3 / 93
第1章
この世界はどこですか?
しおりを挟むこの世に生を受けてから七年。前世の記憶を頼りに、この世界の歴史を調べ尽くした。その結果、わかったことは……、何もなかったのだ。そう、何もわからなかった。
エイデン王国という名にも、リンベル伯爵家という名にも、聞き覚えがない。もちろん、自分の名にすら聞き覚えはなかった。必死で、この国のことを調べた。歴史書を読み漁り、この国の政治、経済、文化を書物から学び、衣食住は自分の足を使い調べた。もちろん、この国の貴族名鑑も空で覚えられるほど読み込んだ。
しかし、未だにこの世界が何処なのか、何の物語に転生したのか、または物語ではない異世界なのか、全く不明だ。
生活環境から考えてみても、不明な点が多い。
中世ヨーロッパ風の世界なのに、電気は通っているが、通信手段は手紙のみ。お風呂も蛇口をひねれば、水もお湯も出てくる。それなのに、移動手段は馬車で、車はない。もちろん異世界特有の魔法もない。
スマホのある日本で生活していた記憶がある分だけ不便に感じる事もあるが、伯爵家の令嬢であるため大抵の事はメイドがやってくれるので問題はない。
七年考えたアイシャの見解は、どうやら過去の世界ではなく異世界に転生したのだろうという漠然としたものだった。今の段階で何も思い出せないのだから、何かの物語に転生していても、きっとメインキャラクターを取り巻くモブか、もしかしたら物語にも登場しない誰かだろうと結論付けた。
悪役令嬢とかヒロインとかメインキャラクターに転生していないなら、この世界で自分の趣味に生きてもいいのではないか。
(そう、趣味に生きてもいいのよ……)
目の前で広げられるダンディー三人組の会話に耳を傾けながら、笑みが深くなる。
(ちょっと、育ちすぎているけど、これはこれでいいわね)
ちょっと神経質で硬質な感じを漂わせるウェスト侯爵と筋骨隆々の雄々しいナイトレイ侯爵。そして、文官らしく線の細い美形のリンベル伯爵。
(誰が、『受け』かしら? 好みは、お父さまをウェスト侯爵とナイトレイ侯爵が取り合う感じよね。あっ! 侯爵二人が言い合っている。あぁぁ、いい!! よし、そこよ。お父さま、止めに入った!)
言い合いを始めた二人をなだめている父を見て、アイシャの笑みは益々深くなる。
『もっと、やれ!』と思っているアイシャの心とは裏腹に、二人の間に入り、なだめていた父が無理やり話題を変える。
「――とっ、ところでナイトレイ侯爵。キース殿は?」
「キースか。あぁ、あいつか……、すまんな。今日は来れない。最近、騎士団に入ってな、そちらが忙しいらしい」
「騎士団ですか。それは、また。将来有望ですね」
「いやぁ、どうだろうか。あいつは、わしに反抗的だからな、国軍には入らんかもしれん」
「では、近衛騎士団へ」
「それも、わからんな」
はははと笑うナイトレイ侯爵は、なんだか寂しそうにも見える。
ウェスト侯爵家にしろ、ナイトレイ侯爵家にしろ、思春期の男子を育てるのは中々大変のようだ。
アイシャの記憶では、商社に勤め三十歳を目前にプロジェクトリーダーを任されるほどの仕事人間だった前世、彼氏が出来ることもなく唯一の趣味を満喫しながら、日々楽しく過ごしていた。もちろん、結婚など夢のまた夢、世のお母さま方のように、子育てに苦労することもなく、生を終えた。
(私に子育ての苦労はわからない。趣味に仕事に生きた前世は、恋人は出来なかったけれど、ある意味幸せだったのかもしれない)
趣味、それは……、男同士の恋愛、世に言うBL本漁りをすること。
週末になれば家でゴロゴロ、スマホの電子書籍ストアでBL本を探し、夜な夜なニマニマしながら読みあさる。街に出ればカフェの窓際の席を確保し、人間観察。イケメンの男同士が歩いていれば、そのふたりをオカズに妄想に耽ける。
そんな隠れ腐女子だった前世は、一人ニマニマしながらBL本を読んでいたあの夜に突然終わりを告げた。死因は何だったのか、よく覚えていない。
二十九歳隠れ腐女子。今後も結婚せず、仕事に趣味に生きて行こうと考えていた矢先、気づいたら知らない世界の、しかも赤ちゃんに転生していた。
(よく本で読む異世界転生って……、記憶が突然戻るのは、もっと大人になってからとか、多少物心ついた幼少期だとかでしょうに、生まれた時からって! 二十九歳の私には酷だぁぁ!)
お世話という名の羞恥プレイの数々を思い出し、もう一生関わりたくないと思う。
赤児だった当時を思い出し涙ぐんでいたアイシャは、父の指示でそっと、その場を離れる。どうやら、大人同士の大切な話があるようだ。その内容も気になるところだが、そろそろ足が限界を迎えようとしていた。
(やっと、あいさつ地獄から解放されるぅぅ)
給仕からジュースの入ったグラスを受け取り飲み干すと、一人になれる場所を探し大広間を抜け出した。
1
お気に入りに追加
873
あなたにおすすめの小説
腐女子令嬢は再婚する
青葉めいこ
恋愛
男性に恐怖と嫌悪を抱いているが腐女子でもある男爵令嬢エウリ。離婚歴のある彼女に宰相令息が求婚してきた。高飛車な結婚条件を出し何とか逃げたものの今度は彼の父親、宰相に求婚される。普通なら到底受け入れられない結婚条件を受け入れてくれた上、宰相の顔が、この世で一番好きな事もあり再婚を決めたエウリだが⁉
小説家になろうに掲載しているのを投稿しています。
完結しました。
【完結】嫌われ令嬢、部屋着姿を見せてから、王子に溺愛されてます。
airria
恋愛
グロース王国王太子妃、リリアナ。勝ち気そうなライラックの瞳、濡羽色の豪奢な巻き髪、スレンダーな姿形、知性溢れる社交術。見た目も中身も次期王妃として完璧な令嬢であるが、夫である王太子のセイラムからは忌み嫌われていた。
どうやら、セイラムの美しい乳兄妹、フリージアへのリリアナの態度が気に食わないらしい。
2ヶ月前に婚姻を結びはしたが、初夜もなく冷え切った夫婦関係。結婚も仕事の一環としか思えないリリアナは、セイラムと心が通じ合わなくても仕方ないし、必要ないと思い、王妃の仕事に邁進していた。
ある日、リリアナからのいじめを訴えるフリージアに泣きつかれたセイラムは、リリアナの自室を電撃訪問。
あまりの剣幕に仕方なく、部屋着のままで対応すると、なんだかセイラムの様子がおかしくて…
あの、私、自分の時間は大好きな部屋着姿でだらけて過ごしたいのですが、なぜそんな時に限って頻繁に私の部屋にいらっしゃるの?
このたび、あこがれ騎士さまの妻になりました。
若松だんご
恋愛
「リリー。アナタ、結婚なさい」
それは、ある日突然、おつかえする王妃さまからくだされた命令。
まるで、「そこの髪飾りと取って」とか、「窓を開けてちょうだい」みたいなノリで発せられた。
お相手は、王妃さまのかつての乳兄弟で護衛騎士、エディル・ロードリックさま。
わたしのあこがれの騎士さま。
だけど、ちょっと待って!! 結婚だなんて、いくらなんでもそれはイキナリすぎるっ!!
「アナタたちならお似合いだと思うんだけど?」
そう思うのは、王妃さまだけですよ、絶対。
「試しに、二人で暮らしなさい。これは命令です」
なーんて、王妃さまの命令で、エディルさまの妻(仮)になったわたし。
あこがれの騎士さまと一つ屋根の下だなんてっ!!
わたし、どうなっちゃうのっ!? 妻(仮)ライフ、ドキドキしすぎで心臓がもたないっ!!
戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに
千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」
「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」
許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。
許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。
上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。
言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。
絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、
「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」
何故か求婚されることに。
困りながらも巻き込まれる騒動を通じて
ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。
こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。
拾った宰相閣下に溺愛されまして。~残念イケメンの執着が重すぎます!
枢 呂紅
恋愛
「わたしにだって、限界があるんですよ……」
そんな風に泣きながら、べろべろに酔いつぶれて行き倒れていたイケメンを拾ってしまったフィアナ。そのまま道端に放っておくのも忍びなくて、仏心をみせて拾ってやったのがすべての間違いの始まりだった――。
「天使で、女神で、マイスウィートハニーなフィアナさん。どうか私の愛を受け入れてください!」
「気持ち悪いし重いんで絶対嫌です」
外見だけは最強だが中身は残念なイケメン宰相と、そんな宰相に好かれてしまった庶民ムスメの、温度差しかない身分差×年の差溺愛ストーリー、ここに開幕!
※小説家になろう様にも掲載しています。
【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った
五色ひわ
恋愛
辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。
※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話
ときめき♥沼落ち確定★婚約破棄!
待鳥園子
恋愛
とある異世界転生したのは良いんだけど、前世の記憶が蘇ったのは、よりにもよって、王道王子様に婚約破棄された、その瞬間だった!
貴族令嬢時代の記憶もないし、とりあえず断罪された場から立ち去ろうとして、見事に転んだ私を助けてくれたのは、素敵な辺境伯。
彼からすぐに告白をされて、共に辺境へ旅立つことにしたけど、私に婚約破棄したはずのあの王子様が何故か追い掛けて来て?!
【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。
扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋
伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。
それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。
途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。
その真意が、テレジアにはわからなくて……。
*hotランキング 最高68位ありがとうございます♡
▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる