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36 欠けた太陽

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学校で漢文の授業を受けていると、急に眠くなった。ほんの一瞬、意識が途切れた。その数秒間の変化。机の上に先ほどまでなかった黒い封筒が置かれていた。見覚えのあるその封筒を手に取り、良く見るとびっしり小さい黒い虫がくっついていた。

「うわっ!?」

驚き、体がのけ反った。周囲の冷ややかな視線や先生の呆れ顔よりも、さっき落とした封筒の方が気になった。ザザザッと落ちた封筒から離れる虫達は、窓から外に飛び去っていく。

虫がいなくなった白い封筒を拾い、震える手で中身を確認した。手紙が一枚。見たことのない字が書かれている。
何となく窓の外を見ると、遠くの山から黒い霧状のものがこちらに向かって押し寄せてきていた。
さっきの虫が、仲間を引き連れ戻ってきた。そう直感的に分かり、恐怖した。

パンッ!!

手を叩く音の後、教室は僕と欠席扱いのナタリだけになっていた。

「何だ、あれ」

「お姉ちゃんがね、ハクシを殺そうとしてるんだよ。まだまだまだまだまだまだこんなのが続くと思う。お姉ちゃんを二度も裏切ったから……。私から大切な者を奪って、泣いて悲しむ姿を見るのがお姉ちゃんの趣味なの」

「さっ、最低だな! その姉。どんだけ、歪んだ性格してんだよ」

校舎を飲み込もうと黒い虫が覆い被さる。昼間なのに、夜のような暗さ。ナタリの妖しい赤目だけが光っていた。

「ハクシさぁ………。私と死んでくれない?」

冗談には、聞こえない。

「そんなツマラナイこと聞くなよ。当たり前だろ? 死ぬ時は、一緒。もう二度とナタリと離れない。離れたくない」

「…………………とろけ…そう」

窓ガラスを割って入ってきた虫の大群にナタリが指で弾いた小さな消しゴムが当たると幻のように虫達は消し飛んだ。
急に明るくなり、その眩しさに目が霞む。

僕の机に行儀悪く飛び乗った制服姿のナタリは、

「誰もいないから、今ならハクシの好きに出来るよ? いろんなエッチぃやつ」

照れながら、チョンチョン指先で胸をつついてくる。数秒前まで、いつ死んでもおかしくない状況だった。その最悪なバッドエンドの回避。それと今の僕を誘うナタリの可愛すぎる仕草。

「んっ、あ、制服…破れちゃぅ……」

これ以上にないほど、興奮していた。


◆◆◆◆【欠けた月】◆◆◆◆◆

彼女の冷たい手を壊れるくらい強く握り、毎晩、肌を重ねる。


朝ーーーーー。

鏡を見ると深いため息がもれた。
日に日に痩せていく自分の体。
もう……長くはないだろう。


「私は、アナタを殺したくないんです。だから、早く私から逃げて下さい」

「…………それは、出来ません。僕は、君を愛してしまったから」


彼女は、僕の胸に飛び込むと子供のように泣いた。


夜ーーーーー。

廃屋の中、壊れた屋根から欠けた月を見た。

「綺麗ですね」

「はい」

きっと今夜が、最後の月見になるだろう。僕達を殺すために集まった人の気配。一人や二人ではない。当然、彼女も気づいているはず。


「大丈夫。そこにいて下さい」

もう動くことすら出来ない僕に、彼女は天使のような笑顔でそう言った。


【彼女は、悪魔】

悪魔は、人間の生気を吸う。悪魔の側にいる人間は、強制的な『死』から逃れることが出来ない。

それでも僕に、後悔はない。

空気に混じる、むせるような血の臭い。


「終わりました……」

静かになった森。狼の遠吠えだけが聞こえた。
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