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第2章
妄想中【現実逃避中】
しおりを挟む『すまない、キース。私は君との約束を守れそうにない。
――ま、待ってくれ! リアム。何があったと言うのだ?
父からの命令でリンベル伯爵家のアイシャ嬢と婚約する事になってしまった。私には父に逆らうだけの力はない。私の事は忘れてくれ……』
夕陽を背に走り去るリアムを見つめるキース。
『――何故なんだ、リアム! 俺との愛を貫くと言ったのは嘘だったのかぁぁぁぁ!!』
地面に膝をつき慟哭するキースに近づく影がひとつ。そっと、肩を抱きしめられ紡がれる言葉。
『キース、リアムの事は忘れるんだ。いや、私が忘れさせてあげる。
――――ノア王太子殿…下……』
涙を流すキースの唇を強引に奪ったノア王太子殿下に身を任せたキースは――――
(きゃっ♡ はぁ~いいわぁ)
夕陽に照らされた二人の美麗なキスシーンを脳内に想い描き、アイシャは熱いため息を吐く。
(本当……、私を巻き込まないで欲しいわ)
だだ今、アイシャは妄想という名の現実逃避中だ。めくるめく世界にダイブしていなければ、やっていられない。
王城での波乱に満ちた社交界デビューを終え、満身創痍で家に着いたアイシャを待っていたのは、トドメの一撃だった。王城から帰宅して早々、ドレスを着替える間もなく父に呼び出されたアイシャは、執務室へ入るなり感じた違和感に、逃げ出したくなった。
父と共にソファへと座る母の存在。
(嫌な予感がする……)
両親がそろい踏みで、笑みを浮かべ自分を待っている状況など、爆弾が落とされる前触れでしかない。
(回れ右をして、逃げてもいいかしら?)
そんなアイシャの焦りを敏感に察知した父に先手を打たれる。対面のソファへと座るように促されてしまえば、逃げ出すことも出来ない。そして、アイシャがソファへと座ったのを確認した母が、話を切り出した。
「アイシャ、デビュタントとして参加した夜会はどうでしたか?」
(やっぱり、その話よね)
「初めての王城での夜会で緊張しましたが、何とかやり過ごす事が出来ました。まぁ、多少のハプニングはありましたが、概ね問題なく過ごせたかと」
(イケメン三人とのアレやコレやは、話さない方が良いわよね)
言ったら最後、どんなお小言が待っているか分からない。デビュタントと言えども、アレはマズかったと自分でも理解している。事の重大さも。
「ダニエルから聞きましたが、ノア王太子殿下とキース・ナイトレイ侯爵子息、リアム・ウェスト侯爵子息と何かあった様ですね?」
「――――あっ!!」
(ドッキーン! バレてる、バレてる、絶対バレてるよぉ)
「はは、ははは……、いったい何の事でしょう?」
帰って早々、兄ダニエルの姿が見えないと思っていたら、きっちり報告に向かっていたらしい。
(あぁぁぁ、お兄さま!! なんて余計な事を)
事の重大さを理解しているだけに、これから始まるお説教が怖くて仕方がない。
数日後に、今夜の事件がバレるのと、今バレるのとでは精神的なダメージがケタ違いだ。色々あり過ぎた今夜くらいは妄想に浸りながら安らかに眠りたい。
最後の望みをかけて、アイシャはしらばっくれる事にした。
「あら? 何も無かったと。わたくしが聞いた話ですと、アイシャはノア王太子殿下とファーストダンスを踊り、続けて二曲目も一緒に踊ったとか。その後は、キース様とも二曲ダンスを踊り、どこぞの令嬢に絡まれているところをリアム様に助けられ、婚約者宣言されたとかなんとか。この話はアイシャではない別の令嬢の事だったのかしら?」
(全部バレてる、バレてるよぉ)
今更しらばっくれた事を後悔しても、あとの祭りだ。仕方ない。甘んじて叱られよう。
アイシャは目の前の両親を見て覚悟を決める。
「――――はい。今のお話は全てわたくしの事で間違いございません。なにぶん、右も左もわからないデビュタントだったもので、あれよあれよという間に、その様な事態になっておりました。申し訳ございませんでした」
ガバッと頭を下げたアイシャへ、一つため息をこぼした母が諭すように言葉を紡ぐ。
「まぁ、社交界の寵児と言われる、あの御三方が相手では、アイシャに上手くあしらえと言ったところで無理でしょう。社交界デビューを機に早速仕掛けて来たと言うわけですか。アイシャは、社交界で未婚の男女がダンスを二曲続けて踊る意味を分かっていますね?」
「はい。お互いが婚約しているか、それに準ずる状態にある事を示しています。男性側から求婚されているとか……」
「そうです。貴方は今、社交界でノア王太子殿下とキース様とリアム様から求婚されているとみなされています。この状態が長く続けば、貴方は三人の殿方を振り回す悪女と、レッテルを貼られてしまいます。早急に婚約者を決めねばなりません」
「――――ですが! 三人ともお断りする事も可能ではありませんか?」
「はぁぁ、アイシャよく考えてみてください。王太子殿下に、伯爵家より位の高い侯爵子息二人ですよ。伯爵令嬢如きが誰も選ばずお断りした日には、それこそ身の程もわきまえない愚かな娘と、レッテルを貼られます。貴方は嫌でもこの三人の中から婚約者を選ばねばなりません」
「そんなぁ……」
「アイシャには話していませんでしたが、キース様とリアム様との婚約話は一年前から出ています。両家から正式に打診もされています。今回の件がなければ、内密にお断りも出来たかもしれませんが、王太子殿下まで参戦なさるとなると、伯爵家如きがどうこう出来る問題ではありません。しかも、社交界に御三方から求婚されている事実が知れ渡った今、お断りは無理です」
(えぇぇぇぇ!! 完全に騙しうちじゃない)
その婚約話を先に教えてくれていたら、今夜の夜会での振る舞いも絶対に変わっていた。ノア王太子はイレギュラーすぎて対処出来なかったかもしれないが、リアムとキースに関しては、回避に全神経を注げば逃げ切れたかもしれないのに。
「アイシャ、覚悟を決めなさい。貴方も社交界デビューを果たした令嬢です。自身で責任を取らねばなりません。今回の件、あの御三方にしてやられましたね」
神妙な顔をして言葉を紡ぐ母の口元が、かすかに笑みを浮かべている。
(絶対、私が断れない様に婚約話も隠していたのよぉぉ。ひどい、ひどい……)
アイシャは父の執務室から退出すると、自室へと戻り、ベッドへ倒れこむ。
(あぁぁぁ、ノア王太子にキースにリアム。この中から、婚約者を選ばないといけないなんて……)
逃げ道を必死に探すが、この三人を相手に逃げ切れる策が思い浮かばない。
八方塞がりの状況に、アイシャは考えるのを放棄して、妄想の世界へダイブした。(冒頭に戻る)
そして、数日後。
婚約話を回避する策を考える事を放棄したアイシャは、激しく後悔していた。
『婚約者候補三人とそれぞれ一週間ずつ過ごしてみなさい。先ずはお互いを知る事から始めてみたら♡ どう過ごすかは、あちら側から指示がありますからねぇ~♪』
ご機嫌な母から伝えられた言葉に、本気で殺意を覚えたアイシャだった。
アイシャ包囲網は着実に狭まりつつある。
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