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32 白い足跡

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つまらない仕事(魂回収)をようやく終え、三日ぶりに自分の部屋に戻ってきた。精神的にヘトヘトで、食欲すらない。だんだんと私が私で無くなっていく……。二億回目のため息の後、何年も過ごした下界の生活を思い浮かべた。

アイツは、死神である私を弱くする。迷わせ、判断を鈍らせる。だから私は、彼が人間の中で一番嫌い。

「………今、何してるの? 私の知らない女とイチャイチャ中…かな……。 絶対に……。絶対にっ! ハクシは私の手で一番キツイ地獄に落とすから。だからさ、今のうちに楽しむだけ楽しめば……い…ぃ…。うぅ……」


涙を拭き、寝る準備を進めていると姉さんに呼ばれた。仕方なく、再び外着に着替えて第六聖堂へ。
扉の前に立つ屈強な警備兵に軽く会釈し、中に入る。

「こんな時間に何ですか?」

「ごめんね~。この前さぁ、話したでしょ。 ナタリに新しい適合者を紹介するって。男よ、男。一人だと寂しいでしょ? エッチもしたいお年頃でしょ?」

私達の前に眼鏡をかけた背の高いアイドルのような天使が現れた。翼が六枚あるから、大天使長クラス。あの若さで、この階級。誰が見てもエリート中のエリートだと分かる。

「アナタには、このクラスじゃないと釣り合いとれないよね。彼さぁ、アナタのファンなんだって。とりあえず、くっつけばいいと思うよ」

「お姉ちゃん、悪いけど……。まだ、私には必要ない。ごめんなさい」

若い天使は、いきなり私の手を握ると手の甲にキスをした。

「これから宜しくお願いしますね。私とアナタの二人なら、誰もが羨む夫婦になれます。幸せになりましょう」

「………………」

私は、男の手首を握り返すと、そのまま思い切り捻り潰した。
アイドル天使は蹲り、床に鮮血を撒き散らしながら何やら喚いている。

「ごめんなさい。ビックリしちゃって。………ってかさ、気安く触らないで。イライラする。次は、消すから。お姉ちゃん、そろそろ部屋に戻るよ」

「うん。アナタってさぁ、本当に難しい子ね~」

……………………。
……………。
………。

私は、ベッドにダイブすると人差し指で空中に円を描き、下界の様子を映し出した。………今まで、恐くて恐くてどうしても見ることが出来なかった。

「!!?」

彼は、知らない女と手を繋ぎ、楽しそうに話していた。頭を鈍器で殴られたようなダメージ。吐きそう……。
二人で仲良く、夜景を見ていた。目眩と頭痛までしてきて。震える指先で見るのを止めようとした。

その時ーーーー。

花火が弾けた。懐かしい色。その鮮やかさと対照的に彼の表情は酷く暗い。

「…………………」

彼の悲しみ。裸の感情が、画面から流れ込んでくる。それは、傷ついた私を優しく包み込む。

私の記憶は、日々薄れていく。
何ヵ月も経過した今は、たまぁに見る夢レベルにまで曖昧になっているはず。

とっくの昔に、魔法は解けた。
それでも今、無数の記憶の中から私との思い出を必死に探している。

『私』という幻を追いかけているーーー。

「ごめん…ね………」

私は、なんてバカで愚かなんだろう。
また彼から大切な物を奪ってしまった。


◆◆◆◆◆【白い足跡】◆◆◆◆◆


たいした理由なんてない。

僕は、雪道に残る大人の足跡の上を踏みながら歩いていた。

「…………………」

どこまで続いてるんだろう?


目的地にたどり着く前に『飽き』が、僕の体を支配する。

振り返っても、そこには来た道がなかった。何もない。真っ白な画用紙のよう。

一時間、いや、二時間以上は歩いたと思う。僕は、やっと目的の場所にたどり着いた。


『疲れた?』


優しい声色のお爺さん。あの足跡の人だろう。

「大丈夫です。………ここは?」



『天国だよ』


「天国? ここが、天国………。なんだか眠くて……。少しだけ、寝てもいいですか?」


『いいよ。時間なら、無限にあるから。起きたら、君も僕たちと同じ白の住人だよ』

ぼやけた頭で考えていた。もしあの時、白い足跡じゃなく、隣の『黒い足跡』を選んでいたら………。

今は、どこにいたのかなって。

あの選択に、たいした理由なんてなかった。

だから、恐かった。

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