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第4章
誓い【リアム視点】
しおりを挟む「くそっ!!」
腹の底から湧き上がる怒りのまま、執務机に力任せに叩きつけた手がジンジンと痛む。しかし、リアムにとって、そんな事はどうでもよかった。
あの女から有益な情報を聞き出せなかった私が、全て悪い。
アイシャが危険に晒される。
グレイスやドンファン伯爵を追い詰めるだけの決定的な証拠を握れなかった私の責任なのだ。
『アイシャ・リンベル伯爵令嬢は、愛する者の手で死を迎えるだろう。これは避けられぬ運命である』
ノア王太子から聞かされたグレイスの予知は、リアムを絶望の淵へと突き落とした。
愛するアイシャの命が危険に晒される現実に、己の不甲斐なさに吐き気すらする。
あの女を追いつめるために仕掛けられた罠だと理解していても、アイシャが危険に晒されるなんて耐えられるものではない。
今回の計画を聞かされた時、リアムは立場も弁えずノア王太子を殴りつけていた。
許せなかった……
私とアイシャの仲を割いておいて、彼女の命まで危険に晒す計画を実行したなんて。
ノア王太子の予想通り、グレイスはアイシャの死を予言した。
あの女が『白き魔女』ではない決定的な証拠がない今、予知が自作自演である証拠を押さえるには現場を捕らえる他ない事も分かっている。
ノア王太子は、アイシャの命は必ず守ると言っていた。こちら側にはグレイスの執事であるセス・ランバンもいる。セスからの情報で、グレイスの動きは分かるとは言え、本当にアイシャに危険が及ばないという保証はない。
しかも、あの執事は本当にこちらの味方なのか?
グレイスを見つめるセスの瞳。
仄暗く、獲物を前に舌舐めずりする猛禽類を彷彿とさせる、あの視線。
あの男はグレイスに並々ならぬ情欲を抱いている。あの能面のように動かない表情を隠れ蓑に、苛烈な激情を隠し持っているのは確かだ。
グレイスをエスコートする己に向けられるセスの憎悪に燃えた瞳を思い出し、リアムの背を怖気が走る。リアムの中の本能が、あの男を信用するなと訴えかける。
セスが裏切れば、ノア王太子の計画は頓挫する。
セスの出方次第で、アイシャの命は簡単に危険に陥入る。あの仄暗い瞳をした執事の手に、アイシャの命が握られているような錯覚を覚えるのは、考えすぎなのだろうか。しかし、グレイスをこの世界から葬り去らなければ、アイシャの未来は、脅かされ続ける。
私は何もする事が出来ないのか?
アイシャの側にいて、彼女を守る事も出来ない己が、不甲斐ない。
『ナイトレイ侯爵家にて、当家嫡男キースとリンベル伯爵家のアイシャ嬢の婚約披露パーティーを開催する運びとなりました。つきましては、――――』
数日前に届けられ、執務机の引き出しに突っ込んだままだった手紙を取り出し、封を切る。ナイトレイ侯爵家から届いた手紙の内容は、己が予想した通りのものだった。
アイシャはキースと結婚する。
彼女はキースを選んだのだ。
『もう、今の私は貴方を信じてあげられない。ごめんなさい…………』
あの言葉は、アイシャの本心だったのだろう。
それでも彼女を諦めきれない心が、アイシャを守れと訴える。
何もせず、アイシャが危険に晒されるのを見ているだけでいいのか?
♢
『リアム様の愛する女性を町外れにある屋敷で匿っておりますの。アイシャ様と言えばわかるかしら? わたくし、二人の仲を応援してますのよ。愛し合う二人が、永遠に引き裂かれることがないように、手助けをする事にしましたの。早く来てくださらないと彼女の命の保証が出来ませんわ。アイシャ様は、リアム様に会いたいと毎日泣いておられます。このままでは、悲しみで命を絶ってしまうかもしれません』
グレイスの予知を知ってから数日後、王太子執務室に呼ばれたリアムは、ノア王太子から一通の手紙を渡された。
「これはいったい……」
「セス・ランバンからお前に渡せと言われた手紙だ。どうやらグレイスはアイシャとリアムを心中に見せかけて殺すつもりらしいな。セスはグレイスから準備が整い次第、リアムとアイシャに手紙を渡すように言われたと。あの男が言うには、グレイスはお前を人質に、アイシャに死を迫る計画を企てているとか。お前の命を助けたければ、自ら命を絶てとでも言うのだろう」
「しかし、ドンファン伯爵の子飼いは違法麻薬の密輸で捕まっているはずでは。ドンファン伯爵も他国へ逃げる準備をしているという話ではなかったですか? グレイスの命令を実行出来る要員など、いない筈ですが?」
「そうだな、お前が裏界隈のボスから入手した違法麻薬が証拠となり、ドンファン伯爵の子飼い共は軒並み捕縛された。地下牢にぶち込まれているのは、確かだ」
「では、ドンファン伯爵の私兵が?」
「いや、それもない。――――、ドンファン伯爵は死んだよ。グレイスが、殺したようだ。自らの手で……」
「何ですって!? ドンファン伯爵が死んだ!」
「あぁ。数日前にセスがドンファン伯爵の死体を持ち、現れた。どうやら、グレイスは、自分を身捨てたドンファン伯爵に怒り、ナイフで刺したようだ。憎しみが強かったのであろう。背中には無数の刺し傷が残っていた。王城地下の安置所の棺の中だ。確認したければ、すれば良い」
「――――、いや。結構です。では、どうやってグレイスは私を捕らえる為の人員を揃えるつもりなのです? 流石に女一人で、男を拘束するのは無理でしょう」
「グレイスは計画の準備を全て、セスに丸投げのようだぞ。最後まで、他人任せの予知だったと言う訳だ」
「では、グレイスの計画を実行する人員は、全てこちら側の人間という事ですね?」
「あぁ。信頼出来る部下で固めるつもりだ。万が一にもアイシャが傷つくことがないように、グレイスがアイシャに危害を加える直前で、彼女を拘束する」
「しかし……、セス・ランバンをそんなに信用してもよろしいのですか? あの男は、グレイスに並々ならぬ情欲を抱いている。最後に裏切る可能性だってあります」
「それは絶対にない」
「何故、そんな事が言えるのですか!? アイシャの命が危険に晒される可能性が少しでもあるのなら、賛成出来ません。ドンファン伯爵殺害容疑でグレイスを捕らえる事も出来るのではないですか?」
わざわざアイシャを危険に晒す必要なんてない。
「それは難しい……、確かにグレイスをドンファン伯爵殺害容疑で捕らえる事も出来るが、それではあの女を抹殺出来ない」
「なぜです!? 殺人を犯せば極刑は免れない。グレイスをこの世から抹殺することは可能です」
「そう話は、簡単ではないのだよ。今やグレイスが『白き魔女』であると貴族のみならず、平民にまで知れ渡っている。彼女が裁判で、自身の無実を訴えたらどうなる? ドンファン伯爵に殺されそうになり、抵抗しているうちに誤って殺してしまったと訴えたらどうなる? 伝説的な白き魔女だと思われている彼女を助けようとする者達が必ず現れる。白き魔女を手中にしようと考える輩の思惑と共に、情状酌量の余地ありとして無罪になる可能性だってあるのだよ」
「だからといって……」
「セスが私を裏切る事はない。ランバン子爵家の次期当主でもある奴は、私を裏切れない。時の王とランバン子爵家の当主は血の契約を結ぶ。主と血の契約を結んだ時、ランバン子爵家の者は、主となる王を裏切る事はない。裏切ればこの世から抹殺される。私はセスと血の契約を結んだ。ある見返りと引き換えに……
彼はその見返りを是が非にも手に入れたいのだろう。私と血の契約を結んでまでもな」
ランバン子爵家と王家の『血の契約』の話は噂で聞いた事があった。
ノア王太子とセスが血の契約で結ばれたのが本当なら、彼はノア王太子を裏切れない。裏切れば、自身の命が尽きる事を意味するのだから。
グレイスが『白き魔女』ではないと証明し、この世から抹殺せねば、今後もアイシャが狙われる。
彼女の命が危険に晒される運命を避けられないのであれば、一番近くでアイシャを守りたい。
グレイスが私とアイシャを心中に見せかけて殺すつもりなら、私なりにアイシャを助ける事が出来るのかもしれない。
命にかえてもアイシャを守り抜く。
「私がグレイスの化けの皮を剥ぐ、囮になれば良いのですね?」
「あぁ……」
キースとアイシャはもうすぐ婚約する。
最後に彼女が選んだのはキースだった。
もう一度アイシャが私を愛してくれる事などないと分かっている。ただ………
私の命が危ないと知った時、彼女はどんな選択をするのだろうか?
もう一度、彼女をこの手に取り戻す未来……
己の手を見つめ、自嘲的な笑みが浮かぶ。
アイツが知ったら怒り狂うな。それこそ私はアイツに斬り殺される。
だが、アイシャを助けるのは、私だ。たとえ彼女と結ばれる未来がないとしても……
仄暗い感情を瞳に宿したリアムが、王太子執務室をあとにする。固い決意を胸に。
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