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やっぱり豊満なお胸の方がいいわよね……

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 闘技場から自室へ戻ってきたリリアは、机に頬杖をつき物想いに耽っていた。

 カイン様と出会ったのも、あの闘技場だったわね。

 リリアがまだ伯爵令嬢だった頃、あの闘技場には月に一度ある目的のために見学へ行っていた。
 近衛師団の練習は、月に一度の練習試合の他に申請さえすれば貴族令嬢でも見学することが可能だ。闘技場を訪れる令嬢や夫人の多くは、近衛師団の練習を観ながら、未来の旦那様を見繕うために見学をしている。しかし、リリアだけは男同士の熱い闘いを間近に、脳内妄想を膨らませるために参加していたのだ。

 カインと出会ったあの日も、月に一度の楽しみを目的に練習場を訪れていた。
 誰にも邪魔をされない後方の席を陣取りスケッチブックを広げ、男同士の熱い闘いを一心不乱に書き殴っていたリリアに、カインが声をかけた。

「とても上手に描かれますね。実に臨場感が出ています」

 あまりに熱心に男達の一挙手一投足を観察していたリリアは、背後の存在に気づいていなかった。
 突然声をかけられ慌てて背後を振り返ったリリアは、その場に固まった。自分の真後ろに金髪碧眼の美丈夫が立ち、手元を覗き込んでいる。

 金髪碧眼は、グルテンブルク王国の王族に出やすい特徴でもあった。
 すぐに、王太子殿下と気づいたリリアは、慌てて立ち上がり美しいカーテシーを取り頭を下げる。そんなリリアへと王太子殿下は、柔らかな笑みを浮かべ、謝罪の言葉を口にしたのだ。

「すまない。邪魔をしてしまいましたね。私のことは気にせず続きをどうぞ」

 王太子殿下が誰ともわからない令嬢へと謝罪の言葉を口にするのも驚きだったが、一般観覧席に腰掛け、あまつさえ隣に座るように促す姿をリリアは驚きとともに見つめるしかなかった。

 何事もなかったかのように隣で見学を始めてしまった王太子殿下を前に逃げ出すことも出来ず、リリアは大人しく隣へと腰掛ける。

 王太子殿下がいらっしゃった事に気づいた令嬢達の視線が痛かったのよね。

 矢のように突き刺さる嫉妬の視線に身を縮め、あの時は、さっさと立ち去ってくれる事をリリアはひたすら願った。
 色々と王太子殿下が話題を振っていたが、緊張のあまり話は右から左へと通り過ぎ、リリアは、王太子殿下と何を話したか、全く覚えていない有り様だった。

 それから、練習場で度々顔を合わせるようになった二人。そして、決まってリリアの隣で見学をするカインの存在をリリアは意識せずにはいられなくなった。

 カインが隣に座っているのにスケッチが出来るほど神経が図太くないリリアは、彼と鉢合わせる度に落胆した。カインが隣にいては、趣味を満喫するのもままならない。
 場所が悪いかと何度も席を変えたリリアだったが、闘技場で会うたびにカインはお決まりのように隣に座る。そんな関係が数年続き、最後にはカインを空気と思い自己妄想に耽られるまでに、リリアはなっていた。

 そんな日々が数年続いた頃、王城よりマイヤー伯爵家へカインとの婚約の打診がされた。
 マイヤー伯爵家に娘はリリアのみ。マイヤー伯爵は、どこぞの貴族家と間違えているのではと、慌てて王城へと問い合わせた。
 マイヤー伯爵家ではリリアのおかしな趣味は周知の事実で、部屋に篭りがちな娘が何処で見初められたか見当もつかない。しかし、リリアへの婚約打診は間違いではなかった。

 娘のおかしな趣味が王族にバレやしないかと、マイヤー伯爵にとっては胃の痛い日々が続くことになる。

 長年婚約者を作らなかった王太子が変わり者令嬢にちょっと興味が出て暇つぶしにチョッカイを掛けたら、何かの間違いか婚約させられてしまったのだろうと、当時のリリアは軽く考えていた。

 すぐに婚約は破棄されるだろうと考えていたリリアは、婚約者になってからも趣味に万進し、カインへの好意を示すアクションは起こさなかった。
 しかし律儀な性格の王太子は、誕生日など記念日には女性が好みそうなプレゼントをリリアへと必ず贈る。そして、王太子の婚約者として出席が必要な夜会の度に、素敵なドレスやアクセサリーを用意してくれた。
 夜会でも常に側にいて、リリアが一人取り残されることもなく完璧にエスコートされる。

 まるでお姫さまのような扱いに、リリアも絆されていった。いつしかリリアもカインの事を特別な存在として見るようになった。
 そして数年の婚約期間を経て、婚礼の儀が執り行われ、目出度く、リリアはカインと結婚し王太子妃となった。

 婚礼の儀が行われる日の夜が初夜となる。初夜の慣習は貴族社会では一般的で、それは王族も同じだった。
 侍女総出で身体中をくまなく磨かれ香油を塗られたリリアは、薄くレースが透ける夜着を着せられ、寝室で一人カインが来るのを待っていた。

 初夜に関しては、一通りの作法は知っていた。しかし、自分のこととなるとリリアは緊張でガチガチになっていた。ただ、特別な男性とひとつになれる行為は、神聖で特別なことのように感じていた。

 確かに、あの晩リリアは幸せに胸を高鳴らせていたのだ。カインからの言葉を聞くまでは……

 カインが寝室へと訪れ、期待に胸を高鳴らせるリリアへと放った言葉が、リリアを絶望へと突き落とした。

『今夜リリアを抱くつもりはない。貴方が、もう少し大人になって、私の事を本気で愛してくれるようになるまで待つつもりだ』

 愕然とした。

 確かに、リリアは胸は小さく、どちらかというと童顔の幼児体型。男を虜に出来る色気があるわけでもない。

 ただ、二十歳なのだ。

 カインとは十歳離れているが、二十歳は立派な大人。結婚適齢期の女性なわけで、先に結婚した女性は、もちろん皆、貫通済み。

 忘れられない初夜を思い出し、リリアは大きなため息を吐き出す。

 はぁぁ、早い話、カイン様にとって私は乳臭いガキで、女性として見られていなかったということよね。やっぱり、エリザベス様のような豊満なお胸にくびれた腰。儚げで、ただ漏れの色気がある美女の方が良いわよね。

 私も、あのお胸に顔を埋めてみたいもの~
 ハインツ様に殺されそうだから絶対に出来ないけど。

 あの初夜以降、カインとリリアに進展はない。

 その内、ナイスバディな側妃を迎えて私はお飾り正妃になるか、離縁されるのね。
 だったら趣味に走ったっていいじゃない!

 惨めな初夜を乗り越え、変な方向へと突き抜けてしまったリリアは、脳内妄想を爆発させるべく王城徘徊を開始するに至ったのである。
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