【R18】お飾り王太子妃は今日も暴走する〜えっ!?わたくしたち、白い結婚でしたよね〜

湊未来

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勘違いは加速する【カイン視点】

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「はぁぁ、リリアは浮気をしているかもしれない」

 重苦しいため息を吐き出したカインの声に、書類の山を前に、カリカリとペンを走らせていたハインツの手が止まる。

「仕事をするつもりがないなら、さっさと出て行ってください。邪魔です」

 机に突っ伏し、どんよりオーラだだ漏れるカインには、ハインツの辛辣な言葉も届かない。

「……本当、困った人ですね。それで今度は何ですか!? 剣技会でリリア様に己の勇士を見せられて上機嫌だったじゃないですか」

「それがなぁ……」

 うっそりと顔をあげたカインが、呆れ顔のハインツへと昨晩のリリアとのやり取りを話す。

「つまりは、リリア様の私室を尋ねた時、怪しい行動をとっていたと」

「あぁ。あの慌てぶりは明らかに何かを隠していた。しかも、いつもは一線引かれているような距離感なのに、リリアの方から私の手をつかみ、ひきよせたのだぞ。あり得んだろう!」

「はぁぁ、どこの乙女ですか。貴方は」

「乙女とはなんだ、乙女とは! こちとらリリアとの年齢差に悩み、未だに手が出せないというのに」

 本当は、今すぐにでも押し倒したい。
 そして、愛を確かめ合いたい。
 さすれば、心を覆うモヤモヤはあっという間に消え去るだろう。

 ただ、己の欲望のまま事を進めればリリアとの関係は終わりを告げると、頭の中で警鐘が鳴る。

 十も歳の離れた少女との結婚は、カインにある種の戒めを与える結果となった。

 騎士団の練習場での逢瀬は、はっきり言って迷惑がられていた。目が合うたびに逃げられていれば、自ずとリリアの心にカインはいないとわかる。しかし、彼女と接すれば接するほど感じる心地よさ。王太子として、気が抜けぬ日々を送るカインにとって、ありのままの姿を見せるリリアの存在は、ある種の癒しをカインに与えていた。

 リリアの隣は心地よい。
 素の自分でいられる心地よさは、リリアの存在の得難さをカインへと植え付けた。

 そして、ある時気づいてしまった。
『カインにとってリリアは特別な存在だが、リリアにとって自分はどんな存在なのだろう?』かと。

 十も歳の離れた少女にとって自分が恋の対象になり得るはずがない。しかも、練習場でのリリアの態度を見る限り、好かれているとは到底思えない。しかし、リリアの存在の得難さに気づいてしまった以上あきらめきれない。

 だから王太子という立場を利用した。
 自分と結婚することを望んではいないリリアを手に入れるために。

 結婚するにあたり、リリアの身辺調査は入念に行われた。未来の王太子妃の過去に不祥事などあってはならない。それこそ足元をすくわれかねない。
 第二王子派との関係が悪化していた当時、王太子であろうと安泰ではなかったのだ。リリアとの婚約は慎重に慎重を重ねた結果、正式に受理されるまでに一年以上の月日を費やした。

 調査の結果、リリアの身は真っ白。男の陰がないどころか、社交界にも滅多に出席しない深窓の令嬢ぶりが話題になるほどだった。
 もちろんリリアの実家マイヤー伯爵家にも後ろ暗い所はない。しかも、マイヤー伯爵家は王太子派にも第二王子派にも属さない中立を保つ貴族家だった。まさしく、リリアは理想の王太子妃。
 年の差がネックと言われたが、貴族社会の均衡を保つため、長年妃を選ばずにいたことが功をそうし、すんなりと婚約は結ばれた。そして、王太子という立場を利用し、リリアの心に己がいないとわかっていながら結婚をした。

 貴族社会では政略結婚が一般的だ。恋だの、愛だのと言って結婚する夫婦は、ほぼいない。王族であればなおさらだ。
 しかし、カインはリリアからの『愛』を欲した。
 自分がリリアを愛するように、彼女から愛されたい。そして、その『愛』がカインを不安へと突き落とした。

 欲望のまま、リリアを奪えば、彼女の『愛』は一生手に入らない。

「カイン様、いいですか。年の差、年の差と言いますが、リリア様とカイン様はすでに夫婦。リリア様とて、王太子妃としての重要な役割の一つが子作りだと理解しています。あなた様が、愛だの、恋だのと、リリア様の恋心が芽生えるのを待っていたら、それこそ子を成す適齢期を逃す可能性すらある。そうなれば、うるさ方の貴族どもが側妃をと、リリア様の立場を脅かしかねない状況に陥ることだってあるのですよ」

「それは、わかっている。わかっているが……」

「わかっているなら、今夜にでも押し倒しなさい。貴方さまが手を出さないから、リリア様も他に目がいくのです」

「いや……、しかし、拒絶されたら……」

「はぁぁぁ、カイン様が拒絶されようが、嫌われようが、私の知ったことではないのですが……。ウジウジと、本当にめんど臭い人ですね。はっきり言いますが、もし仮に、その隠しものが、密書だったらどうしますか?」

「密書?」

「はい。例えば、王太子殿下の弱みを握りたい誰かと、リリア様が内通しており、その男からの指示で貴方さまを陥れる材料を探しているとしたら?」

「まさか、リリアに限って……」

 本当にそうだろうか?

 ふと浮かんだ疑念に臓腑が冷える。

 もし仮に、思い人と引き離され、意にそぐわぬ結婚をさせられたと、リリアが恨みに思っていたら。
 もう一度、その男と添い遂げるために、私を陥れる計画を考えているのだとしたら。

 カインの頭の中を悪い想像ばかりがクルクルと回る。そして、知らぬ男の手をとり、艶然と微笑み去るリリアの後ろ姿まで頭に浮かび、カインは椅子を蹴倒し立ち上がっていた。

「カイン様、早急にリリア様を問いつめた方が――――、ちょうどいいところに当事者がいらっしゃったようですよ」

 ハインツの言葉に、視線を上げたカインの目に見知らぬ侍従の姿が映る。

 いつもの侍従とは違うな……、まさか!?

「カイン様、先ほどから怪しい侍従が室内にいるようですね」

 ハインツの声に、お茶の準備をしていた怪しい侍従の肩がビクッと揺れる。その姿を目に捉えゆっくりと歩き出したカインは、侍従の背後に回ると、震え小さくなった彼の肩に手を置いた。そして、クルッと反転させると、俯く侍従を見下ろす。

「あぁ、そのようだな。ちょっと詰所までお付き合い願おう、怪しい侍従殿」

「えっ!?」

 カインの声に、即座に逃げを打つ侍従を難なく捕らえ肩に担ぐ。『ちょっと、降ろして』と暴れるリリアを拘束し歩き出したカインの耳にハインツのクスクスと笑う声が入るが、今はそれどころではない。

 これは、千載一遇のチャンスなのではないか。
 リリアは、私が侍従の正体に気づいているとわかっていない。これを逆手にとり、怪しい侍従としてリリアに尋問すれば、あの隠した物の正体もわかるかもしれない。
 
 長い廊下をリリアを担ぎ歩き、私室へと入ったカインは、彼女をソファに座らせ真正面から見つめる。身を小さくし、プルプルと震えるリリアを前にしたカインは、己の中の嗜虐心が刺激されるのを感じていた。

 これが獲物を前に舌なめずりする強者の感覚か……

 カインの心の中で燃え上がった嫉妬の炎は、『冷静になれ』と悟す声をかき消した。

 自分の愛を受け入れないどころか、間男を選ぶとは。リリアにはきつい仕置きが必要だな。

「――それで、君は誰なんだい? いつもの侍従とは違うみたいだけど」

「あのぉぉ、彼は風邪をひきお休みを頂いていまして。僕は、彼の弟で、代役です」

「おかしいなぁ。いつもの侍従の彼には、兄弟はいなかったはずだが。これは、王太子自ら尋問しないと、口を割らないかもしれないね」

 カインの言葉に瞳を丸くするリリアを抱き寄せると肩に担ぎ、寝室へと向かう。そして、ベッドへ降ろすとリリアが起き上がる前に肩を押さえ、シーツへとぬいつけた。

「おぉぉぉぉ、お待ちください! カイン様、私は男です!! 早まってはいけません!!!!」

「男に口を割らせる方法は、拷問だけではないんだよ。男も女と同じさ。快楽に訴えかけるのが最も効果的だ。快楽は、時に拷問より辛いものだ」

 カインはリリアの両手首を紐で結び、ベッドヘッドへと繋ぐ。

「これで準備万端だね。じゃあ、尋問を始めようか。怪しい侍従殿……」 
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