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33 雨にも哀

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帰りが遅くなり、彼女の両親から、「泊まっていきなさい」と言われた。理由は分からないが、かなり気に入られている。本来なら、とても喜ぶべきことなんだと思う。ただ、なぜか素直に「はい」と言えない、言いたくない自分がいた。

安っぽい愛想笑いだけ残し、逃げるように豪邸を出た。モヤモヤした気分で家路を急いでいると、いきなり冷たい雨が降ってきた。コンビニで傘を買い、しばらく歩いていると誰もいない歩道の真ん中に白い女が立っていた。
傘がなく、びしょ濡れ。ワンピースが肌にはりついている。
無視するわけにもいかず、声をかけた。

「あの……大丈夫ですか? 傘、使います?」

女は、まだ僕に背を向けたまま、

「アナタは、どうするの?」

「僕の家は、近くなので大丈夫です。使ってください」

すでにかなり濡れてるし、手遅れ感もあったが、傘を女の側に置いてその場を去ろうとした。

「ウソつき………。全然、近くじゃないじゃん」

「っ!?」

唾を飲み込むことしか出来ない。雨とか濡れるとか……。もう、どうでも良かった。

この女を知っている。


名前すら分からない女。それでも僕は、この女を確かに知っている。溢れた記憶が、後押しする。

「いま……まで、どこ行ってた? 探した、毎日毎日……まいにち」

溢れた気持ちが、止まらない。

「私のこと憎いでしょ。ハクシを裏切って、一人にしたから……。いいよ、ビンタして」

目をギュッと閉じた可愛い女の頭を撫でてから、ゆっくりキスをした。

「早く帰ろう。二人の家に」

「…………」

「嫌って言っても、引き摺ってでも連れていくから」

「………嫌じゃ…な…ぃ」

二人ともびしょ濡れ、それでもくっついて歩く僕達は。

世界中の誰よりもーーーー。

今、幸せだと思う。


◆◆◆◆◆【哀】◆◆◆◆◆


会社からの帰り。いつもの道。いつもの時間。だけど、今日は一つだけ違っていた。

前から歩いてくる女にすれ違い様、声をかけられた。こんなこと初めて。


「私って、綺麗?」


「……………綺麗だよ」


「こんな狂った顔の私が綺麗?」


「うん」


「嘘ッ!! 嘘つきは、大嫌いよ」


僕の首を絞めようとする氷のような女の手。


「……嘘じゃないよ。声で分かった。君の心は、綺麗だってこと。僕が出会った人間の中で一番」


僕は、昔から目が見えない。姿は見えなくても相手の心は感じることが出来た。


「私……人間じゃないよ?」


「ふ~ん。まぁ、でも。それ聞いて安心したよ。僕は、人間が嫌いだから」


ゆっくりと僕の首から離れる冷たい手。


僕の前で、女は幼子のように泣いていた。人間になりきれなかった、悲しい女。
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