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第1章 

妹【ダニエル視点】

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 妹の七歳の誕生日。
 
 ソワソワと落ち着かない両親とは違い、澄ました顔で座るアイシャを見つめ、ダニエルは大きなため息をつく。

 今日の誕生日パーティーは、アイシャの披露目の会でもあるが、隣に座る彼女は、特に緊張に顔を強張らせることも、不安で泣き出すこともない。先程から、落ち着き払って紅茶を飲む姿は七歳の少女には見えない。

 昔から隣に座る少女は変わっていた。

 ヨチヨチ歩きの一歳くらいの時にはすでに、ほとんど泣くこともなく、気づくと一人で遊んでいる手のかからない娘だったらしい。

 親から離れ一人で行動しだしたアイシャと関わりだしたのは、ダニエルが六歳になった頃だった。

 言葉を話せるようになると同時に、絵本など簡単な本は一人で読めるようになっていたアイシャを頻繁に書庫で見かけるようになったのも、あの頃からだ。

 初めて辞書片手に本を読むアイシャの姿を見たダニエルは、あまりの衝撃に一晩熱を出した。それほどの衝撃をダニエルに与えたアイシャだったが、その後ダニエルと関わることはなかった。

 当時六歳だったダニエルは、同じ歳の王太子殿下の遊び相手として日々王城に行き、他の王太子側近候補の子息と勉学に励んでいた。そのため、アイシャと遊ぶ暇などなかったのだ。

 その側近候補の中に、ウェスト侯爵家のリアムがいた。

 昔から卒なく何でもこなしてきたダニエルだったが、王太子殿下と共に学ぶ勉強会は、必死に予習復習をやったとしても、食らいついて行くのが困難なほど、高度な内容だった。到底六歳の子供が理解出来るものではなく、今考えると側近候補をふるいにかける目的で一緒に学ばせていたのだろうと思う。

 あまりの難しさに次々と側近候補がいなくなる中、最後まで残ったのがダニエルとリアムだった。

 必死にくらいつくダニエルと違い、リアムの態度は飄々ひょうひょうとしたもので、遅刻はしてくるは、講師が教鞭を取っていようともお構いなしに居眠りをしたりと、真面目に参加することはなかった。

 それなのに、不真面目なリアムの態度に腹を立てた講師が難問を出すが、簡単に解いてしまう。その上、さらに難しい質問を講師に投げかけ困らせることも度々。

 アイツこそ本当の天才だった。

 あの当時は、そんなリアムに嫉妬し、努力しても、努力しても追いつけない現状に腐っていた。

 何に対しても投げやりになり、必死に食らいついていた勉学ですら投げ出し、次第に王城からも遠ざかっていった。

 毎日のように、戯れに絡んでくるメイドと遊び、体たらくな日々。そんな時、アイシャが書庫にこもっているという話をメイドから聞いたのだ。

 三歳の子供が書庫にこもって本など読むものかと、半信半疑で書庫へ行ってみれば、分厚い辞書片手に本を読んでいるアイシャを見つけた。

 あの姿は衝撃だった。

 たった三歳の子供が机にかじりつき、辞書片手に本を読んでいるのだ。大きな辞書は彼女が扱うにはあまりにも大きく、苦労してページをめくる姿は違和感の塊だった。

 何の本を読んでいるのか気になったダニエルは、そっとアイシャへと近づき、さらに驚くこととなる。アイシャが読んでいたのは、この国の歴史書だったのだ。

 受けた衝撃のまま、思わず声をかけていた。

『何故歴史書を読んでいるのか』と。

 あれが、アイシャと初めて会話をした記念すべき言葉になったわけだが、恥ずかしい話、それまでのダニエルは三歳離れた妹のアイシャを疎ましく思っていたのだ。

 当時、伯爵家の長男として厳しく躾けられていたダニエルとは違い、両親は無条件にアイシャを愛し甘やかしていた。幼いからこそ甘やかされる妹に嫉妬していたダニエルは、アイシャと接する事を尽く避けていた。

 冷静になり考えれば、三歳のアイシャと六歳で王城にも上がっていたダニエルでは全く立場が違う。両親が厳しくなるのも当前だと気づきそうなモノだが、嫉妬に目が眩み、そんな些末な事ですら、あの時のダニエルは分かっていなかった。

 書庫でアイシャに投げかけた質問に、こともなく発せられた回答。

『歴史を知る事でわたくしの事を知る事に繋がるのです』

 はっきり言って何を言っているのか意味不明だった。しかし、その後に続いたアイシャの言葉がダニエルの人生を大きく変えた。

『勉学は自分のためにするものでしょ。将来の自分自身にする投資ですわ!』

 衝撃だった。

 ダニエルはリアムに負けたくない一心で勉学に励んでいた。しかし、アイシャは自分のために勉学はするものだと言う。

『将来の自分自身に対する投資』

 リアムとの縮まらない差に腐っていたダニエルには、アイシャの言葉は天啓に聞こえた。

 それからのダニエルは、サボりがちだった王城での勉強会にも積極的に参加するようになり、たとえリアムが天才的な解答をしようとも気にすることはなくなった。

 自身のペースで興味のある分野に手を伸ばすようになったダニエルは、様々な知識を貪欲に吸収し、今では講師からも、一目置かれる存在となった。

 王太子殿下からの覚えもめでたく、今ではリアムと共に王太子殿下側近の筆頭と言われている。

(あの時、アイシャの言葉がなければ私の人生は腐ったものになっていただろう)

 アイシャは、ダニエルにとって妹と言うだけでは足りない特別な存在だ。

 その妹が七歳の誕生日を迎えると同時に婚約者を選ぶ。

 ダニエルは、『私が婚約者になる』と手を挙げたいくらい妹を溺愛しているが、アイシャの将来を考えるとそんな身勝手な行動など取れないことも分かっている。

 今日の誕生日パーティーに集まる面子を考えれば不安でしかない。

 出来る事なら王太子殿下とリアムにだけは目をつけられたくない。他の男ならどんな手を使ってでも叩きつぶす自信はあるが、あの二人はダメだ。

 優しい顔してエゲツない策を練るのに長ける王太子殿下と、飄々ひょうひょうとしながら腹の中真っ黒なリアムに勝てる気がしない。笑いながら崖から敵を蹴落とすくらい造作なくやりそうだ。

 そして、もう一人。キース・ナイトレイ。

(アイツも来るのだろうか……)

「はぁぁ……」

(どうしたらアイシャの婚約話を阻止する事が出来るのか)

 澄ました顔して紅茶を嗜むアイシャの隣でダニエルは盛大なため息をこぼした。
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