殺し屋しかいない世界

カラスヤマ

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『メイドちゃん。僕さ。大人が大嫌いなんだ』

『なんで大人が嫌いなんですか?』

『平気で嘘をつくから。許せない』


『………』


メイドちゃん。
なんであんなに悲しい顔をしたの?

……………………。
……………。
………。


ねぇ、なんでーーーー。


「ぅ……」

「大丈夫? 疲れてるみたいだから、もう帰ったほうが良いよ」


「……うん」




公園の入口で、女の子は一度振り返り。


「ありがとう。お兄ちゃんが私を助けてくれたんでしょ? じゃあね、バイバイ! また明日」


「…………」



ありがとう?

僕が、キミやキミの大切なママを苦しめていたのに?


ありがとう……ありがとう…ありがとう。
ありがとう? ありがとう?? 

う~ん。

悩んでいたら、もう夜。悩みを象徴するような淡い夜だった。僕は、口笛を吹いて人間を今も苦しめている元凶を公園に呼び出した。
バイ菌を撒き散らして、人間を『悪い風邪』にした黒いバッタ。草むらから現れたその姿は、全くの別物になっていた。


「モンスターみたい」

人間の果てのない欲を餌にして、ブクブク太り、醜い体に変異している。
主である僕まで、その毒で犯そうとするバッタを無理やり捕まえて、元の潰れた姿に戻した。これでたくさんの人を苦しめていた病気も治るはず。


「……痛いなぁ」


暴れたバッタに噛まれて、両手が傷だらけになっていた。

「こんなボロボロの手じゃ、プリンが食べれないよ……」

この世界に来て、夜が大キライになった。

「……会いたい」

会いたいよ。今すぐ。メイドちゃん。
こんなに夜が、寂しいなんて思わなかった。ゴミを漁っているカラスでさえ、今の僕を笑ってる。もう限界。



ここを去ることを考えた。
ちょうどその時。

「あっ…………」

暗い夜の公園に入ってくる女の子。
知っている子供だ。

「はいっ!」

「どうして……」

戻ってきたの?
ママのそばにいてあげて。

「お兄ちゃん、いつもプリン食べてるでしょ? だからね、お小遣いで買ってきた。だから、はいっ! 助けてくれたお礼です」

女の子は、左手にプリンを一個持っていた。僕にあげるつもりらしい。

「………っ!」

受け取ろうと手を出したけど、痛くて痛くて、すぐに手を引っ込めた。女の子は、カップの蓋をあけて、スプーンですくったプリンを僕の口にもってくる。

「食べさせてあげるね」

「…………………」

「はい。どうぞ」

僕は、仕方なく口を開けてプリンを一口食べた。

「美味しい?」

「………マズイ」


美味しいよ。すごく、すごーーく。今まで食べたプリンで一番美味しい。

「そっかぁ…。お兄ちゃん、いつも高いクリームたっぷりプリン食べてるもんね。こんな安いプリンじゃダメかぁ……。残念」

そんな悲しい顔しないで。
僕は、女の子を抱き締めていた。

「お兄ちゃん?」

「もう少し……」

このままで。お願い。この寂しさが、逃げていくまで。もう少しだけ。


夢を見たーーーーー。


【 昔。ずっと昔。最初にメイドちゃんに会った時 。僕は、地獄の底にいた 】


『僕を見下ろすな。……蔑むな……憐れむな………。早く……消えろ』


『事業に失敗した借金まみれの親に捨てられ、こんなドブのような場所で花瓶よりも安く売られているアナタ』


『……黙れ』


『昔の華やかな面影はない。豪華な屋敷も。すべてを失った』


『……黙…れ』


『私は、わざわざ隣国からアナタを探しに来たんですよ?』


『…………』


『助けに来ました。さぁ! 早くこんな場所にサヨナラしましょう』


『……どう…して』


『私は、アナタが好きだから。私達は、一度会っているんですよ? 5年前。舞踏会で一人だけ外に出て、つまらなさそうに世界の果てを見ていたアナタに一目惚れしました』


そうだ。僕は、あの時。
自分以外の誰かを初めて信じてみようと思ったんだ。

…………………。
……………。
………。

「起きて。お兄ちゃん!! お・き・て」

「う……」

「起きてって! こんなところで寝たら、風邪引くよ」

「寝てた?」

「うん。寝てた。そろそろ帰るね。ママが、心配するから」


僕は女の子を抱いたまま、寝てしまったらしい。腕から逃れた女の子は、笑いながらバイバイして去っていく。


「あっ……」

一人になった。寂しさが、僕の肩を叩く。恐くて、振り向けない。


タタタッ……。タタタタッ。

女の子が、また戻ってきた。

「もしかして、帰る場所ないの?」

「帰る場所……」


あるけど。キミに言っても信じないよね。僕の家は、こことは違う世界にある。


「ないならさ、私の家に来なよ! ママと二人暮らしだから、ママが許してくれたら泊まれるし」


「うん」


断る理由がなかった。この寂しさがなくなるなら、僕は悪魔にでもついていく。


「…………」

「着いたよ」

「…………小さな物置だね」

「失礼だなぁ。小さくても大事な家だよ!」


狭い木造の家に入ると急に光が濃くなって。夢の入口のよう。女の子が、何か言っていたけど全然聞こえない。痛みが消えた。両手を見ると傷は嘘のようになくなっていた。

さっきから、部屋の奥でタバコを吸いながら僕のことをジィ~と見ている女がいる。きっと、この子のママ。


「あんた、誰?」

「僕は……僕は……」


女の子が、慌てて「私の友達だよ」って、付け加えた。


「家出か?」

「うん」

「泊まってく?」

「うん」

僕は、公園以外で初めて夜を明かした。
朝になって気づいた。あんなに僕を苦しめていた寂しさが消えていたことに。
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