前世腐女子、今世でイケメン攻略対象者二人から溺愛されるなんて聞いてません!

湊未来

文字の大きさ
上 下
13 / 93
第1章 

ありし日の想い【クレア視点】

しおりを挟む

(――――彼女は今頃、どこかの世界に生まれ変わって幸せに暮らしているのだろうか)

 騎士団の見学が終わりアイシャと別れたクレアは、自室への帰り道、鮮烈に残る在りし日の記憶を思い出し、胸を切なく痛ませる。

 アイシャに会った日は必ず『彼女』のことを思い出す。

 たぶん前世の記憶なのだろう。日本という国の中堅企業で働いていた時の記憶が甦る。

 王城で開かれたお茶会。あの日、あの時……、アイシャに頬を打たれた時、クレアは全てを思い出した。

 一気に脳へと流れ込む知らない世界の映像をどこか懐かしい気持ちで観ていた。知らない場所に、見たこともない人々。頭に流れ込む映像を懐かしい気持ちで眺めた時、すべてを理解した。

 この映像は前世なのだと。

 あの時クレアは、『桐山梨花』として生きた記憶を全て思い出した。

 前世に未練はない。ただ、わずか数年だったが、一緒に働いた親友の存在だけが心残りだった。

 親友だった『若葉』

 若葉とは中堅企業だった商社の開発部門で出会った。男性社員の多い会社の中、花形部署だった開発部門は、若葉と二人以外、皆男性という環境だった。同期で同じ部署、しかも女性は二人だけという環境の中、若葉とはすぐに意気投合し、親友と呼べるまでの間柄になった。

 元来の男勝りな性格もあり、男社会に順応するのも早く、わずか数年でプロジェクトリーダーを任されていた前世の私と違い、若葉はというと、仕事は出来るが引っ込み思案な性格が災いした。

 開発部門と言えども、他社への商品プレゼンや、営業並みの接待は日常茶飯事で、口下手で色気のひとつもない彼女は、なかなか結果に結びつかず苦労していた。

 分厚い眼鏡をかけ、おしゃれにも興味がない若葉。

 同僚の男子が呑みに若葉を誘った時も、即答でお断りをしていた。あの時も、『大切な趣味の時間を潰されたくない』と女としては終わっている回答を叩きつけていた。

 あの調子だと彼氏が出来たこともなかっただろう。完全にヲタク娘だったようだ。

 上手く立ち回ることが苦手だった彼女は、仕事は出来ても上司の評価が上がらず、万年苦労していたことを覚えている。

 そんな若葉との関係が大きく変わる事件が起こった。

 入社して五年目の春。
 夏の新商品に向け、冬から動いていたプロジェクト。その一大事業のリーダーに抜擢され、最後の追い込みに入っていた。毎日忙しく働く中、競合他社からほぼ同じ商品が近々発売されると言う情報がリークされた。

 はっきり言ってあり得ない事件だった。

 進めていた新商品は社内でも極秘プロジェクト。発売予定だった商品は業界初の物だった。会社内の情報を競合他社に流した人物がいるのは明白だった。
 その事実を当時直属の上司だった課長に話した。それから数週間後、部長室に呼び出され伝えられた事実に驚愕する事となる。

 課長こそが競合他社へ情報を流した犯人だったのだ。

 前世の私は、会社にある取り引きを持ち掛けられた。犯人である課長は企業スパイである事を巧妙に隠し、知り得た重要機密を様々な競合他社へ流しているという。会社側も証拠がそろわない現状で摘発する事は難しい状況だった。

 今回の騒動を利用して課長の尻尾をつかみ解雇に追い込むため、泥をかぶり槍玉に上がって欲しいと言われた。もちろん退職後は、関連会社の課長の席を用意すると。
 以前から直属の上司だった課長に不信感を抱いていた前世の私は、二つ返事で承諾した。

 それからは怒涛の日々だった。

 競合他社から似た商品が発売され、プロジェクトリーダーを任された新商品は販売を目前に中止に追い込まれた。プロジェクトが頓挫した事を課長に叱責され、悪評はあっと言う間に会社内へ流れた。 
 退職までの日々は、有りもしない噂が社内に蔓延し辛い思いもしたが、新しい会社で課長として再就職し、以前よりやりがいのある仕事を任され、死ぬまで幸せな人生を送った。

 退職するまでの日々、同僚や部下から冷たい視線を向けられる中、若葉だけは違った。

 毎日心配そうにこちらを見つめる瞳。

 いつだったか蔓延した悪評に踊らされ、陰で面白半分に私を罵る同僚達を叱る若葉を見かけた事があった。あんなに口下手だった若葉が、必死に私をかばう姿に心は罪悪感でいっぱいだった。
 結局私は、若葉に何も言わずに会社を去ってしまった。

 その後、風の噂で、課長が不正で会社を解雇になった事を知った。そして、課長を解雇に追い込んだ立役者の一人が若葉だったと言う事も。

――――若葉に謝りたかった。しかしそれは叶わない。

『若葉は死んでしまったから』

 今でも残る後悔がクレアの胸を締めつける。

 七歳までの傲慢なクレア王女としての記憶はしっかり残っている。下位の者達を虐げる姿が、前世の私を罵倒し尊厳を傷つけた課長の姿に重なる。

 そんな傲慢王女をいさめ、導いたアイシャの存在は、弱い者をかばい立ち向かった若葉を思い出させた。

(あの日、あの時、私が前世の記憶を取り戻したのには何か理由があるのだろうか?)

 今でも、もう一度『若葉』に逢いたいと思う。そんな願望が、アイシャと若葉を重ねるのだろうか。

(今世は、アイシャに恥じない人生を送らねばならないわね。もう、後悔はしたくない)

 クレアは若葉への想いを胸に、自室の扉を閉めた。


しおりを挟む
感想 36

あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

夫と息子は私が守ります!〜呪いを受けた夫とワケあり義息子を守る転生令嬢の奮闘記〜

梵天丸
恋愛
グリーン侯爵家のシャーロットは、妾の子ということで本妻の子たちとは差別化され、不遇な扱いを受けていた。 そんなシャーロットにある日、いわくつきの公爵との結婚の話が舞い込む。 実はシャーロットはバツイチで元保育士の転生令嬢だった。そしてこの物語の舞台は、彼女が愛読していた小説の世界のものだ。原作の小説には4行ほどしか登場しないシャーロットは、公爵との結婚後すぐに離婚し、出戻っていた。しかしその後、シャーロットは30歳年上のやもめ子爵に嫁がされた挙げ句、愛人に殺されるという不遇な脇役だった。 悲惨な末路を避けるためには、何としても公爵との結婚を長続きさせるしかない。 しかし、嫁いだ先の公爵家は、極寒の北国にある上、夫である公爵は魔女の呪いを受けて目が見えない。さらに公爵を始め、公爵家の人たちはシャーロットに対してよそよそしく、いかにも早く出て行って欲しいという雰囲気だった。原作のシャーロットが耐えきれずに離婚した理由が分かる。しかし、実家に戻れば、悲惨な末路が待っている。シャーロットは図々しく居座る計画を立てる。 そんなある日、シャーロットは城の中で公爵にそっくりな子どもと出会う。その子どもは、公爵のことを「お父さん」と呼んだ。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

彼を追いかける事に疲れたので、諦める事にしました

Karamimi
恋愛
貴族学院2年、伯爵令嬢のアンリには、大好きな人がいる。それは1学年上の侯爵令息、エディソン様だ。そんな彼に振り向いて欲しくて、必死に努力してきたけれど、一向に振り向いてくれない。 どれどころか、最近では迷惑そうにあしらわれる始末。さらに同じ侯爵令嬢、ネリア様との婚約も、近々結ぶとの噂も… これはもうダメね、ここらが潮時なのかもしれない… そんな思いから彼を諦める事を決意したのだが… 5万文字ちょっとの短めのお話で、テンポも早めです。 よろしくお願いしますm(__)m

侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!

珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。 3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。 高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。 これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!! 転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

裏切られた令嬢は死を選んだ。そして……

希猫 ゆうみ
恋愛
スチュアート伯爵家の令嬢レーラは裏切られた。 幼馴染に婚約者を奪われたのだ。 レーラの17才の誕生日に、二人はキスをして、そして言った。 「一度きりの人生だから、本当に愛せる人と結婚するよ」 「ごめんねレーラ。ロバートを愛してるの」 誕生日に婚約破棄されたレーラは絶望し、生きる事を諦めてしまう。 けれど死にきれず、再び目覚めた時、新しい人生が幕を開けた。 レーラに許しを請い、縋る裏切り者たち。 心を鎖し生きて行かざるを得ないレーラの前に、一人の求婚者が現れる。 強く気高く冷酷に。 裏切り者たちが落ちぶれていく様を眺めながら、レーラは愛と幸せを手に入れていく。 ☆完結しました。ありがとうございました!☆ (ホットランキング8位ありがとうございます!(9/10、19:30現在)) (ホットランキング1位~9位~2位ありがとうございます!(9/6~9)) (ホットランキング1位!?ありがとうございます!!(9/5、13:20現在)) (ホットランキング9位ありがとうございます!(9/4、18:30現在))

どうしてか、知っていて?

碧水 遥
恋愛
どうして高位貴族令嬢だけが婚約者となるのか……知っていて?

処理中です...