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王城はわたくしのオアシス♡
しおりを挟む「はぁ~素敵♡ ここは私のオアシスだわぁ」
アッシュブラウンの髪をしとやかにまとめ、華やかな黄色のデイドレスを身にまとい、王城内をすまし顔で歩くうら若き女性。王太子妃リリアの頭の中は、めくるめく妄想で、大忙しである。
(あちらを見てもこちらを見ても男男男……、ここは男の園! はぁぁ、天国ね。妄想し放題)
若干心の声がもれてしまっているリリアにつき従う優秀な侍女達の表情は崩れない。
王太子妃つき筆頭侍女頭ハンナの命の下、日々の日課である王城内散策ルートは決められており、万が一リリアがおかしな言動を取ろうとも外部へ漏れ出ることがないように人払いがされている。
そんな侍女達の涙ぐましい努力もなんのその、今朝も有意義な妄想を捗らせたリリアは走り出す。
あぁぁ、このたぎる想いを紙にぶつけたい。
全速力で走り出したリリアに、侍女達も慌てて後を追うが、その差はあっという間にひらく。
自室へと駆け込んだリリアは一直線に執務机へと向かい、椅子へと座りぶつぶつと何かを呟きながら一心不乱に紙へとペンを走らせる。
「絶対あの二人は恋人同士だと思うのよ。だって、廊下であんなに熱く見つめあうはずないもの。きっと許されざる恋をしているのだわ。お互いに婚約者がいながら愛し合ってしまった禁断の愛かしら? それとも身分違いの愛……、悲恋ものの愛もいけるわね」
執務机へと置かれた最高級の茶葉を使用したお茶にもリリアが反応することはない。もちろん、それを筆頭侍女ハンナがため息まじりに見つめているなんてことにも気づかない。
「リリア様……、ただ王城で働いている殿方を見るだけで、そこまで突飛な想像をふくらませることが出来るなんて、素晴らしい才能でございますね」
突然背後から響いたハンナの声にリリアの肩がわずかに揺れる。
「ハンナ、いたのね」
「えぇ、ずっとこの部屋で待機しておりましたわ。お仕えするリリア様が、お散歩から戻られましたら、美味しいお茶とお菓子でお出迎えするのが侍女としての勤めでございましょう」
「あ、ありがとう……」
リリアが顔を背後へと向ければ、斜め後ろに立つハンナの切長の瞳と視線がかち合う。その瞳の中に見え隠れする怒りの炎を見て取り、リリアは慌てて視線を外した。
(どうしよぉ……、ハンナすっごく怒ってる)
顔は笑っているのに、目が笑っていない。そんなハンナの様子に、リリアの背を冷や汗が流れていく。
(これはお小言が続くパターンよね。どうにかして回避しなきゃ)
逃げ道を探し辺りを見回せば、ハンナが入れてくれたお茶のカップが目にとまった。
「まぁ、美味しそうなお茶! いただくわ。ハンナが入れてくれるお茶は格別なのよ。う~ん、いい香り」
「とうの昔にお茶の芳香はとんでおりますね。しかも、冷めて若干苦味も出ておりますが」
「あっ……」
墓穴を掘ったことに気づくが後の祭りだ。リリアは、早々に開き直ることにした。
「あぁぁ、ハンナごめんなさい。でもね、日課の王城回りは、宝の山なのよ。ほとばしる妄想を忘れないうちに紙に書き留めておかないとと思うのが人の性というものよ!」
「そう思われるのは、リリア様だけです」
「まぁ、自分でも特殊な趣味だと思うわ。でもね、男同士の恋愛には、男女の恋愛では得られない葛藤とか、切なさとか、色々諸々が存在するのよ」
「はぁ、そんなものですかねぇ。私には、男同士の恋愛は理解し難いですが、リリア様には、リリア様のお考えがあるのでしょう」
呆れ顔でリリアを見つめるハンナだが、その瞳の奥には優しい色が宿っている。なんだかんだ言いつつも、ハンナはリリアに甘い。それは、ハンナがリリアにとって姉のような存在だからだろうか。
乳姉妹であるハンナは、幼き頃に母を亡くしたリリアにとって、血のつながりを超えた特別な存在だ。リリアに甘い父、マイヤー伯爵に代わり、リリアが立派な淑女へと成長出来たのは、ハンナの助力が大きい。
リリアの困った趣味にも動じず、『趣味を続けるには、それを隠し通せるだけの完璧な立ち居振る舞いが必要です』とリリアを丸め込み、どこへ出しても恥ずかしくない伯爵令嬢へと仕立て上げた。
しかし困ったことに、完璧な淑女としての振る舞いが王妃殿下の目に止まり、そして運の悪いことに長年婚約者のいなかった王太子殿下まで、リリアに興味を示す事態を招いてしまった。
気弱なマイヤー伯爵が、王家からの婚約打診を断れるはずもなく、話はとんとん拍子に進み、婚約からわずか一年でリリアは王太子妃となったわけだが……
「ありがとう、ハンナ。そう言ってもらえて気が楽になったわ」
ふふふと笑みを浮かべ、机へと向かおうとしたリリアにハンナの容赦ない一言が放たれる。
「かと言って、リリア様の趣味は公に出来るものではないことをお忘れなく。万が一にでも、王太子殿下のお耳に入ればリリア様のみならず、マイヤー伯爵家はお終いです!」
「わかっているわよぉ。そのためのお目付け役でしょ、ハンナは」
クスクスと笑うリリアを見つめ、ハンナが大きなため息をつく。
「はぁぁ、これ以上マイヤー伯爵様を禿げさせるのはおやめくださいね。本当、王太子殿下にも困ったものだわ。初夜以来、お渡りがないだなんて……」
「仕方ないわよ。王太子殿下と私じゃ、そもそも釣り合いが取れないじゃない。歳は十も離れているし、容姿が抜群に良いわけでも、グラマラスな身体つきでもないしね。食指がわかないのは仕方がないわ」
「リリア様、ご自身を卑下なさらないでくださいませ。決してリリア様に魅力がないのではございません。わたくしの見立てでは、王太子殿下はロリコン……」
「えっ!?」
「ゴホゴホ、なっなんでもございませんのよ。つまりは――、リリア様を大切に思われているからこそ、手を出せないといいますか」
胡乱な視線をハンナへと投げたリリアだったが、己の平たい身体を見下ろしため息をこぼす。
「ハンナ、もういいわ。自分の魅力は誰よりもわかっているから。それに興味を持たれない方が、安全に趣味を満喫できるもの! さぁ、この妄想を忘れないうちにっと!」
パンっと手を叩き、逃避するかのように妄想の世界へと落ちようとしたリリアの耳に、扉を叩く音が聴こえた。
「……誰かしら?」
リリアはハンナに指示を出し、訪問者の元へと向かわせる。そして、ほどなくして扉を開けハンナに続き入ってきた人物を見て、慌てて立ち上がった。
「カイン様!」
夫であるカイン王太子殿下の登場に、リリアはその場でカーテシーをとり、頭を下げる。
「あぁ、リリア。顔をあげて、楽にしてくれ。今日は貴方にコレを渡そうと思ってね」
眩しすぎる美麗な微笑みを顔に貼り付け、スッと真っ白な封筒を差し出すカインを見つめ、リリアの胸に何とも言えない苦い想いが広がる。
相変わらず、素敵な笑顔だこと。
蜂蜜色の髪に水色の瞳のカインと、くすんだアッシュブラウンの髪に茶色の瞳のリリア。神々しいまでに美しい王子さまと、地味なリリアとでは、誰が見ても釣り合いなんて取れていない。
そんなの自分が一番よくわかっている。
心に広がる虚しさに気づかぬフリをして、リリアは笑みを浮かべる。
「こちらは?」
「あぁ、招待状だ」
「招待状? 中を見てもよろしいですか?」
カインの許可を待ち、リリアは封を切る。
「……、近衛騎士団の剣技会ですか?」
「そうだ。今回、王太子主催で開くことになってね。ぜひ、王太子妃として観覧してくれると、近衛騎士の士気も上がると思う。難しいだろうか?」
「カイン様主催の剣技会ですか……、もちろん参加させて頂きますわ」
「そうか、そうか。良かった! 当日は、私も出場するつもりだから、出来れば応援を――――」
喰い気味にリリアの返答に頷くカインの嬉しそうな声に彼女が気づくことはない。
ふふふ、近衛騎士団の剣技会!
剣のぶつかる音、ほとばしる汗、そして、絡み合う熱視線…………、最高~♡
脳内妄想を繰り広げ、ご満悦なリリアに、カインの声は届かなかった。
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