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第一章
45.込み上げる後悔の涙と懺悔
しおりを挟む[ルドルフ視点]
騎士たちによって、スノーベル侯爵家の屋敷から連れ出されたライラとルシアを苦悶の表情で見送ったルドルフは、ライラたちとは別の馬車に乗り込もうとするアルベルトを呼び止めた。
「王太子殿下……此度は誠に申し訳ございませんでした。その……殿下にお訊ねするようなことではないのですが、カトレアは――娘は今、どちらにいるのでしょうか? 可能であれば、迎えに行きたいのですが……」
「……カトレア嬢は今、グランシア公爵家で待機している。彼女が貴殿を受け入れるかどうか――行って確かめてみると良いだろう。ただし、グランシア公爵は相当お怒りのようだったがな……」
アルベルトは、表情を変えずに淡々と告げる。
「重々承知しております。例え公爵殿に殴られたとしても、私は娘に会いに行きます。……ありがとうございました」
ルドルフがそう言って、アルベルトへ頭を下げると、アルベルトは何も言わずに馬車へと乗り込んでいった。
◇ ◇ ◇
――十七年前。
「!!」
ふと、か細い仔猫のような泣き声が聞こえた気がして、ルドルフは顔を上げた。
反射的に立ち上がり、執務机で膝を打ったことで我に返る。
「っ……」
再び椅子に腰を下ろし、机上の書類に目を向け、数時間前から白紙のまま放置され、手汗の湿気でしわくちゃになってしまっている書類を見て、思わず苦笑した。
昨夜遅くに妻――セレーネが産気づいたと侍女に報告されてから、何をしていても一向に捗らない。
現スノーベル侯爵である父から、侯爵家を継ぎたいのなら、愛妾ライラより先に正妻セレーネとの間に子を設けろと厳命され、仕方なしにセレーネとの子作りに尽力した。
セレーネの懐妊が確実になるまで、ライラとの情交どころか逢瀬すら禁じられ、欲求不満を解消するかのように、病弱なセレーネに無理を強いたという自覚はある。
そして、セレーネの懐妊が主治医から告げられた際、母子の命が危ういと言われながらも、子だけは必ず産ませろと命じた。
妻より子の命を優先しろと、そう言った――己が侯爵家当主を継ぐために。
これが当然であるかのように、非情な思考が出るのは、セレーネとの婚姻関係に思い入れがあるわけではないからだ。
むしろ、ライラとの間に割り込んできたセレーネのことを邪魔だとさえ思っている。
しかし――
錯覚だと思えるほど微かに聞こえた仔猫のような声は、産声であったと確信し、セレーネの元へ駆けつけようと考えるより早くに体が動いた。
自分の子が生まれたのだと認識した途端、居ても立っても居られないと体が反応した。
ルドルフは、このとき己が感じた何かを、まだ理解することはできなかった――
◇ ◇ ◇
グランシア公爵邸に着いたルドルフは、門前払いされることなく、侍従によって屋敷内へと案内された。
結納の際に訪れて以降、この屋敷に足を踏み入れたことがないのは、セレーネとの婚姻を押し付けてきたグランシア公爵家を恨んでいたから。
「旦那様、スノーベル侯爵様をご案内いたしました」
ルドルフを案内していた侍従が、重厚な扉の前で立ち止まり、中へ声を掛ける。
「入りなさい」
低い声が室内から応じ、侍従がゆっくりと扉を開く。
そして、誘導されるまま室内に足を踏み入れたルドルフは、部屋の奥に立つグランシア公爵家当主フィリップと、彼へ寄り添うように立つカトレアの姿を目にした途端、不意に込み上げてきたものが堪えきれなくなって、その場に崩れ落ちるように蹲った。
その姿は、まるで土下座をするかのようであった。
「っ!!」
あっという間に視界が滲み、頬を熱い涙が流れていく感触を覚えたが、床に蹲るルドルフはその涙を拭うことなく泣き続ける。
「~~~~っ」
涙の理由は、カトレアとフィリップの佇まいが、雰囲気のよく似た二人が寄り添う姿が、本物の父子のように見えたから。
実の父であるはずの自分より、フィリップの方が、カトレアの父として相応しいと思ったから。
それが悔しいと思ったわけではなく、妬ましいと思ったわけでもなく、ただ現実を目の当たりにし――自覚はありつつも、やはり自分は父親失格であるのだと、見えない烙印を押されたように感じたのだ。
「お……お父様っ!?」
カトレアが驚いた様子でルドルフへ駆け寄ろうとして、フィリップに引き止められてしまう。
しかし、カトレアはその手を振り切って、ルドルフの元へと駆け寄った。
ルドルフのすぐ横に膝をつき、スカートのポケットから取り出したハンカチで、ルドルフの濡れた頬を拭う。
「お父様? 一体、どうなさったのですか?」
カトレアが心配そうにルドルフへ問いかけるが、ルドルフは喉が詰まって言葉が出ない。
(すまない……すまなかった、セレーネ……カトレア……っ)
ルドルフは、心の中で何度も繰り返し、セレーネとカトレアへ謝り続けた――
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