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ドツボにハマる
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「乾杯~!」
ビールジョッキに様々なお酒が入ったグラスが重なり合う音が響く。雑多な音がひしめき合う店内の一角、我が営業部の半年に一回の定例飲み会が開かれていた。
課長の乾杯の音頭で始まった飲み会は、気心の知れた仲間内だけの集まりという事もあり、ラフな雰囲気で思い思いの話題で盛り上がっていた。
片手に掴んだグラスをグビッと飲めば、爽やかな炭酸の刺激が口一杯に広がった。
隣に座った明日香越しに視線を走らせれば、橘の隣に陣取った麻里奈ちゃんが視界に入る。
ーーー私が何かしなくても二人で勝手にやって欲しい………
『今日の飲み会で、出来たら橘君と二人切りになりたいので、ご協力お願い致します』
今朝、彼女から入って来たメールが脳裏を過ぎり、苦い想いが心に広がる。
あの文面は、私に対する牽制に他ならない。あんな約束をしたばかりに、恋敵に協力するハメになるなんて、自身の行動の迂闊さを呪いたくなる。
視界の先の橘と麻里奈ちゃんは、側から見ても仲良さげに話をしている。彼が麻里奈ちゃんの事をどう思っているかは知らない。ただ、胸に溜まっていくモヤモヤ感は拭いきれないところまで迫り上がって来ていた。
このまま此処に居ても自分の醜い感情をより自覚するだけだ………
周りの同僚達は、思い思いに盛り上がっている事だし、一人くらい抜けても問題ないだろう。麻里奈ちゃんだって、私の協力を本当に求める為に、あんなメールを送って来た訳ではない。余計な事はするなという牽制目的だ。だったら、何もしなくても勝手に行動するだろう。
ズキリっと痛んだ胸の傷みを無視し、周りに視線を走らせる。
「明日香、ごめん。先に帰るね。
なんだか調子悪くって………
課長に聞かれたら先に帰ったって伝えてもらえる?」
「えっ⁈大丈夫?
課長に伝えるのは大丈夫だけど、一人で帰れる?付いて行こうか?」
「あっ、大丈夫。悪酔いした訳じゃないし、タクシーで帰るから心配いらない」
「そっかぁ。あんまり無理しないのよ」
明日香と二言三言声を交わすと、ソッとその場を後にした。
「鈴香、大丈夫なのか?」
レストルームへと続く狭い廊下で、背後からかけられた声に振り向けば、見慣れた顔と視線が絡む。
「えっ⁈ま、真紘………」
「体調悪いの?一緒に帰ろうか?」
橘とは席も離れていたし、あの場をソッと抜け出した私に気づくとは思っていなかった。もしかしたら明日香が内緒でメールしたのかもしれないが。
そんな些細な事が荒んだ心をポッと温めてくれる。
「大丈夫よ。貴方まで帰ったら、何言われるかわからないじゃない。変に疑われても嫌だしね」
心とは裏腹の憎まれ口がつい出てしまい、目の前の橘の顔つきが変わる。
ーーーマズい………
眉間にシワを寄せ、こちらを見つめる彼を見て胸の痛みがさらに増していく。
心に灯った温かな火は一瞬で消え去り、後悔だけが積もっていく。
「鈴香の気持ちもわかるけど、具合悪いのに放っておける訳ないだろう」
「だからそれが大きなお世話だって言っているの!私達、別に恋人同士でもないでしょ」
ーーー自分で言って傷ついていたら世話ない………
掴まれた腕がジンジンと痺れ熱を持ち始める。
「………鈴香の」
「橘君!遅いから心配で………
あっ⁈………冬野先輩?」
「麻里奈さん………」
ーーー名前で呼んでいるんだ………
心に溜まっていくドス黒い嫉妬心を振り払うように大きな声を出す。
「麻里奈ちゃん。ごめんなさい、ちょっと具合が悪くなっちゃってね。たまたま、橘君が気づいてくれたの」
「えっ⁈冬野先輩大丈夫ですか?」
全く心配もしていないであろう彼女の瞳を見つめ言葉を繋ぐ。
「えぇ。大丈夫よ。ただ、迷惑をかけるのも嫌だし、私は先に失礼するわ。
ごめんね、橘君取っちゃって………
橘君も、麻里奈ちゃんに心配かけちゃダメよ。じゃ、また来週」
『側にいて』と叫ぶ心を無視し、橘の脇をすり抜ける。
一瞬だけ放たれた強い視線に、胸が張り裂けそうだった。
「これで良いかしら?麻里奈ちゃん………」
ーーー最後の強がりだった。
すれ違い様に、囁いた言葉は彼女に届いただろうか………?
私へ視線すら投げずに麻里奈ちゃんが、橘へと駆け寄っていく。
今の私に出来る最後の抵抗は全く意味を為さない。
カツカツと鳴る靴音を背後に聴きながら、前を見据えゆっくりと歩き出す。
外へ飛び出した私は早足で大通りへ出ると流しのタクシーを拾い、後部座席に深く座り瞳を閉じる。
滲んだ視界が闇に閉ざされ、頬を一筋流れ落ちた雫が手を濡らした。
ビールジョッキに様々なお酒が入ったグラスが重なり合う音が響く。雑多な音がひしめき合う店内の一角、我が営業部の半年に一回の定例飲み会が開かれていた。
課長の乾杯の音頭で始まった飲み会は、気心の知れた仲間内だけの集まりという事もあり、ラフな雰囲気で思い思いの話題で盛り上がっていた。
片手に掴んだグラスをグビッと飲めば、爽やかな炭酸の刺激が口一杯に広がった。
隣に座った明日香越しに視線を走らせれば、橘の隣に陣取った麻里奈ちゃんが視界に入る。
ーーー私が何かしなくても二人で勝手にやって欲しい………
『今日の飲み会で、出来たら橘君と二人切りになりたいので、ご協力お願い致します』
今朝、彼女から入って来たメールが脳裏を過ぎり、苦い想いが心に広がる。
あの文面は、私に対する牽制に他ならない。あんな約束をしたばかりに、恋敵に協力するハメになるなんて、自身の行動の迂闊さを呪いたくなる。
視界の先の橘と麻里奈ちゃんは、側から見ても仲良さげに話をしている。彼が麻里奈ちゃんの事をどう思っているかは知らない。ただ、胸に溜まっていくモヤモヤ感は拭いきれないところまで迫り上がって来ていた。
このまま此処に居ても自分の醜い感情をより自覚するだけだ………
周りの同僚達は、思い思いに盛り上がっている事だし、一人くらい抜けても問題ないだろう。麻里奈ちゃんだって、私の協力を本当に求める為に、あんなメールを送って来た訳ではない。余計な事はするなという牽制目的だ。だったら、何もしなくても勝手に行動するだろう。
ズキリっと痛んだ胸の傷みを無視し、周りに視線を走らせる。
「明日香、ごめん。先に帰るね。
なんだか調子悪くって………
課長に聞かれたら先に帰ったって伝えてもらえる?」
「えっ⁈大丈夫?
課長に伝えるのは大丈夫だけど、一人で帰れる?付いて行こうか?」
「あっ、大丈夫。悪酔いした訳じゃないし、タクシーで帰るから心配いらない」
「そっかぁ。あんまり無理しないのよ」
明日香と二言三言声を交わすと、ソッとその場を後にした。
「鈴香、大丈夫なのか?」
レストルームへと続く狭い廊下で、背後からかけられた声に振り向けば、見慣れた顔と視線が絡む。
「えっ⁈ま、真紘………」
「体調悪いの?一緒に帰ろうか?」
橘とは席も離れていたし、あの場をソッと抜け出した私に気づくとは思っていなかった。もしかしたら明日香が内緒でメールしたのかもしれないが。
そんな些細な事が荒んだ心をポッと温めてくれる。
「大丈夫よ。貴方まで帰ったら、何言われるかわからないじゃない。変に疑われても嫌だしね」
心とは裏腹の憎まれ口がつい出てしまい、目の前の橘の顔つきが変わる。
ーーーマズい………
眉間にシワを寄せ、こちらを見つめる彼を見て胸の痛みがさらに増していく。
心に灯った温かな火は一瞬で消え去り、後悔だけが積もっていく。
「鈴香の気持ちもわかるけど、具合悪いのに放っておける訳ないだろう」
「だからそれが大きなお世話だって言っているの!私達、別に恋人同士でもないでしょ」
ーーー自分で言って傷ついていたら世話ない………
掴まれた腕がジンジンと痺れ熱を持ち始める。
「………鈴香の」
「橘君!遅いから心配で………
あっ⁈………冬野先輩?」
「麻里奈さん………」
ーーー名前で呼んでいるんだ………
心に溜まっていくドス黒い嫉妬心を振り払うように大きな声を出す。
「麻里奈ちゃん。ごめんなさい、ちょっと具合が悪くなっちゃってね。たまたま、橘君が気づいてくれたの」
「えっ⁈冬野先輩大丈夫ですか?」
全く心配もしていないであろう彼女の瞳を見つめ言葉を繋ぐ。
「えぇ。大丈夫よ。ただ、迷惑をかけるのも嫌だし、私は先に失礼するわ。
ごめんね、橘君取っちゃって………
橘君も、麻里奈ちゃんに心配かけちゃダメよ。じゃ、また来週」
『側にいて』と叫ぶ心を無視し、橘の脇をすり抜ける。
一瞬だけ放たれた強い視線に、胸が張り裂けそうだった。
「これで良いかしら?麻里奈ちゃん………」
ーーー最後の強がりだった。
すれ違い様に、囁いた言葉は彼女に届いただろうか………?
私へ視線すら投げずに麻里奈ちゃんが、橘へと駆け寄っていく。
今の私に出来る最後の抵抗は全く意味を為さない。
カツカツと鳴る靴音を背後に聴きながら、前を見据えゆっくりと歩き出す。
外へ飛び出した私は早足で大通りへ出ると流しのタクシーを拾い、後部座席に深く座り瞳を閉じる。
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