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本編
02
しおりを挟む「本日限りで、我が息子との婚約を解消してもらう」
ズカズカと無遠慮に寝室へ足を踏み入れたシュヴェリエ侯爵は、こちらを一瞥して、僕が目を覚ましていることに驚いた様子で僅かに片眉を上げたが、すぐに視線を父に向けて不遜な態度でそう告げた。
シュヴェリエ侯爵の後ろに佇むレオナルドに至っては、この場にいるのが不本意といった態度を隠すこともせず、一切の関心を僕に向けることもない。
その態度に僕が傷つくことはなく、凪いだ気持ちで眺める。
僕たちの婚約は政治的理由で結ばれただけの契約でしかなく、婚約が決まってから互いに歩み寄ることはなかったので、レオナルドの素っ気ない態度には慣れていた。
むしろ、顔を合わせているのに嫌味の一つも言われないことの方が不気味に思う。
ちなみに彼がシュヴェリエ侯爵と共にここへ来たのは、婚約者が病で伏せっているのに見舞いにも訪れない薄情者、という評判が立たないようにするためのポーズでしかない。
「……僭越ながら、その理由をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
父はシュヴェリエ侯爵より下位の伯爵であるため、低姿勢でおもねるようにシュヴェリエ侯爵に理由を尋ねた。
「一月もの間、原因不明の病で昏睡状態に陥るような脆弱な人間は我が侯爵家にふさわしくないということだ。我が侯爵家に未知の病を持ち込まれては困るのでね。婚約破棄の旨は既に陛下へお伝えし、陛下もご了承くださったので、こうしてわざわざ伝えに来てやったのだ」
言わなくともわかるだろうと言わんばかりのシュヴェリエ侯爵の口振りに苛立ちを覚える。
そもそもこの婚約は、三年ほど前から父の領地で採れるようになった天然資源を欲しがったシュヴェリエ侯爵側の強い要請で、半ば強制的に結ばれたというのに、解消するのに事前の相談もなくあちら側の一方的なものというのが気に食わない。
立場的にこちらから婚約解消を言い出しづらいということは理解しているが、してはいけないという道理はないはずだ。
この国の王は他国に比べるとまだ若いが、爵位による序列があろうと可能な限り平等に耳を傾けてくださる懐の広い素晴らしい方なので、父の方から婚約解消を求めても咎めるようなことはしないだろう。
実際、レオナルドとの婚約が決まった後、父から幾度となく僕の気持ちを尋ねられてきた。
僕の本音としては、レオナルドとの婚約は歓迎できるものではないが、これまでのシュヴェリエ侯爵の陰険で狡猾な所業の数々を聞き及んでいたため、こちらから婚約解消を告げることでシュヴェリエ侯爵から父に対して何らかの報復があってはならないと考え我慢することを選んだのだ。
父親譲りの傲岸不遜な僕様気質で、常に他者を馬鹿にして見下しているようなレオナルドと親密になれる気は全くしなかったけれど。
「左様ですか……ご子息との婚約解消の旨、承知いたしました」
父が表情を変えることなく承諾すると、シュヴェリエ侯爵は面白くなさそうに鼻を鳴らし、相変わらずこちらを見ないレオナルドを伴って帰っていった。
(……やっぱり、これ、あの小説の展開と同じだ)
“藍原瑛斗”としての記憶にある恋愛小説の冒頭でも、主人公が病で伏せっている間に婚約破棄されてしまっていた。
ただ婚約を解消するのではなく、婚約破棄という手段を講じられているところも同じだった。
双方合意の上で解消するのと、一方的に破棄されるのとでは、その後の展望に大きな影響が出る。
先程、シュヴェリエ侯爵は父に婚約を解消すると告げたが、国王陛下へ申請したことを告げた際には“婚約破棄”という表現を使っていたので、僕は侯爵家から婚約破棄された問題ありの人間というレッテルを貼られてしまったということだ。
それは、今後侯爵位より上位の家から婚約の打診が来ることはなくなると決まったも同然だった。
もしかすると同じ伯爵位からも敬遠される可能性がある。
これは父の立場にとっては非常にまずい展開だと言えるが、それについて僕が焦ることはなかった。
何故なら、これが小説の展開と同じならば主人公はこの先救われるからだ。
だが、何よりも気掛かりなのは、小説の主人公はマールグリット伯爵家令嬢エリザベスで、正真正銘の女性であったこと。
何故、女性主人公から男性主人公に変わってしまっているのか、その理由は全くわからなかった。
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【更新予定のお知らせ】
本日(10/12)、夜21時に3話目を投稿予定です。(※予約投稿)
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