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第6章 鎖を断ち切るために【ルティア&イアン編】

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~ルカ視点~

ルティアに続き、レッシュ公爵家のイアンが部屋に入って来るのを見た私は困惑していた。

………何故、イアンが此処にいる?

数週間前にルティアへ宛てた手紙にはベイカー公爵家のリドルとの婚約を正式に発表しろと書いたはずだ。

『わたくしの婚約に関して直接会って話したい』か………

どうやらルティアは私に刃向かうつもりらしいなぁ~
イアンまで連れて来たところを見ると、イアンと婚約したいとでも言い出すのだろう………

………バカな女だ………………

まぁ…話だけなら聞いてやろう………



「よく来たねルティア………と、レッシュ公爵家のイアン殿だね………
イアン殿には王城の夜会で会って以来だが、あの時はあまり話せなかった。
リザンヌ王国のクーデターの際には、ベイカー公爵家のハインツ殿との橋渡し役、大変世話になった。父上に代わり礼を申し上げる。」

「いえ………こちらこそお役に立てて光栄です。」


私は今までの和やかな雰囲気を変え、目の前の二人を剣呑な瞳で見据える。


「ところで今日は何故イアン殿も一緒なのかな?私はてっきりルティアと二人で話すものと思っていたが………」


「ルカ王太子殿下…私がルティア王女殿下に無理を言い連れて来て貰ったのですよ。私も一度ルカ王太子殿下ときちんと話をしておきたいと思っておりましてね。
………特にグルテンブルク王国における四大公爵家の力関係をルカ王太子殿下は勘違いされているのではと思いまして………」

何を今更イアンは言い出すのだ………?
四大公爵家の力関係など分かりきっているではないか………
ベイカー公爵家とシュバイン公爵家が姻戚関係である今、この二大公爵家の力が圧倒的に強いのは周知の事実だ。

「四大公爵家の力関係ですか………?
私は対外的な共通認識を持っているので勘違いはしていないと思いますが………」

「対外的な四大公爵家に対する認識こそが間違いだとしたら、貴方様の考えも変わるのでは………」

巷では、『ベイカー公爵家とシュバイン公爵家は王家を潰す力を得た』と噂されているが、もしそのような可能性がある結婚なら、何故グルテンブルク王は許したのか………
確かに以前から疑問ではあった。

「では…四大公爵家の力関係はどうだというのだ………?」

「レッシュ公爵家が何処の公爵家よりも圧倒的に強い力を持っているんですよ。
それこそ…王家を潰す程の力を有しているのはレッシュ公爵家のみです。
たとえベイカー公爵家とシュバイン公爵家が手を組み王家を潰そうと考えてもそれは出来ないでしょう。古の騎士団が黙っていない………」

………古の騎士団………それがレッシュ公爵家と関係があるとでもいうのか………
バカバカしい………………

「イアン殿はレッシュ公爵家が古の騎士団を有しているから四大公爵家の中でもレッシュ公爵家が一番強いとお考えなのか………?バカバカしい………
たかが一貴族家が有している私兵如きで二大公爵家を潰す程の力を持つ事が出来る訳ないじゃないか………
そんな世迷い事で私を説得に来たならお帰り願おう………」

「誰が古の騎士団はレッシュ公爵家の私兵と言いましたか?古の騎士団は、今は忘れ去られた大多数の貴族家で構成された軍隊ですよ。一国を滅ぼすだけの力を有するね………。
レッシュ公爵家は、その騎士団をまとめる立場にあるだけですよ。それを動かす力がある訳ではない。」

「そんな話…誰が信じると思いますか………
仮に信じたとして、レッシュ公爵家は『古の騎士団』を動かす力はない。ただ所属しているだけで、どうして二大公爵家より強い力を有している事になるのですか?」

「では調べてみればわかりますよ………
王家の歴史を紐解くと、王家の危機には必ず『古の騎士団』が現れます。そして王家の内紛が起こった時、『古の騎士団』が支持した側が次の王になっています。つまり、『古の騎士団』は王家の忠実な軍隊であり、王家を監視する番人でもあると言うことです。
そしてもうひとつ………
王家の王女は必ずレッシュ公爵家に嫁ぎます。他の公爵家に嫁いだ王女は亡くなったベイカー公爵の妻以外いません。
王宮にある貴族家の家系図を調べればわかる事です。レッシュ公爵家と王家はあまりに近い………
では、レッシュ公爵家に嫁いだ王女の役割とは何なのか?
察しの良いルカ王太子殿下ならおわかりになるのではありませんか………?」

………レッシュ公爵家に降嫁した王女の役割か………
まるで、『古の騎士団』を動かす力があるのは降嫁した王女と言いたいみたいだな………
そんな王女を妻としたレッシュ公爵は、確かに王家を潰すだけの力を有している事となるか………

「その話が本当なら四大公爵家の力関係は対外的な共通認識とは大きく異なるな。レッシュ公爵家が突出している………
レッシュ公爵家と王家の力が同等と言えよう………」

「ルカ王太子殿下は、リザンヌ王国の発展のために、王家に匹敵する力を持ったベイカー公爵家へルティア王女殿下を嫁がせようとした。
しかし、実際の力関係は大きく異なる………
ルティア王女殿下は王家と同等の力を持つレッシュ公爵家へ嫁いだ方がリザンヌ王国の利は大きい。
貴方様の理論を持ち出すのであれば、ルティア王女殿下に政略結婚をさせるのであればレッシュ公爵家へ嫁がせるという事になります。
ルティア王女殿下との婚約を了承頂きたい………」

隠し玉を出された今、ルティアにリザンヌ王国のためベイカー公爵家へ嫁げと命じていた私の考えは覆された事になる。

ベイカー公爵家のリドルを蹴落とすためルティアを充てがったのが仇となったな………

どうやら眠れる若獅子を叩き起こしてしまったようだ………
やはりあのハインツ殿の部下は切れ者揃いという訳か………

「しかし…今の話はあくまでも『古の騎士団』が存在すると仮定して初めて成り立つ力関係だ。実際にイアン殿に提示された事は全て仮定の域を脱していない。確固たる証拠は何もない推論に過ぎない………
そんな推論よりも、次代の宰相と言われる王城の実力者であるハインツ殿と姻戚関係を築く方がメリットは大きいと私は考える………………」

イアンの顔が屈辱に歪む………
………まだまだ若いな………………
所詮は温室で育てられた坊ちゃんだ………
まぁ、ハインツ殿の下で磨かれれば化けるやもしれぬが………



「ルカ王太子殿下………
いい加減になさいませ………」

今まで黙って座っていたルティアが静かな怒りを纏わせ私を睨みつけていた。

「先程からお二人のお話を聞いておりましたが………
ルカ王太子殿下はわたくしにリザンヌ王国のためベイカー公爵家のリドル様と政略結婚をしろというお気持ちは変わっていないのですね?」

「一国の王女たるもの国のため政略結婚をするのは当たり前ではないか………
何を今更分かりきった事を聞くのだ。」

「では………一国の王太子である貴方様もリザンヌ王国のための結婚をなさるおつもりですね………?」

「………もちろんそのつもりだ。」

ルティアは………まさか………

「ウィッチ男爵家のミリア様と結婚を臨むのは………リザンヌ王国のためですか………?
ミリア様と結婚されて得られるメリットは何ですの?わたくしにも分かるように説明してくださいませ!」

「ルティア…リドル殿に聞いたのか………
………まさか…三人は手を組んだのか?」

あの男………ライバル関係のイアンと手を組むとは………
リザンヌ王国の操り人形だったルティアとイアンが恋仲になった事が最大の誤算だったが、ルカ・リックベンとしてリドルと顔を合わせた事が何よりも失敗だった………

「えぇ………わたくしがイアンと結婚するためにリドル様と手を組みました。
ルカ王太子殿下、随分と身勝手な事をわたくしに強いるのですね。
わたくしにはリザンヌ王国のため政略結婚をしろと言うのに、ご自分は愛するミリア様と結婚するため色々と手を回してらっしゃる。本音では、ベイカー公爵家へわたくしを嫁がせたいのはリドル様を蹴落とし、ミリア様を手に入れやすくする為ではございませんの。
違うと仰るなら、どうしてミリア様を口説いてらっしゃるのですか?
しかもルカ・リックベンなんて言う商人に身を隠して………
ミリア様との関係はただの遊びですの?
そうなら早々にミリア様から手を引き、リザンヌ王国に帰りまして我が国の利になる女性と結婚なされませ。」

「………ミリアとは…遊びではない………
リザンヌ王国王太子妃として連れて行くつもりだ………」

どうしてもミリアとの関係を遊びとは嘘でも言えなかった………
それ程ミリアに恋焦がれた日々は長かった…………

「でしたらわたくしに強いる政略結婚は何なんですの⁈理不尽にも程があります!貴方様が愛に生きるのであれば、わたくしも愛するイアンと結婚致します!」

怒り心頭のルティアが畳みかける………

「今回の婚約はわたくしの意思で、レッシュ公爵家とベイカー公爵家のどちらに嫁ぐか決められるそうですね?」

「………あぁ………」

「今後、ルカ王太子殿下に監視、干渉されるのも嫌です。結婚してからはリザンヌ王国の駒としていいように扱われるのも嫌です。
………ルカ王太子殿下…わたくしと勝負してくださいませ。
もしわたくしが勝ちましたら、レッシュ公爵家のイアンと結婚し、今後一切リザンヌ王国からの干渉を受けないとお約束ください。わたくしが負ければ、ベイカー公爵家のリドル様と結婚致しましょう。そして今後もリザンヌ王国のため貴方様の駒となりましょう。」

「………その勝負とは………?」

「簡単な事ですわ………
ミリア様が貴方様を選べばルカ王太子殿下の勝ちです。」

………なんて簡単な勝負なのだ………
くだらない身分差にこだわるミリアがリドルを選ぶはずがない………
あとは、ルカ・リックベンとしてミリアから結婚の承諾を得ればいいだけだ。

「条件がある………
ルカ・リックベンが王太子である事をミリアには教えない事が条件だ。」

「………わかりましたわ………
では、ミリア様の同意なしにリザンヌ王国へ連れ去った場合はわたくしの勝ちとみなします。
最終的にミリア様がリドル様を選ぶかルカ王太子殿下を選ぶかは、王城で今度開かれる夜会ではっきりするでしょう。
わたくしもその夜会にて陛下に誰を婚約者にするかお話致します。その夜会までにルカ王太子殿下がミリア様をリザンヌ王国へ連れ帰れば貴方様の勝ちですわ。
必ず連れ帰る前にシュバイン公爵家のエリザベス様の元へ挨拶に行かせてください。それがミリア様が自らの意思で貴方様を選んだ証拠になります。」

「わかった………」

張り詰めた沈黙が室内を支配する………

………今回はまんまとルティアに乗せられてしまったが………

まぁ…この勝負勝つのは私だ………



二人が立ち去った室内では、ルカ王太子の笑いだけが響いていた。
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