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第6章 鎖を断ち切るために【ルティア&イアン編】
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しおりを挟むしばらく馬で駆けていると前方に小さな泉が見えてきた………
………目的地はここかしら?
馬がゆっくりとスピードを落とし止まる。
「イアン様…こちらで過ごされてはいかがでしょうか?」
案内人として先頭を走っていた護衛がイアンに話しかける。
「………そうだな…ここでいい。」
イアンの言葉を受け一緒に来た護衛の者達が木陰に大きな敷物を敷き、昼食用のバスケットや簡易ポット、食器などを準備していく。
「夕暮れ前にお迎えにあがりますので、それまでごゆるりとお過ごし下さい。」
準備が整うと一緒に来た護衛は馬に乗りその場を立ち去って行く………
………ふたりだけにしてくれるのかしら?
「セバスチャンも気をつかったみたいだね………
ふたりだけにしてくれるなんて良い計らいだ。」
私はイアンに手を引かれ木陰にある敷物の上に座らされる。
「まずは腹ごしらえかな。ルティもお腹空いただろう。」
目の前に腰を下ろしたイアンがポットからカップにお茶を注ぎ手渡してくれる。
「あっ!わたくしがやりますわ‼︎」
ボーッと景色を眺めていた私は出遅れた。
………男性に給仕をさせてしまうなんて女として最低だわ!
「ルティ…気にしないの。ふたりだけだし、誰も見ていないから………
初めての遠乗りで緊張したでしょ。
ゆっくりしてていいよ。」
バスケットから取り出したサンドイッチを手渡される。
イアンの気遣いが嬉しい………
「………イアン…ありがとうね………
とっても嬉しいわ………」
爽やかな風が吹き抜ける木陰で食べるサンドイッチは人生の中で一番美味しく感じられた。
肉や野菜がふんだんに入ったサンドイッチやカットされた果物を生クリームで和えて挟んだサンドイッチ………
色とりどりのサンドイッチをイアンとふたり、たわいない会話を交わしながら食べる………
ただそれだけなのに、何でこんなに美味しく感じるんだろう………
………この解放感………
美味しそうにサンドイッチを食べるイアンを見つめてしまう………
愛する人と時間を共有している幸福感………
初めての感覚に知らず知らず笑みが溢れていた………
「………ルティ…貴方が楽しそうだと僕も嬉しい………
………貴方が自然に笑えるようになった事実が何よりも嬉しい………」
イアンの手が伸び私の頬を包み込む………
「リザンヌ王国での貴方はどこか壊れていた………
すべてを諦めていた貴方は、周りで起こる事にどこか他人事で………
自分に関わる事ですら関心がなかった。
自己主張もせずに周りに言われるがまま波風を立てず穏やかな笑顔を浮かべ過ごす貴方は感情を持たない操り人形そのものだった………」
………そう………
リザンヌ王国での私はまさしく都合良く動く操り人形だったのだ………
小さな頃から王宮の人々の顔色を伺い過ごす内に反抗せず、言われるがままに行動し笑顔で穏やかに過ごせば最低限の生活は送る事が出来る。
何でも話を聞き、いい子にして身を隠していれば正妃様も何もしない………
正妃様が私に無関心であれば、使用人も私を陰で虐げることもない………
王宮でひとり生き抜くためには感情を押し殺すことなんて容易かった。
いつしか私は感情を出さず、自分に関わる事ですら他人事と捉えるようになっていった………
そして奇しくも磨かれていったのが、状況を見極める能力だった。
他国間での関わり、図書館で得られる情報やそこかしこから聞こえてくる噂話を聞くだけで、今後起こりうる情勢の変化を瞬時に想像する事が出来る。それが、数ヶ月後、数年後に実際に起こるのを目の当たりにすれば自身の能力が怖くもなった………
今でもこの能力については誰にも話していない。
リザンヌ王国でのクーデターに関しても数年前には予想が付いていたが、クーデターが起こる可能性については誰にも話していなかったはず………
………いや………
イアンには少し話していたかもしれない………
イアンの唇がゆっくり落ちてくる………
「貴方が自分の意思で僕を選んでくれた………それが本当に嬉しいんだ…
ルティアは…もう操り人形なんかじゃない………
必ずふたりでルカ王太子を説得しましょう。ふたりの幸せな未来を手に入れるために………」
リザンヌ王国でのクーデターの兆しに気づいた時………
私は死にたかったのかもしれない………
私を捕らえる王宮という檻の中にいるのは限界だった………
王宮が蹂躙され王共々皆殺しにあえば、やっと解放されると思ったのだろう。
………でも、イアンだけは助けたかった………
だから喋ってしまった………
誰にも話さなかったクーデターが起こる可能性を………
………あぁ………………
あの頃からイアンだけが私の特別だったのね………
イアンからの口づけを受けながら、在りし日の淡い恋心が成就した喜びに心が震えるのを感じていた。
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