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あまのじゃく
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「………鈴香先輩、相談に乗って頂く事は可能ですか?」
いつも通りに仕事をこなし、帰り支度を始めた矢先、後輩の『近藤麻里奈』ちゃんに声をかけられた。
嫌な予感はずっとしていた。
いつか、こんな日が来るだろうと………
同棲してから増えていった橘との接点。お互いに気をつけていようとも、分かる人には分かってしまう距離感の近さに、彼付きのサポート役である麻里奈ちゃんが気づかないはずないのだ。
彼女は『橘真紘』に想いを寄せている。
どんな事を言われるのか想像出来てしまい、心がズキリっと痛み出す。
「えっと。どんな相談かしら?仕事のこと?」
「いいえ。違います。
ここでは、ちょっと相談しにくいので、ご飯でも食べながらなんて難しいでしょうか?」
ーーー逃げ出すことは出来ないわね………
「えぇ、いいわよ。この後かしら?」
「鈴香先輩に予定がなければ、ぜひ………」
心の中で諦めのため息を吐き出し、笑顔で彼女に向き直る。
「大丈夫よ。じゃ、行きましょうか。
お店は駅前のイタリアンでいい?」
「はい。ありがとうございます」
彼女の返事を聞き立ち上がると連れ立って夜の街に繰り出した。
「………で、相談って何かしら?」
運ばれてきたカプレーゼにフォークをぶっ刺しながら、目の前でお上品にトマトを口に運ぶ麻里奈ちゃんに切り出す。
「あっ!すみません。あまりに美味しくて夢中になってしまって」
ーーーあぁ、こういう所が男心を擽ぐるのね………
頬を染め、恥かしそうに俯き、謝る彼女は女の私から見ても可愛らしい。場をパッと明るくする笑顔と気さくな態度で、職場でも人気があるのは知っていた。
「それで、相談なんですけど橘さんの事なんです」
ーーーやっぱり………
想像していた通りの回答に、内心落胆しつつ無理矢理笑顔を作る。
「橘君のこと?」
「はい。ご存知かと思いますが………
彼の事が好きなんです!ずっと昔から」
「………そう。で、何故私に相談するの?好きなら本人に伝えればいいんじゃない。サポート役なんだから、誰よりも側にいるのは、近藤さん貴方ではなくって?」
「そうですが、無理なんです!」
「えっ?何が無理なの?
毎日、一緒にいるのだから食事だって、遊びだっていくらでも誘えるじゃない」
ズキズキと胸の痛みが増していく。
橘と麻里奈ちゃんが顔を見合わせ楽しそうに話しているのを見かける度に感じる醜い感情の正体なんて分かりきっている。
仕事の打ち合わせだと、自分に言い聞かせても捨て切れない嫉妬心は、間違いなく目の前に座る彼女に向けられたモノだった。
ーーー自分で自分を傷つけるなんてバカよね………
本当は、彼女を近づけさせたくない。二人で食事や遊びに行くなんて論外だ。嫉妬で狂いそうなのに、口からついて出たのは、本心とは裏腹の天邪鬼な言葉。
嫌になる………
「誘えたらいいのですが、私の事は仕事のパートナーくらいにしか思ってない。何度かアプローチもしてみたんです。でも、ダメだった。のらりくらりかわされて、食事すら誘わせてくれません。
彼は誰にも心を開かない。昔からそうだったのに………」
彼は、誰の誘いにも乗っていない………
麻里奈ちゃんの言葉に心の底から喜びが湧き上がる。
同棲してから、ほぼ夕飯は一緒、休日も一緒。彼女の言葉は正しい。あんなに遊び歩いていた彼から想像出来ないほど、品行方正な毎日を送っていた。
橘は、態度でも自分の気持ちを証明しようとしているのだろうか?
『愛している』という言葉を。
彼女に指摘されて初めて気づくなんて鈍感にも程がある。
無性に彼に会いたくなる。
「そうなのね。彼には別に好きな人がいるのかもしれない。だから………」
「それでも諦められないんです‼︎
彼への気持ちは、簡単に諦められる程軽くない!」
目の前に座る彼女の雰囲気が変わり、肩を震わせ俯く彼女の声は涙声だった。
「ずっと好きだった………
彼が、同じ会社に就職するずっと前から好きだった」
ーーーどういう事なの?彼女は過去の『橘真紘』を知っている?
「橘くんとは、高校が一緒だったんです。私が高校三年生の時、彼が入学して来て、あの顔ですから昔から目立つ存在でした。当初の私は彼と接点なんてあるはずもなく、格好良い新入生が入学して来たなっていうくらいの認識しか有りませんでした。それが変わったのは、当時付き合っていた彼氏に振られ、一人屋上で泣いていた時でした………」
たまたま屋上で出会った二人は、泣いている麻里奈ちゃんを橘が慰めているうちに心を通わせるようになったと。
どこかで聞いた事があるような話に苦笑いしか出てこない。
当時の彼は少なからず、あのクリスマスイブの夜の『橘真紘』よりは捻くれても、クズ男でもなかっただろう。
高校生の麻里奈ちゃんが恋に落ちるのも無理はないかぁ………
「でも、彼には当時彼女が居たんです。それも、もの凄く年上の彼女が。確か、大学生だったと思います。私から見ても、その彼女以外は眼中にないように思えました。私が恋したところで見込みなんてないと、諦めるしかないと。
………諦めるしかなかった当時は。
もちろん、自分の気持ちを告げる事もなく、私は卒業しました」
確かに、当時の麻里奈ちゃんには年上の女にゾッコンの橘を奪うだけの勇気も技量も持っていなかっただろう。
大学生の『彼女』と高校生の麻里奈ちゃんでは勝負は見えている。
「でも、運命って残酷なんですよね………
大学生になった私は思わぬ所で彼と再会してしまったんです。大学生最後の思い出に、友達に誘われて行った『クラブ』で。あまりの変貌ぶりに衝撃を受けました。年上の彼女の事を幸せそうに惚気ていた初々しかった彼とは別人でした。
両脇に肌も露わな美女を侍らせ、退廃的な雰囲気を纏う彼は、私の事なんて覚えていなかった。衝動的な怒りが湧き上がりました。もちろん彼に対してではないです。彼をこんな姿にした過去と自分自身にです。
過去に何があったかは知りません。ただ、あの当時勇気を振り絞って彼に告白しなかった自分自身に怒りが沸いたんです。もし、告白していたら彼に何らかの影響を与えられたかもしれない。あんな退廃的な彼になる前に、私の存在がストッパーになっていたかもしれないと思うと、怒りと後悔しかありませんでした。
だから簡単に諦めるなんて出来ないんです。もう後悔したくないから………」
パタパタと落ちる涙の雫の音が聴こえてくるようだった。
彼女の怒りと後悔の念が痛いほど伝わってくる。
ーーーそして『愛』が………
「だから、お願いです。
協力して欲しいんです。彼を振り向かせる協力を………」
いつの間にか、彼女の気迫に呑まれていた。
ここで『YES』と答えれば、想像以上に自身を苦しめる事に繋がると分かっている。
そんな事はわかり切っている………
ただ、自分の心とは相反する答えを返す事しか出来なかった。
ーーー『わかった』と………
いつも通りに仕事をこなし、帰り支度を始めた矢先、後輩の『近藤麻里奈』ちゃんに声をかけられた。
嫌な予感はずっとしていた。
いつか、こんな日が来るだろうと………
同棲してから増えていった橘との接点。お互いに気をつけていようとも、分かる人には分かってしまう距離感の近さに、彼付きのサポート役である麻里奈ちゃんが気づかないはずないのだ。
彼女は『橘真紘』に想いを寄せている。
どんな事を言われるのか想像出来てしまい、心がズキリっと痛み出す。
「えっと。どんな相談かしら?仕事のこと?」
「いいえ。違います。
ここでは、ちょっと相談しにくいので、ご飯でも食べながらなんて難しいでしょうか?」
ーーー逃げ出すことは出来ないわね………
「えぇ、いいわよ。この後かしら?」
「鈴香先輩に予定がなければ、ぜひ………」
心の中で諦めのため息を吐き出し、笑顔で彼女に向き直る。
「大丈夫よ。じゃ、行きましょうか。
お店は駅前のイタリアンでいい?」
「はい。ありがとうございます」
彼女の返事を聞き立ち上がると連れ立って夜の街に繰り出した。
「………で、相談って何かしら?」
運ばれてきたカプレーゼにフォークをぶっ刺しながら、目の前でお上品にトマトを口に運ぶ麻里奈ちゃんに切り出す。
「あっ!すみません。あまりに美味しくて夢中になってしまって」
ーーーあぁ、こういう所が男心を擽ぐるのね………
頬を染め、恥かしそうに俯き、謝る彼女は女の私から見ても可愛らしい。場をパッと明るくする笑顔と気さくな態度で、職場でも人気があるのは知っていた。
「それで、相談なんですけど橘さんの事なんです」
ーーーやっぱり………
想像していた通りの回答に、内心落胆しつつ無理矢理笑顔を作る。
「橘君のこと?」
「はい。ご存知かと思いますが………
彼の事が好きなんです!ずっと昔から」
「………そう。で、何故私に相談するの?好きなら本人に伝えればいいんじゃない。サポート役なんだから、誰よりも側にいるのは、近藤さん貴方ではなくって?」
「そうですが、無理なんです!」
「えっ?何が無理なの?
毎日、一緒にいるのだから食事だって、遊びだっていくらでも誘えるじゃない」
ズキズキと胸の痛みが増していく。
橘と麻里奈ちゃんが顔を見合わせ楽しそうに話しているのを見かける度に感じる醜い感情の正体なんて分かりきっている。
仕事の打ち合わせだと、自分に言い聞かせても捨て切れない嫉妬心は、間違いなく目の前に座る彼女に向けられたモノだった。
ーーー自分で自分を傷つけるなんてバカよね………
本当は、彼女を近づけさせたくない。二人で食事や遊びに行くなんて論外だ。嫉妬で狂いそうなのに、口からついて出たのは、本心とは裏腹の天邪鬼な言葉。
嫌になる………
「誘えたらいいのですが、私の事は仕事のパートナーくらいにしか思ってない。何度かアプローチもしてみたんです。でも、ダメだった。のらりくらりかわされて、食事すら誘わせてくれません。
彼は誰にも心を開かない。昔からそうだったのに………」
彼は、誰の誘いにも乗っていない………
麻里奈ちゃんの言葉に心の底から喜びが湧き上がる。
同棲してから、ほぼ夕飯は一緒、休日も一緒。彼女の言葉は正しい。あんなに遊び歩いていた彼から想像出来ないほど、品行方正な毎日を送っていた。
橘は、態度でも自分の気持ちを証明しようとしているのだろうか?
『愛している』という言葉を。
彼女に指摘されて初めて気づくなんて鈍感にも程がある。
無性に彼に会いたくなる。
「そうなのね。彼には別に好きな人がいるのかもしれない。だから………」
「それでも諦められないんです‼︎
彼への気持ちは、簡単に諦められる程軽くない!」
目の前に座る彼女の雰囲気が変わり、肩を震わせ俯く彼女の声は涙声だった。
「ずっと好きだった………
彼が、同じ会社に就職するずっと前から好きだった」
ーーーどういう事なの?彼女は過去の『橘真紘』を知っている?
「橘くんとは、高校が一緒だったんです。私が高校三年生の時、彼が入学して来て、あの顔ですから昔から目立つ存在でした。当初の私は彼と接点なんてあるはずもなく、格好良い新入生が入学して来たなっていうくらいの認識しか有りませんでした。それが変わったのは、当時付き合っていた彼氏に振られ、一人屋上で泣いていた時でした………」
たまたま屋上で出会った二人は、泣いている麻里奈ちゃんを橘が慰めているうちに心を通わせるようになったと。
どこかで聞いた事があるような話に苦笑いしか出てこない。
当時の彼は少なからず、あのクリスマスイブの夜の『橘真紘』よりは捻くれても、クズ男でもなかっただろう。
高校生の麻里奈ちゃんが恋に落ちるのも無理はないかぁ………
「でも、彼には当時彼女が居たんです。それも、もの凄く年上の彼女が。確か、大学生だったと思います。私から見ても、その彼女以外は眼中にないように思えました。私が恋したところで見込みなんてないと、諦めるしかないと。
………諦めるしかなかった当時は。
もちろん、自分の気持ちを告げる事もなく、私は卒業しました」
確かに、当時の麻里奈ちゃんには年上の女にゾッコンの橘を奪うだけの勇気も技量も持っていなかっただろう。
大学生の『彼女』と高校生の麻里奈ちゃんでは勝負は見えている。
「でも、運命って残酷なんですよね………
大学生になった私は思わぬ所で彼と再会してしまったんです。大学生最後の思い出に、友達に誘われて行った『クラブ』で。あまりの変貌ぶりに衝撃を受けました。年上の彼女の事を幸せそうに惚気ていた初々しかった彼とは別人でした。
両脇に肌も露わな美女を侍らせ、退廃的な雰囲気を纏う彼は、私の事なんて覚えていなかった。衝動的な怒りが湧き上がりました。もちろん彼に対してではないです。彼をこんな姿にした過去と自分自身にです。
過去に何があったかは知りません。ただ、あの当時勇気を振り絞って彼に告白しなかった自分自身に怒りが沸いたんです。もし、告白していたら彼に何らかの影響を与えられたかもしれない。あんな退廃的な彼になる前に、私の存在がストッパーになっていたかもしれないと思うと、怒りと後悔しかありませんでした。
だから簡単に諦めるなんて出来ないんです。もう後悔したくないから………」
パタパタと落ちる涙の雫の音が聴こえてくるようだった。
彼女の怒りと後悔の念が痛いほど伝わってくる。
ーーーそして『愛』が………
「だから、お願いです。
協力して欲しいんです。彼を振り向かせる協力を………」
いつの間にか、彼女の気迫に呑まれていた。
ここで『YES』と答えれば、想像以上に自身を苦しめる事に繋がると分かっている。
そんな事はわかり切っている………
ただ、自分の心とは相反する答えを返す事しか出来なかった。
ーーー『わかった』と………
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