冷やし上手な彼女

カラスヤマ

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二章

異常性

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帰りのエレベーター内で執事が呟いた。

「青井様は、旦那様を噛んだり、殴ったんですか?  いえ、先程のお話……盗み聞きするつもりはなかったのですが、私の意地汚い興味が勝ってしまい………。大変、申し訳ございません」

「っ!?  いやいやっ、あっ……そ……あの時は、そうするしか方法がなくて……。こちらこそ、すみません。なんであんなことしたのか、自分でも不思議で………」

口から出た出任せ。

不思議でも何でもない。俺は、あの男を殺してでも七美達を助けようとした。迷い、後悔などなかった。

それは、今もーーー。

「すみませんでした!  また、改めて謝罪させてもらいます」

執事の背中に謝った。この男は、七美の父親に心酔している。場合によっては、自分の命など平気で投げ出す覚悟もあるはず。そんな主を傷つけた俺。決して許さないはず。

こうして改めて見ても、この執事は年相応の体つきでーー。痩せてもおり。物腰の柔らかい優男という印象は、初見から変わらない。正直、喧嘩になったら俺でも勝てそうな感はある………。だが、油断は勿論出来ない。なぜならこの執事は、世界で最も危険な男に何十年も付き従い、生き延びてきた猛者だから。何をするか分からない、得たいの知れない恐怖がある。

「謝らないで下さい。青井様。私は、とても嬉しいのです。旦那様があんなに楽しそうに誰かと話すのを久しぶりに拝見して………。あのようなお姿、本当に……珍しく…。すみません……」

綺麗に畳まれたハンカチで目頭を押さえ、感動に震える執事に戸惑っているとエレベーターが到着した。俺が箱から出るまで、その扉を押さえてくれる執事にお辞儀。俺は焦る気持ちを抑え、それでも小走りで、七美達の元まで走った。

「あ…れ?」

先程までいた場所には誰もおらず、冷めきっていた。知らない扉を開ける勇気もなく、立ち止まり、戸惑っていると


俺の小さな独り言を聞き逃さなかった執事に、

「お嬢様達は、屋内プールに行きましたよ。どうやら、待ちくたびれたみたいですね」

「はぁ………そうなんすね。まぁ……いいけど……いや、良くない……」

水着姿でどうやって、俺の叫び、窮地に対応するつもりだったんだ?

不信感だけが、募っていく。

疲れた俺を気遣って、寝室まで案内してくれた。その道中、

「神華さんは、映画がお好きなんですか?」

先程の無声映画を思い出した。

「そうですね。旦那様は、昔から生きたモノがお好きですから」

「生きたモノ?」

聞き慣れない単語に戸惑う。

「昔の映画だと思われたでしょうが、実はアレ。先月ドイツで撮影したものなんです」

え!?

「あえて古さを演出しています。完璧にね。役者も命懸けですから、演技も迫力あったでしょう?」

「はい。確かに…………。ってか、命懸けって?」

「彼らは、全員死刑囚なんです。演技が一番素晴らしかった者だけ、助けるという条件でしたね。確か」

あの映画の鬼気迫る演技は、本当に自分の『生死』がかかっているからなのか。

執事は立ち止まると、袖を捲り俺に刺青を見せた。

番号が刻まれた、そのーーー。

「何を隠そう、私も元死刑囚なんです。お恥ずかしい話なんですが………」

照れた感じを出した執事の横を歩いていた俺は、改めて神華の異常性を感じていた。
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