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23 私とワタシ

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可愛い、可愛い、私の彼氏ちゃん。
スヤスヤ寝ている彼の横顔を見ながら、静かに手を叩いた。私の手の平には、先ほどまでなかった一冊の本。

今から二年後に出版する、彼のデビュー作。大賞はさすがに無理だったけどね。彼が一生懸命書いた渾身の一作だ。

私は、何度も何度も何度も何度も読んだその本をまた最初から読み始めた。天国にいる時から読んでる、私のマイベスト。

「ハクシ………。あなたが、好き。地球上にいる人間の中で一番好き。ちょっと意地悪で、エッチで変態なところもあるけど、ずっとずっと一緒にいたいと思ってるよ」

柔らかいほっぺにキスを三回してから、彼にくっついて朝まで(正確には昼まで)一緒に寝た。


◆◆◆◆◆◆【私とワタシ】◆◆◆◆◆◆

古民家を改築したお洒落な喫茶店。その常連になっていた私。眠れない夜、私は簡単に着替えを済ませると、その喫茶店に行く癖がついた。

月光よりも淡く、儚い店内。傷だらけの本たちが、縦長の木製棚の中で身を寄せあって震えていた。注文したホットコーヒーを待つ間、その中の一冊を優しく手に取る。まだ微かに温もりを感じた。

基本的に一話完結の短編集のようだ。第一話『黒い手紙』から読み始める。『赤い蝶』まで読んだところで誰かの気配を感じ、顔を上げた。
いつものように仕事をサボって薄い雑誌を読んでいる可愛い女店員だった。隣に座り、手の中の本と私を嬉しそうに交互に見ている。

「…………相変わらず、労働ナメてますね」

「その本、面白い?」

「う~ん………。普通」

「えぇ!? 普通かぁ~。その本、私の彼氏ちゃんの本なの」

作者の名前を確認した。
この名前…………。どこかで聞いた気がする。

あれ? 

どうしても思い出せない。

「ぃ、痛っ……」

私をいつも苦しめる頭痛。薬で強引に抑え込む。

「その本ね、作者の念がとっても強いの。彼が、やっとの思いで出版出来た本だから」

「…………」

「私の宝物」

「…………………」

途中まで読んだところで、私は喫茶店を後にした。

店の外に出て、歩いていると………。


ん?

わた…し………。

どこに帰るんだっけ?

仕方ないので、また店内に戻る。

「私……ワタ…シ?」

「あまり、出歩いちゃダメだよ」

優しく笑った彼女が先ほどの本を開き、床にそっと置く。

『私とワタシ』

その黒い文字が、異常なほど懐かしくて……。やっと自分の居場所を思い出した私は、躊躇なく左足から、ゆっくり。

ゆっくりと、本の世界に帰っていく。

そう……。
私は、この本の作者の『念』だった。

「おかえり」

泣き笑いのような顔で、その店員は私のオデコにキスをした。

心が満たされ。
私は今、とっても幸せです。

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