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第1章 

この世界はどこですか?

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 この世に生を受けてから七年。前世の記憶を頼りに、この世界の歴史を調べ尽くした。その結果、わかったことは……、何もなかったのだ。そう、何もわからなかった。

 エイデン王国という名にも、リンベル伯爵家という名にも、聞き覚えがない。もちろん、自分の名にすら聞き覚えはなかった。必死で、この国のことを調べた。歴史書を読み漁り、この国の政治、経済、文化を書物から学び、衣食住は自分の足を使い調べた。もちろん、この国の貴族名鑑も空で覚えられるほど読み込んだ。

 しかし、未だにこの世界が何処なのか、何の物語に転生したのか、または物語ではない異世界なのか、全く不明だ。

 生活環境から考えてみても、不明な点が多い。

 中世ヨーロッパ風の世界なのに、電気は通っているが、通信手段は手紙のみ。お風呂も蛇口をひねれば、水もお湯も出てくる。それなのに、移動手段は馬車で、車はない。もちろん異世界特有の魔法もない。

 スマホのある日本で生活していた記憶がある分だけ不便に感じる事もあるが、伯爵家の令嬢であるため大抵の事はメイドがやってくれるので問題はない。

 七年考えたアイシャの見解は、どうやら過去の世界ではなく異世界に転生したのだろうという漠然としたものだった。今の段階で何も思い出せないのだから、何かの物語に転生していても、きっとメインキャラクターを取り巻くモブか、もしかしたら物語にも登場しない誰かだろうと結論付けた。

 悪役令嬢とかヒロインとかメインキャラクターに転生していないなら、この世界で自分の趣味に生きてもいいのではないか。

(そう、趣味に生きてもいいのよ……)

 目の前で広げられるダンディー三人組の会話に耳を傾けながら、笑みが深くなる。

(ちょっと、育ちすぎているけど、これはこれでいいわね)

 ちょっと神経質で硬質な感じを漂わせるウェスト侯爵と筋骨隆々の雄々しいナイトレイ侯爵。そして、文官らしく線の細い美形のリンベル伯爵。

(誰が、『受け』かしら? 好みは、お父さまをウェスト侯爵とナイトレイ侯爵が取り合う感じよね。あっ! 侯爵二人が言い合っている。あぁぁ、いい!! よし、そこよ。お父さま、止めに入った!)

 言い合いを始めた二人をなだめている父を見て、アイシャの笑みは益々深くなる。

『もっと、やれ!』と思っているアイシャの心とは裏腹に、二人の間に入り、なだめていた父が無理やり話題を変える。

「――とっ、ところでナイトレイ侯爵。キース殿は?」

「キースか。あぁ、あいつか……、すまんな。今日は来れない。最近、騎士団に入ってな、そちらが忙しいらしい」

「騎士団ですか。それは、また。将来有望ですね」

「いやぁ、どうだろうか。あいつは、わしに反抗的だからな、国軍には入らんかもしれん」

「では、近衛騎士団へ」

「それも、わからんな」

 はははと笑うナイトレイ侯爵は、なんだか寂しそうにも見える。

 ウェスト侯爵家にしろ、ナイトレイ侯爵家にしろ、思春期の男子を育てるのは中々大変のようだ。

 アイシャの記憶では、商社に勤め三十歳を目前にプロジェクトリーダーを任されるほどの仕事人間だった前世、彼氏が出来ることもなく唯一の趣味を満喫しながら、日々楽しく過ごしていた。もちろん、結婚など夢のまた夢、世のお母さま方のように、子育てに苦労することもなく、生を終えた。

(私に子育ての苦労はわからない。趣味に仕事に生きた前世は、恋人は出来なかったけれど、ある意味幸せだったのかもしれない)

 趣味、それは……、男同士の恋愛、世に言うBL本漁りをすること。

 週末になれば家でゴロゴロ、スマホの電子書籍ストアでBL本を探し、夜な夜なニマニマしながら読みあさる。街に出ればカフェの窓際の席を確保し、人間観察。イケメンの男同士が歩いていれば、そのふたりをオカズに妄想に耽ける。

 そんな隠れ腐女子だった前世は、一人ニマニマしながらBL本を読んでいたあの夜に突然終わりを告げた。死因は何だったのか、よく覚えていない。

 二十九歳隠れ腐女子。今後も結婚せず、仕事に趣味に生きて行こうと考えていた矢先、気づいたら知らない世界の、しかも赤ちゃんに転生していた。

(よく本で読む異世界転生って……、記憶が突然戻るのは、もっと大人になってからとか、多少物心ついた幼少期だとかでしょうに、生まれた時からって! 二十九歳の私には酷だぁぁ!)

 お世話という名の羞恥プレイの数々を思い出し、もう一生関わりたくないと思う。

 赤児だった当時を思い出し涙ぐんでいたアイシャは、父の指示でそっと、その場を離れる。どうやら、大人同士の大切な話があるようだ。その内容も気になるところだが、そろそろ足が限界を迎えようとしていた。

(やっと、あいさつ地獄から解放されるぅぅ)

 給仕からジュースの入ったグラスを受け取り飲み干すと、一人になれる場所を探し大広間を抜け出した。

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