出した。

「本来なら、他の男に触れさせるようなことはしたくないが、此度の調査では、ウィルもいくらか貢献しているからね……。ウィルはいつも、君のために働くのに見返りはいらないと言って何も受け取らないんだが、たまには褒美をやっても良いかと思ったんだ。勿論、君がウィルに触れられるのは嫌だと言えば、この話はなかったことになる」

「えっと……握手をするくらいでしたら構わないのですが、いつも、というのは一体どういうことなのでしょうか? 今回の事件の調査に、ウィルベルト殿下が関わっていたということはわかりましたが……」

「学園の入学式以降、ウィルは君が不利益を被らないよう見守っていた――というか、単に話しかける勇気がなくてグズグズしていただけとも言うのだけどね。ここ三年ほどは、ルシア嬢を見張っていたそうだ。ルシア嬢から虐めを受けたことへの復讐も兼ねていたらしい」

「えっ!? 虐めですか? あの、ルシアは、ウィルベルト殿下に何をしたのですか?」

 カトレアが青ざめてアルベルトに問う。

「ウィルは学園にいる間は髪型などを変えて、身分も隠して別人を装っているんだが、それが地味で陰気に見えるとのことで、ルシア嬢に見下されていたようだね。流石に実力行使に出ることはなかったようだが、八つ当たり目的に侮蔑の言葉を投げ掛けられることが多々あったらしい。人目につかないところでの出来事だったため、同級生には気づかれていなかったみたいだが……」

 実を言うとウィルベルトは、アルベルト直轄の諜報部隊に所属しており、表に立つアルベルトの陰で、秘密裏の調査や監視などの隠密行動を担う者であった。
 いつでもどこにでも紛れ込めるよう、目立たないことを意識して学園生活を送っているのだが、己の憂さ晴らしの対象を常に探しているような者の目には、その姿が格好の標的に映ったらしい。
 ルシアは、ウィルベルトが王族であることには気づいておらず、モストーン子爵家自分より家格の劣る家の出自の者だと思い込んでいた。
 そのため、平然とウィルベルトに対して暴言を繰り返していたのだ。
 そして、セレーネ亡き後、スノーベル侯爵家の一員となってからは、ルシアの標的がカトレアに移ったため、ウィルベルトには見向きもしなくなったということである。

「えっと……あの、アルベルト様? 今回の事件以上に、問題があることのように思うのですが……それに関しての処罰等はないのでしょうか?」

 過去のこととは言え、王族への虐めが不問になるはずはないと、カトレアが不安気にアルベルトへ問う。
 アルベルトはその問いを予想していたため、ニヤリと笑った。

「それは当人であるウィルベルトの判断次第だな」

「僕は確かに七年ほど、彼女から執拗に侮蔑の言葉を投げつけられていましたが、僕が標的であった間はカトレア様に一切目が向けられていなかったので、これに関しては僕は満足しております。まあ、一度も反撃できなかったので、彼女に対する恨みは募りましたが……。ただ、三年前からカトレア様へ標的が移ってしまったため、再びこちらに目を向けないかと色々画策したにも関わらず、如何せん僕の影が薄いもので、彼女の視界に全く入らなくなってしまい、思うように効果が発揮できず……力及ばず申し訳ございませんでした……」

 ウィルベルトはガックリと肩を落として項垂れた。

「いいえ! そのようなことはありません。私の代わりに標的になっていらっしゃったということですよね……七年もの間、そのことに気付くことができず申し訳ございませんでした」

 カトレアは、パッとウィルベルトの手を取りそう言うと、頭を下げた。

「っ!!!!」

 ウィルベルトは、その不意打ちの接触に感極まってボタボタと涙を零し始めた。
 握り返すこともせず、カトレアのその華奢な手を見つめながら、滂沱ぼうだの涙を流す。
 アルベルトはその様子を見て若干引き気味であったが、数十秒も経たない内に、カトレアの手を引き剥がした。

「あ、ありがとうございますっ、カトレア様!! たった今、僕は七年分の苦労が報われましたっ!」

 ガバッと腰を折って、ウィルベルトはそう言うと、歓喜のまま弾むような足取りで部屋を出ていった。

「え? あの……」

 退室したウィルベルトの背後で、パタンと閉まった扉をカトレアは呆然と見つめる。

「アイツは、ああいう単純な奴なんだ。馬鹿な弟だが、今後とも末長くよろしく頼むよ。僕の婚約者殿おひめさま

 アルベルトは苦笑気味にそう言うと、カトレアの手をしっかりと握って、ウィルベルトの感触を己のもので上塗りする。

「え、っと……あの、やっぱり、ルシアにも相応の処罰を与えた方が良いような気がします……」

 戸惑ったように呟いたカトレアに、アルベルトは口付けて了承の意を答えた。


 ~*~*~*~*~*~

※注意※
 念のため補足しておきますが…
 著者は虐めやそれに対する復讐を肯定しているわけではありません。
 作中で、虐めへの復讐を目的にしているような言動及び虐めに関して軽く見ていると思えるような表現がありますが、それはあくまでもフィクションという枠組みの中、当該人物が独自の解釈をしているだけで、現実で社会問題になっている虐めを肯定するような意図は全くありません。
 現実と創作を混同するようなことは、お控えいただきますようお願いいたします。
 以上、ご理解いただきますよう、重ねてお願い申し上げます。
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