36 / 39
36 欠けた太陽
しおりを挟む
学校で漢文の授業を受けていると、急に眠くなった。ほんの一瞬、意識が途切れた。その数秒間の変化。机の上に先ほどまでなかった黒い封筒が置かれていた。見覚えのあるその封筒を手に取り、良く見るとびっしり小さい黒い虫がくっついていた。
「うわっ!?」
驚き、体がのけ反った。周囲の冷ややかな視線や先生の呆れ顔よりも、さっき落とした封筒の方が気になった。ザザザッと落ちた封筒から離れる虫達は、窓から外に飛び去っていく。
虫がいなくなった白い封筒を拾い、震える手で中身を確認した。手紙が一枚。見たことのない字が書かれている。
何となく窓の外を見ると、遠くの山から黒い霧状のものがこちらに向かって押し寄せてきていた。
さっきの虫が、仲間を引き連れ戻ってきた。そう直感的に分かり、恐怖した。
パンッ!!
手を叩く音の後、教室は僕と欠席扱いのナタリだけになっていた。
「何だ、あれ」
「お姉ちゃんがね、ハクシを殺そうとしてるんだよ。まだまだまだまだまだまだこんなのが続くと思う。お姉ちゃんを二度も裏切ったから……。私から大切な者を奪って、泣いて悲しむ姿を見るのがお姉ちゃんの趣味なの」
「さっ、最低だな! その姉。どんだけ、歪んだ性格してんだよ」
校舎を飲み込もうと黒い虫が覆い被さる。昼間なのに、夜のような暗さ。ナタリの妖しい赤目だけが光っていた。
「ハクシさぁ………。私と死んでくれない?」
冗談には、聞こえない。
「そんなツマラナイこと聞くなよ。当たり前だろ? 死ぬ時は、一緒。もう二度とナタリと離れない。離れたくない」
「…………………とろけ…そう」
窓ガラスを割って入ってきた虫の大群にナタリが指で弾いた小さな消しゴムが当たると幻のように虫達は消し飛んだ。
急に明るくなり、その眩しさに目が霞む。
僕の机に行儀悪く飛び乗った制服姿のナタリは、
「誰もいないから、今ならハクシの好きに出来るよ? いろんなエッチぃやつ」
照れながら、チョンチョン指先で胸をつついてくる。数秒前まで、いつ死んでもおかしくない状況だった。その最悪なバッドエンドの回避。それと今の僕を誘うナタリの可愛すぎる仕草。
「んっ、あ、制服…破れちゃぅ……」
これ以上にないほど、興奮していた。
◆◆◆◆【欠けた月】◆◆◆◆◆
彼女の冷たい手を壊れるくらい強く握り、毎晩、肌を重ねる。
朝ーーーーー。
鏡を見ると深いため息がもれた。
日に日に痩せていく自分の体。
もう……長くはないだろう。
「私は、アナタを殺したくないんです。だから、早く私から逃げて下さい」
「…………それは、出来ません。僕は、君を愛してしまったから」
彼女は、僕の胸に飛び込むと子供のように泣いた。
夜ーーーーー。
廃屋の中、壊れた屋根から欠けた月を見た。
「綺麗ですね」
「はい」
きっと今夜が、最後の月見になるだろう。僕達を殺すために集まった人の気配。一人や二人ではない。当然、彼女も気づいているはず。
「大丈夫。そこにいて下さい」
もう動くことすら出来ない僕に、彼女は天使のような笑顔でそう言った。
【彼女は、悪魔】
悪魔は、人間の生気を吸う。悪魔の側にいる人間は、強制的な『死』から逃れることが出来ない。
それでも僕に、後悔はない。
空気に混じる、むせるような血の臭い。
「終わりました……」
静かになった森。狼の遠吠えだけが聞こえた。
「うわっ!?」
驚き、体がのけ反った。周囲の冷ややかな視線や先生の呆れ顔よりも、さっき落とした封筒の方が気になった。ザザザッと落ちた封筒から離れる虫達は、窓から外に飛び去っていく。
虫がいなくなった白い封筒を拾い、震える手で中身を確認した。手紙が一枚。見たことのない字が書かれている。
何となく窓の外を見ると、遠くの山から黒い霧状のものがこちらに向かって押し寄せてきていた。
さっきの虫が、仲間を引き連れ戻ってきた。そう直感的に分かり、恐怖した。
パンッ!!
手を叩く音の後、教室は僕と欠席扱いのナタリだけになっていた。
「何だ、あれ」
「お姉ちゃんがね、ハクシを殺そうとしてるんだよ。まだまだまだまだまだまだこんなのが続くと思う。お姉ちゃんを二度も裏切ったから……。私から大切な者を奪って、泣いて悲しむ姿を見るのがお姉ちゃんの趣味なの」
「さっ、最低だな! その姉。どんだけ、歪んだ性格してんだよ」
校舎を飲み込もうと黒い虫が覆い被さる。昼間なのに、夜のような暗さ。ナタリの妖しい赤目だけが光っていた。
「ハクシさぁ………。私と死んでくれない?」
冗談には、聞こえない。
「そんなツマラナイこと聞くなよ。当たり前だろ? 死ぬ時は、一緒。もう二度とナタリと離れない。離れたくない」
「…………………とろけ…そう」
窓ガラスを割って入ってきた虫の大群にナタリが指で弾いた小さな消しゴムが当たると幻のように虫達は消し飛んだ。
急に明るくなり、その眩しさに目が霞む。
僕の机に行儀悪く飛び乗った制服姿のナタリは、
「誰もいないから、今ならハクシの好きに出来るよ? いろんなエッチぃやつ」
照れながら、チョンチョン指先で胸をつついてくる。数秒前まで、いつ死んでもおかしくない状況だった。その最悪なバッドエンドの回避。それと今の僕を誘うナタリの可愛すぎる仕草。
「んっ、あ、制服…破れちゃぅ……」
これ以上にないほど、興奮していた。
◆◆◆◆【欠けた月】◆◆◆◆◆
彼女の冷たい手を壊れるくらい強く握り、毎晩、肌を重ねる。
朝ーーーーー。
鏡を見ると深いため息がもれた。
日に日に痩せていく自分の体。
もう……長くはないだろう。
「私は、アナタを殺したくないんです。だから、早く私から逃げて下さい」
「…………それは、出来ません。僕は、君を愛してしまったから」
彼女は、僕の胸に飛び込むと子供のように泣いた。
夜ーーーーー。
廃屋の中、壊れた屋根から欠けた月を見た。
「綺麗ですね」
「はい」
きっと今夜が、最後の月見になるだろう。僕達を殺すために集まった人の気配。一人や二人ではない。当然、彼女も気づいているはず。
「大丈夫。そこにいて下さい」
もう動くことすら出来ない僕に、彼女は天使のような笑顔でそう言った。
【彼女は、悪魔】
悪魔は、人間の生気を吸う。悪魔の側にいる人間は、強制的な『死』から逃れることが出来ない。
それでも僕に、後悔はない。
空気に混じる、むせるような血の臭い。
「終わりました……」
静かになった森。狼の遠吠えだけが聞こえた。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
婚約者すらいない私に、離縁状が届いたのですが・・・・・・。
夢草 蝶
恋愛
侯爵家の末姫で、人付き合いが好きではないシェーラは、邸の敷地から出ることなく過ごしていた。
そのため、当然婚約者もいない。
なのにある日、何故かシェーラ宛に離縁状が届く。
差出人の名前に覚えのなかったシェーラは、間違いだろうとその離縁状を燃やしてしまう。
すると後日、見知らぬ男が怒りの形相で邸に押し掛けてきて──?
【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜
なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」
静寂をかき消す、衛兵の報告。
瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。
コリウス王国の国王––レオン・コリウス。
彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。
「構わん」……と。
周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。
これは……彼が望んだ結末であるからだ。
しかし彼は知らない。
この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。
王妃セレリナ。
彼女に消えて欲しかったのは……
いったい誰か?
◇◇◇
序盤はシリアスです。
楽しんでいただけるとうれしいです。
【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?
碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。
まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。
様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。
第二王子?いりませんわ。
第一王子?もっといりませんわ。
第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は?
彼女の存在意義とは?
別サイト様にも掲載しております
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
私の周りの裏表
愛’茶
キャラ文芸
市立桜ノ小路女学園生徒会の会長は、品行方正、眉目秀麗、文武両道、学園切っての才女だった。誰もが憧れ、一目を置く存在。しかしそんな彼女には誰にも言えない秘密があった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる