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本編
04
しおりを挟む中央広場の出入口でキースと合流し、足を踏み入れた自由市は大盛況だった。
身分問わず誰でも気軽に参加できる催し物なので、客は貴族も平民も入り混じっている。
この時に限っては、平民が貴族にも気軽に声を掛けることができ、貴族が平民に対して身分をひけらかすような真似は許されないので、身分主義の貴族は最初から参加しないというのも慣例化されていた。
それに、王城から派遣された騎士が会場内を巡回しながら目を光らせているので、余程の馬鹿じゃなければ、問題行動を起こすことはしない。
僕も他の客に倣って手前から順に露店を覗いていくことに決め、通路の両脇に連なっている露店に並ぶ商品を見比べた。
(この辺りは雑貨類が多いかな……)
通常通りの配置ならば、自由市の目玉商品となるような美術品や工芸品などの大物は奥の方で展開されているだろう。
特に目ぼしい物は見つからないまま、奥へと進んでいったところで、ふとある露店が目についた。
その露店は、異国人らしき中年男性が開いており、雑貨から魔道具まであらゆる商品を取り扱っているようだった。
(あれは……)
ガラクタと言えるような古びた魔道具が乱雑に積まれた一角に、両手に乗るくらいの大きさの箱があった。
錆が浮き、燻んだ色になっている金属製の箱。
複雑な装飾が施され、所々に何かが嵌っていたであろう空洞がある。
「あの、こちらの箱、手に取ってみても良いですか?」
露店の敷物の前に膝をつき、店主に尋ねる。
「あぁ、良いよ。……そんな錆だらけでボロボロの箱がどうかしたのかい?」
「え、あ、いえ……」
店主に尋ねられたが、答えることができない。
何故なら、その箱にまつわる記憶は前世のものだから。
(やっぱり、この箱……どうしてこんなところに?)
細身の蔦が絡み合い、花が散りばめられたような紋様を模った細工に確信を覚える。
店主にこの箱をどこで入手したか訊いてみたいが、理由を尋ねられたら困るので、訊くことはできない。
「この箱はいくらですか?」
「そうだねぇ……大銅貨三枚で良いよ」
「えっ?」
少し考えるような素振りを見せた店主から告げられた金額に驚く。
「うん? こんなボロボロじゃ、やっぱり貴族のお兄さんでも高いと思うかい? じゃあ大銅貨一枚でどうだ? まぁ正直、こんなゴミ同然の古臭いガラクタを買ってくれるんなら、中銅貨一枚でも小銅貨一枚でも良いんだが……」
どんどん下がっていく価格に驚きを隠せない。
「いえ、そうではなく……えっと、その値段だと仕入れ値を下回っていませんか?」
「いいや、全く。……本当はお客さんに聴かせる話じゃないんだけど、その山にあるガラクタはほとんどタダ同然で手に入れているんだよ。これを売り込みに来た人が言うには、どれも古過ぎて国立図書館ですら資料が置いていなくて、使い道がわからないらしくてね……俺は魔道具の類には明るくないものだから、よくわからないんだが」
店主の説明を聞きながら、魔道具の山を眺める。
確かに見知らぬ魔道具も多いが、いくつか見覚えがあるものも混ざっている。
とは言え、この箱型の魔道具以外は大した価値はないので、先程の価格でも妥当と言えるだろう。
(どうしよう……これを大銅貨三枚で買うのは気が引けるけど……説明できないしな……)
店主側に損がないと言うなら、この金額で納得した方が良いかもしれない。
「……では、この箱をください。銅貨の持ち合わせがないので小銀貨一枚をお支払いします。釣りはいりません」
「えぇっ? いやいや、流石にこんなガラクタに小銀貨一枚は貰いすぎだよ‼︎」
キースに指示を出し、彼に持たせている財布から小銀貨を一枚出させる。
良心的な店主は何度も首を振り、支払金の受け取りを拒んだが、半ば強引に押し付けて、その場を離れた。
その後は他の露店には一切目を向けずに自由市の会場から出る。
「……エリオット様? そのように急いで、いかがなさいましたか?」
同伴していたキースや護衛たちを置き去りにしてしまうところだったらしく、駆け足で寄ってきたキースに訝しまれてしまった。
「うん、ちょっとね……」
キースの問いに言葉を濁しつつ、先程入手した魔道具の箱を確認する。
一際大きな空洞がある蓋に手をかけ、ゆっくりと押し開けた。
箱の中には黒っぽい赤紫色の布が貼られており、一見すると宝石箱のような作りになっている。
(やっぱり、魔石がついていないから普通の箱に見えるか……)
“藍原瑛斗”が知っている箱と随分様変わりしてしまっているが、これはただの魔道具ではない。
この国――グランストーム王国にたった一つしかない国宝であり、“聖なる神の祈り”と呼ばれる古の神器だった。
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