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第一章
10.一度失ったものは戻らない
しおりを挟むカトレアは、どんなに窮地に陥ろうとも、学園へ通うことをやめなかった。
それは学年首位としての意地と、少しでも家族から距離を置きたいという願望の現れであった。
元々、高嶺の花と呼ばれて他の生徒から遠巻きにされていたこともあって、学園内で孤立していても状況は何も変わらない。
ただし、そこかしこから聞こえよがしに囁かれる陰口が耳に入らなければ……ではあるが。
(一月も経つのに、未だ噂が消えないのはきっとルシアのせいね……)
普段のカトレアは物事を他者のせいにするようなことはしない。
しかし、これに関しては確実にルシアが関わっていることを知っているので、そう考えるのも致し方ないと言えるだろう。
ルシアは当初、ライモンドのみに的を絞り、じわじわとカトレアの評価を落としていった。
そして、婚約破棄が確定すると、好奇心からあれこれ訊ねてくる生徒たちに対して、有る事無い事を吹聴しているらしい。
それもわざとらしいくらい大袈裟な表現をしながらも、遠慮がちに思わずポツリと漏らしてしまったという体を装って。
そのせいで、生徒たちはルシアの言葉が正しいと思い込み、誰一人、カトレアに真相を訊ねてくることがないため、ルシアの嘘ばかりが罷り通るという現状だった。
「はぁ……」
生徒たちの目を掻い潜りながら、人気のない場所を求めてようやく辿り着いた裏庭は、奇しくも半年前にライモンドと初めて邂逅した場所だった。
あの日、カトレアが戯れていた野ウサギはいつに間にか姿を現さなくなっており、カトレアは毎日野ウサギの無事を祈っていた。
ライモンドは、その野ウサギがカトレアに懐いていると知ってから、探し回るのをやめていた。
生徒会役員としての職務を放棄したとも取れる行動だったが、ライモンドは周囲に悟られないよう隠し通し、カトレアはそんなライモンドの気遣いを嬉しく思っていたのだ。
(ライモンド様……)
婚約破棄をされて以降、ライモンドとルシアが共にいるところを幾度となく目撃していたカトレアは、ライモンドの心がルシアに向かっていることに気づいていた。
ライモンドの心の中にはもう、自分の居場所はない。
初めて愛した異性――婚約者を失い、大好きな母もいないこの世界で、カトレアはどうやって生きていけば良いのかと自問自答を繰り返す。
(お母様、私はどうしたら良いの……?)
カトレアは制服の胸元を探り、厳重に隠していた純金製のペンダントを取り出した。
母が大切にしていた宝石箱に保管されていたペンダント――
以前、ライラは開けるための鍵がないことに腹を立てて放り捨てたが、その鍵はずっとカトレアが肌身離さず持っていた。
セレーネが息を引き取る寸前に、カトレアへ託した小さな鍵。
『この鍵が、きっとあなたを守ってくれるわ……だから、大切に持っていて――誰にも奪わせないで……』
そう言って、カトレアの手を握り締めたセレーネの華奢な掌から、徐々に熱が失われていくその感覚をカトレアは今でも覚えている。
その後、ライラから取り返した宝石箱に母から託された鍵を差し、中にこのペンダントが入っていることを知った。
一目で高級品であるとわかる繊細な意匠が何を表しているのか、カトレアにはわからなかったが、母が誰にも奪わせるなと言ったのは、鍵のことではなくペンダントのことだと悟った。
カトレアはそっとペンダントを箱から取り出すと、空になった箱の中へこのペンダントと同じ重さになるよう己の装飾品を組み合わせてしまい込んでから、再び施錠した。
もし万が一、ライラが再びこの箱を奪いに来た際、重さが変わっていることに気づかれてしまわないように。
(お母様は、これが私を守ってくれると言ったけれど……)
その言葉の意味は、三年経った今でもカトレアにはわからなかった――
~*~*~*~*~*~
次回更新は2/2(木)13時予定です。
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