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第一章
05.密かに守り続けた生命の証
しおりを挟む――パンッ
「何ということをしてくれたんだ!! お前は我がスノーベル侯爵家を破滅させるつもりか!?」
ライモンドから婚約破棄を告げられた後、帰宅したカトレアを待ち受けていたのは、烈火の如く怒る父と嘲笑を浮かべる継母だった。
ルドルフは、顔を合わせるなり問答無用でカトレアの頰を張り、怒鳴りつけた。
その後ろには、継母の陰に隠れて嘲笑うルシアの姿もある。
カトレアが生徒会執行部の部室を追い出された後、ルシアはライモンドに伴われて帰宅したようだ。
そして、事のあらましをルドルフたちに聞かせたのだろうとカトレアは悟る。
グレース公爵家から正式な通達が届くのは、もう少し時間がかかるだろうが、婚約破棄が決定したとなれば、先に納められていた多額の結納金を返却しなければならないことは明白だ。
既にルドルフが結納金に手をつけていたのだとしたら、今のスノーベル侯爵家に一括返金できるほどの財はない。
どこかで借金をして帳尻を合わせるか、グレース公爵に返金を待ってもらうよう頼み込むか――そのどちらかしか選択肢がなかった。
「結納金のグレース公爵家への返金は、お前の持ち物を売って賄う。それでも足りなければ、私が払ってやるが、いずれは返してもらうぞ。よく覚えておけ!」
「え……?」
ルドルフの言葉にカトレアが呆然としたとき、廊下の奥から侍従たちが様々なものを運びながらやって来た。
(あれは私の……)
僅かばかりのドレスや装飾品をはじめとする、カトレアの持ち物が全て容赦なく運び出されている。
この三年間、ライラやルシアの目からどうにか隠し、守り通してきた母の形見までもが運び出されていることに、カトレアは気が狂いそうな衝撃を受けた。
「やめて……あれだけは……あの箱だけは返してください……っ」
侍女長エリーゼが持っている小さな宝石箱を目にしたカトレアは、ここで初めて声を上げた。
どんなときも冷静な態度を崩さないカトレアが、初めて取り乱した姿に、ルドルフの背後に立っていたライラが嘲笑を深める。
それは、生徒会執行部の部室で見せたルシアの邪悪な笑みとそっくりなものだった。
「こんな見窄らしい箱、まだ持っていたの?」
ライラはゆっくりとエリーゼのそばへ近づくと、エリーゼの手から宝石箱を取り上げた。
それは生前のセレーネが大切にしていた宝石箱である。
三年前、ライラが真っ先に手をつけ、装飾に使われている宝石を全て剥がして己の装飾品に変えてしまっただけでなく、母の形見として譲り受けるはずだったカトレアの目の前で窓の外へと放り捨てたせいで傷だらけになってしまったのだ。
先程、ルシアがライモンドに話した内容は、実際にカトレアの目の前で起こったことを元にしたものだった。
当時のライラの所業については、鍵がないために箱を開けられなかった腹いせでもあったのだろうとカトレアは推測している。
カトレアはあの日、庭から宝石箱を探し出し、自室に持ち帰って汚れを拭い、これまで大切にしまっていた。
「まあ、どうせ売れないでしょうし……これくらいは残して差し上げても良いのではなくて?」
「……フン、勝手にしろ」
ルドルフは冷めた目でカトレアを見下ろすと、そう言ってそのまま立ち去った。
その場に残ったのはライラとルシア、そしてエリーゼ。
他の侍従たちは、カトレアを心配しながらも、雇用主に叱責されることを恐れ、与えられた仕事を全うすることを選んでいた。
密かにそう指示したのは、侍女長のエリーゼだということを、この場に残った者たちは知らない。
ライラはエリーゼに背を向け、宝石箱を持ってカトレアの前に立つと、ニイッと唇の端を上げた。
「あらいけない、手が滑ったわ」
そう言って、宝石箱を床に投げ捨てた。
――ガンッ
金属製の硬い箱が、大理石の床に叩きつけられ、大きな音が響く。
しかし、箱は頑丈であるため壊れることはない。
ライラが期待したような結果にならなかったことを不満に思い、眉を顰めた。
しかし――
「っ!」
カトレアが躊躇うことなく床に膝をつき、拾い上げた宝石箱を胸に抱え込むと、床に這いつくばるという無様な姿を見られたことで溜飲が下がったのか、ライラは一層笑みを深めた。
その背後に立つルシアも同様に、邪悪な笑みを浮かべてカトレアを見つめている。
(どうしてこんなことになってしまったの……?)
どんなに悲しくても、どんなに悔しくても、ここで涙を見せるわけにはいかないと、カトレアは歯を食い縛って耐え続けた――
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