33 / 39
33 雨にも哀
しおりを挟む
帰りが遅くなり、彼女の両親から、「泊まっていきなさい」と言われた。理由は分からないが、かなり気に入られている。本来なら、とても喜ぶべきことなんだと思う。ただ、なぜか素直に「はい」と言えない、言いたくない自分がいた。
安っぽい愛想笑いだけ残し、逃げるように豪邸を出た。モヤモヤした気分で家路を急いでいると、いきなり冷たい雨が降ってきた。コンビニで傘を買い、しばらく歩いていると誰もいない歩道の真ん中に白い女が立っていた。
傘がなく、びしょ濡れ。ワンピースが肌にはりついている。
無視するわけにもいかず、声をかけた。
「あの……大丈夫ですか? 傘、使います?」
女は、まだ僕に背を向けたまま、
「アナタは、どうするの?」
「僕の家は、近くなので大丈夫です。使ってください」
すでにかなり濡れてるし、手遅れ感もあったが、傘を女の側に置いてその場を去ろうとした。
「ウソつき………。全然、近くじゃないじゃん」
「っ!?」
唾を飲み込むことしか出来ない。雨とか濡れるとか……。もう、どうでも良かった。
この女を知っている。
名前すら分からない女。それでも僕は、この女を確かに知っている。溢れた記憶が、後押しする。
「いま……まで、どこ行ってた? 探した、毎日毎日……まいにち」
溢れた気持ちが、止まらない。
「私のこと憎いでしょ。ハクシを裏切って、一人にしたから……。いいよ、ビンタして」
目をギュッと閉じた可愛い女の頭を撫でてから、ゆっくりキスをした。
「早く帰ろう。二人の家に」
「…………」
「嫌って言っても、引き摺ってでも連れていくから」
「………嫌じゃ…な…ぃ」
二人ともびしょ濡れ、それでもくっついて歩く僕達は。
世界中の誰よりもーーーー。
今、幸せだと思う。
◆◆◆◆◆【哀】◆◆◆◆◆
会社からの帰り。いつもの道。いつもの時間。だけど、今日は一つだけ違っていた。
前から歩いてくる女にすれ違い様、声をかけられた。こんなこと初めて。
「私って、綺麗?」
「……………綺麗だよ」
「こんな狂った顔の私が綺麗?」
「うん」
「嘘ッ!! 嘘つきは、大嫌いよ」
僕の首を絞めようとする氷のような女の手。
「……嘘じゃないよ。声で分かった。君の心は、綺麗だってこと。僕が出会った人間の中で一番」
僕は、昔から目が見えない。姿は見えなくても相手の心は感じることが出来た。
「私……人間じゃないよ?」
「ふ~ん。まぁ、でも。それ聞いて安心したよ。僕は、人間が嫌いだから」
ゆっくりと僕の首から離れる冷たい手。
僕の前で、女は幼子のように泣いていた。人間になりきれなかった、悲しい女。
安っぽい愛想笑いだけ残し、逃げるように豪邸を出た。モヤモヤした気分で家路を急いでいると、いきなり冷たい雨が降ってきた。コンビニで傘を買い、しばらく歩いていると誰もいない歩道の真ん中に白い女が立っていた。
傘がなく、びしょ濡れ。ワンピースが肌にはりついている。
無視するわけにもいかず、声をかけた。
「あの……大丈夫ですか? 傘、使います?」
女は、まだ僕に背を向けたまま、
「アナタは、どうするの?」
「僕の家は、近くなので大丈夫です。使ってください」
すでにかなり濡れてるし、手遅れ感もあったが、傘を女の側に置いてその場を去ろうとした。
「ウソつき………。全然、近くじゃないじゃん」
「っ!?」
唾を飲み込むことしか出来ない。雨とか濡れるとか……。もう、どうでも良かった。
この女を知っている。
名前すら分からない女。それでも僕は、この女を確かに知っている。溢れた記憶が、後押しする。
「いま……まで、どこ行ってた? 探した、毎日毎日……まいにち」
溢れた気持ちが、止まらない。
「私のこと憎いでしょ。ハクシを裏切って、一人にしたから……。いいよ、ビンタして」
目をギュッと閉じた可愛い女の頭を撫でてから、ゆっくりキスをした。
「早く帰ろう。二人の家に」
「…………」
「嫌って言っても、引き摺ってでも連れていくから」
「………嫌じゃ…な…ぃ」
二人ともびしょ濡れ、それでもくっついて歩く僕達は。
世界中の誰よりもーーーー。
今、幸せだと思う。
◆◆◆◆◆【哀】◆◆◆◆◆
会社からの帰り。いつもの道。いつもの時間。だけど、今日は一つだけ違っていた。
前から歩いてくる女にすれ違い様、声をかけられた。こんなこと初めて。
「私って、綺麗?」
「……………綺麗だよ」
「こんな狂った顔の私が綺麗?」
「うん」
「嘘ッ!! 嘘つきは、大嫌いよ」
僕の首を絞めようとする氷のような女の手。
「……嘘じゃないよ。声で分かった。君の心は、綺麗だってこと。僕が出会った人間の中で一番」
僕は、昔から目が見えない。姿は見えなくても相手の心は感じることが出来た。
「私……人間じゃないよ?」
「ふ~ん。まぁ、でも。それ聞いて安心したよ。僕は、人間が嫌いだから」
ゆっくりと僕の首から離れる冷たい手。
僕の前で、女は幼子のように泣いていた。人間になりきれなかった、悲しい女。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
婚約者すらいない私に、離縁状が届いたのですが・・・・・・。
夢草 蝶
恋愛
侯爵家の末姫で、人付き合いが好きではないシェーラは、邸の敷地から出ることなく過ごしていた。
そのため、当然婚約者もいない。
なのにある日、何故かシェーラ宛に離縁状が届く。
差出人の名前に覚えのなかったシェーラは、間違いだろうとその離縁状を燃やしてしまう。
すると後日、見知らぬ男が怒りの形相で邸に押し掛けてきて──?
【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜
なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」
静寂をかき消す、衛兵の報告。
瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。
コリウス王国の国王––レオン・コリウス。
彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。
「構わん」……と。
周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。
これは……彼が望んだ結末であるからだ。
しかし彼は知らない。
この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。
王妃セレリナ。
彼女に消えて欲しかったのは……
いったい誰か?
◇◇◇
序盤はシリアスです。
楽しんでいただけるとうれしいです。
【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?
碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。
まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。
様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。
第二王子?いりませんわ。
第一王子?もっといりませんわ。
第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は?
彼女の存在意義とは?
別サイト様にも掲載しております
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
私の周りの裏表
愛’茶
キャラ文芸
市立桜ノ小路女学園生徒会の会長は、品行方正、眉目秀麗、文武両道、学園切っての才女だった。誰もが憧れ、一目を置く存在。しかしそんな彼女には誰にも言えない秘密があった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる