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第一章
05.聖女シエラローズ(3)
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パルシェフィード国の聖女は、日々粛々と敬虔に、国のため、民のために祈りを捧げなければなりません。
それは己の私利私欲に塗れたものであってはいけません。
己の感情を抑えなさい。
己の欲望を抑えなさい。
貴女の祈りは、貴女のためのものではありません。
貴女の祈りは、この国の全ての民を守るためのもの。
そして、日々の研鑽を怠ってはいけません。
嘘や誤魔化しで事実を偽ってはいけません。
どのように取り繕おうとも、女神フローラは心の奥にある本質を見抜くことができます。
この先、貴女がこの国の聖女として相応しいか相応しくないか、判断するための試練が幾つも待ち受けているでしょう。
その全てを貴女が乗り越えられた時、女神フローラは貴女を巫女として、聖女として認めてくださいます。
決して違えてはなりません。
貴女はこの国を守り、支えるための礎となるのですから――
◇ ◇ ◇
幼少時のシエラローズが聖女リリーナの元で修練を始めた時、最初に教えられたのは聖女としての己の在り方であった。
それは先代聖女リリーナも、更に先代の聖女から教わってきた事である。
そうして代々受け継がれ、毎日繰り返し聞かされた言葉の数々は、今でもシエラローズの胸に深く刻み込まれている。
己の激情に呑まれないよう感情を殺す事を覚え、己の利益のみを求めないよう願望を封じる事を覚え、物事を主観ではなく客観的に捉える術を身につける事が聖女修行の一環であった。
国の未来を見据え、より良い繁栄を齎すため、必要なものと不要なものを選り分け、王へと進言する事は聖女が持つ役割の一つであり、そこに聖女自身の感情も願望も含まれてはいけない。
ただ眼前にある事実を理性的に処理し、不適格と判断したものを排除する事が、国を守り、民を守る事に繋がると教わってきた。
だからこそシエラローズは、聖女としての役割を全うしながら、慎ましやかに規律正しく暮らし、人々が過ちを犯す事を見逃さない。
人によっては言い難いであろう事を躊躇せず口にするのも、禁忌を犯した第二王子アレクシオスを許してはならないと判断し、王位継承権を剥奪するよう王に進言したのも、聖女シエラローズにとっては当然の行動であった。
己の欲望に負け、禁忌を犯したアレクシオスが次期国王となってしまえば、パルシェフィード国は混乱し、民が悪魔に魅入られ破滅の一途を辿ることになる。
シエラローズはそう判断を下した。
『――私の親愛なる巫女。お気をつけなさい、何か大きな力が生じ始めています。この先、新たな災難が貴女に降りかかることでしょう。もう二度と悲劇を起こしてはなりません。次にまた悲劇が起こるような事があれば、この国は――』
アレクシオスから婚約破棄を告げられた日の朝、女神フローラから下りた神託は、この先の聖女シエラローズの身を案じ、パルシェフィード国の行く末を危惧するものであった。
シエラローズはアレクシオスからの婚約破棄が、己の身に降りかかった災難だとは思っていない。
それ以外に何かが起こるだろうと予測しており、それはアレクシオスがマリベルと密通した事では無く、もっと大きな何かであるはずだと考えていた。
先を読み、予測を立てて最善策を用意し備えておく事は、国を守る聖女の役割である。
更なる祈りを捧げ、国を守る結界を強化し、何が起こっても対処できるよう準備しておかなければならない。
それは弱冠十七歳の少女には荷が重い事ではあるが、シエラローズは負担を感じている事を噯にも出さない。
聖女となった己の役割であるからこそ、他者への甘えは許されず、己が責任を持って全うしなければならないと考えているから。
シエラローズが聖女である事を知る者たちが、彼女の負担を減らすべく手助けを申し出ても、責任感の強いシエラローズは首を縦に振らない。
その頑なな態度には、ある理由があった。
五年前、弱冠二十五歳という年若い先代聖女リリーナが退き、十二歳のシエラローズが聖女を引き継ぐきっかけとなった、ある大事件がシエラローズを頑なにし、孤軍奮闘させているのであった――
それは己の私利私欲に塗れたものであってはいけません。
己の感情を抑えなさい。
己の欲望を抑えなさい。
貴女の祈りは、貴女のためのものではありません。
貴女の祈りは、この国の全ての民を守るためのもの。
そして、日々の研鑽を怠ってはいけません。
嘘や誤魔化しで事実を偽ってはいけません。
どのように取り繕おうとも、女神フローラは心の奥にある本質を見抜くことができます。
この先、貴女がこの国の聖女として相応しいか相応しくないか、判断するための試練が幾つも待ち受けているでしょう。
その全てを貴女が乗り越えられた時、女神フローラは貴女を巫女として、聖女として認めてくださいます。
決して違えてはなりません。
貴女はこの国を守り、支えるための礎となるのですから――
◇ ◇ ◇
幼少時のシエラローズが聖女リリーナの元で修練を始めた時、最初に教えられたのは聖女としての己の在り方であった。
それは先代聖女リリーナも、更に先代の聖女から教わってきた事である。
そうして代々受け継がれ、毎日繰り返し聞かされた言葉の数々は、今でもシエラローズの胸に深く刻み込まれている。
己の激情に呑まれないよう感情を殺す事を覚え、己の利益のみを求めないよう願望を封じる事を覚え、物事を主観ではなく客観的に捉える術を身につける事が聖女修行の一環であった。
国の未来を見据え、より良い繁栄を齎すため、必要なものと不要なものを選り分け、王へと進言する事は聖女が持つ役割の一つであり、そこに聖女自身の感情も願望も含まれてはいけない。
ただ眼前にある事実を理性的に処理し、不適格と判断したものを排除する事が、国を守り、民を守る事に繋がると教わってきた。
だからこそシエラローズは、聖女としての役割を全うしながら、慎ましやかに規律正しく暮らし、人々が過ちを犯す事を見逃さない。
人によっては言い難いであろう事を躊躇せず口にするのも、禁忌を犯した第二王子アレクシオスを許してはならないと判断し、王位継承権を剥奪するよう王に進言したのも、聖女シエラローズにとっては当然の行動であった。
己の欲望に負け、禁忌を犯したアレクシオスが次期国王となってしまえば、パルシェフィード国は混乱し、民が悪魔に魅入られ破滅の一途を辿ることになる。
シエラローズはそう判断を下した。
『――私の親愛なる巫女。お気をつけなさい、何か大きな力が生じ始めています。この先、新たな災難が貴女に降りかかることでしょう。もう二度と悲劇を起こしてはなりません。次にまた悲劇が起こるような事があれば、この国は――』
アレクシオスから婚約破棄を告げられた日の朝、女神フローラから下りた神託は、この先の聖女シエラローズの身を案じ、パルシェフィード国の行く末を危惧するものであった。
シエラローズはアレクシオスからの婚約破棄が、己の身に降りかかった災難だとは思っていない。
それ以外に何かが起こるだろうと予測しており、それはアレクシオスがマリベルと密通した事では無く、もっと大きな何かであるはずだと考えていた。
先を読み、予測を立てて最善策を用意し備えておく事は、国を守る聖女の役割である。
更なる祈りを捧げ、国を守る結界を強化し、何が起こっても対処できるよう準備しておかなければならない。
それは弱冠十七歳の少女には荷が重い事ではあるが、シエラローズは負担を感じている事を噯にも出さない。
聖女となった己の役割であるからこそ、他者への甘えは許されず、己が責任を持って全うしなければならないと考えているから。
シエラローズが聖女である事を知る者たちが、彼女の負担を減らすべく手助けを申し出ても、責任感の強いシエラローズは首を縦に振らない。
その頑なな態度には、ある理由があった。
五年前、弱冠二十五歳という年若い先代聖女リリーナが退き、十二歳のシエラローズが聖女を引き継ぐきっかけとなった、ある大事件がシエラローズを頑なにし、孤軍奮闘させているのであった――
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