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第一章
25.少しずつ近づいていく距離
しおりを挟む「あ……こちらのお店の商品は、雰囲気が一番近いかもしれません」
何軒目かの宝飾品店に足を踏み入れた途端、カトレアは小さく歓喜した。
「そう……ふーん、確かにカトレアには合いそうにない雰囲気だね」
アルベルトは出入口脇の陳列棚に並べてあるネックレスを見ながらそう言った。
ただ美しいだけでなく清楚で可憐な容姿を持つカトレアには、強い色合いの華美な装飾品は似合わない。
アルベルトはライラの容姿を知らないので、似ているであろうルシアの容姿を思い浮かべつつ、目の前のネックレスを組み合わせてみた。
(うん、確かにこういうのを好みそうだな……)
名だたる名店が建ち並ぶ王都に軒を連ねるような店なので、品がないとまでは言わないが、好みの異性がカトレアであるアルベルトの目には、これらの品が良品であるようには映らない。
「……あれ?」
不意にカトレアが不思議そうに首を傾げた。
「どうした?」
「あ、いえ……その……」
カトレアはチラチラと商品棚を見ながら、何か言いたげな表情を浮かべた。
「これが気になるのかい?」
アルベルトはさりげなくカトレアを店主から隠すように位置を変えると、カトレアの視線の先にある新商品と掲示された一点物のブレスレットを手に取った。
そのブレスレットは、金の鎖にアメジストとピンクサファイアを組み合わせたものであったが、店に陳列されている他の品とは違う雰囲気の意匠になっていた。
「あ……」
カトレアははっきり言わなかったが、手に取った瞬間に小さく息を呑んだので、アルベルトは何かあると踏んだ。
「少し待っていて」
「え……」
アルベルトがブレスレットを持って、店主の方へ歩いていく。
カトレアはアルベルトが何をするつもりか想像できなくて狼狽えた。
程なくして戻ってきたアルベルトは、店名が記された小さな袋を手に持っていたので、ブレスレットを購入しに行っていたのだとわかった。
「出ようか」
「あ、はい……」
二人は店を出ると、人目を避けて路地裏に入った。
薄暗い路地裏には誰もおらず、アルベルトはサッと周囲に目を走らせてから、購入したブレスレットが入った袋をカトレアに渡す。
カトレアは、震える手でその袋を受け取ると、中からそっとブレスレットを取り出し掌に載せて、具に観察する。
「……っ、ま、間違いないです……」
「うん?」
アルベルトはカトレアの言葉の意味を図り損ねて首を傾げた。
「あ……えっと、このブレスレットは、私のものです」
「えっ?」
アルベルトは想定外の答えを聞き、目を見張った。
「……あの、お恥ずかしい話ですが、一月前、グレース公爵家へ返納する結納金が足りなくて、資金を調達するために、父が私のドレスや装飾品を売ってしまったんです。恐らくその中に、このブレスレットがあったのだと思いますが、これは私が王立学園へ入学する際、フィリップ伯父様がお祝いにと贈ってくださったものなんです。レインティア宝飾品店にしかない、特別受注生産の一点物で……これは母の瞳の色であるアメジストと、私の瞳の色であるピンクサファイアを用いて作っていただいたのだと伯父から聞いています。アルベルト様、こちらを見てください。この部分に店名の刻印があります。それなのに、今のお店で新作の自店製品として販売されていたから驚いてしまって……」
「ふむ……それは由々しき問題だ。そうか……スノーベル侯爵もしくはライラ夫人が、君の装飾品をこの店に持ち込んだのだとしたら、ここがライラ夫人が普段利用している店ということなんだろうね。領収書を切らせておいて良かった。少し調べてみるよ。ありがとう」
グロリオーサ王国では、職人や店舗の権利を守るため、他者の作品を盗用したり、他店の刻印が入った品を自店の物と偽ったりして販売することを禁じている。
勿論、それらを勝手に加工することや、中古品として入荷した品を新品だと偽ることも同様に禁じられていた。
なのに、この店はそれを堂々と行なっているだけでなく、王族であるアルベルトに躊躇せず売りつけたというのだ。
アルベルトは、今準備しているものだけでなく、別の事件も想定する必要がありそうだと考える。
店内を隈なく調べれば、他にもそうやって偽られた品が出てくるだろう――中には既に売れてしまったものもあるかもしれないが。
「いえ……」
これでひとまずの目的は達成されたということで、カトレアはこの楽しい時間が終わってしまうのが寂しいと思った。
アルベルトに振り回されていただけではあったが、カトレアは困惑しつつもアルベルトと過ごすこの時間を楽しんでいたのだ。
「ついでにレインティア宝飾品店にも行ってみようか」
アルベルトは寂しげな表情を浮かべたカトレアに苦笑すると、ちょっとした思いつきのように提案した。
そもそもアルベルトの最終目的はここにあったのだが、カトレアに知られると恐縮させてしまうだろうと思い、隠していた。
先程、執務室で見せてもらった宝石箱にしまわれていた僅かばかりの装飾品と、アルメリア紋章のペンダント以外の装飾品を持っていないカトレアに何か贈り物をしたいと思ったのだ。
それも、自分の存在をカトレアの心に植え付けられるような何かを――
「えっ?」
「僕の用事に付き合ってくれたお礼に、何か君に贈り物がしたい。レインティア宝飾品店なら、君の好みに合うだろう? さあ、行こう」
アルベルトは有無を言わさずにカトレアの華奢な手を取ると、宝物を扱うようにそっと握りしめた。
エスコートとは違うその接触に、カトレアの心臓が爆発しそうになる。
それを少しも嫌だとは感じていない自分に驚きつつ、カトレアはアルベルトに引かれるまま歩いた。
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