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第5章 忘れられない想い【ミリア&リドル編】
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しおりを挟む実家のウィッチ男爵家へ帰って来た私は、休む暇なく家の手伝いに駆り出されていた。
お手伝いのメイドもいない男爵家では、全ての家事を母と分担しなければならない。朝早く起き、庭に植えられた野菜の水やりから始まり、家畜の餌やり。それが終われば朝食の準備に取り掛かる。
野菜の水やりの時に収穫した野菜を使った朝食を作り始めた。
簡単な野菜スープに卵を炒めたスクランブルエッグ。昨日のうちに焼いておいた丸パンに牛乳の朝食………
ベイカー公爵家で食べていた使用人用の朝食より質素なご飯だが贅沢は言っていられない。
これでも今の時期は、村の種まきの手伝いをするのでお礼として色々な食べ物をおすそ分けしてもらえる。
男爵家の食卓はだいぶマシになっている。
親子三人での朝食が終われば、父は村の見回りと村人と一緒に畑の種まきをするため家を出て行く。
残された私と母で家の掃除を手分けして行い、その後は昼食と夕食の準備に取り掛かった。
「ミリア…貴方が帰ってきてくれて助かったわ。この時期は、あの人が村の種まきに借り出されてしまうから、ひとりで家のことしなきゃで大変だったの」
私がベイカー公爵家を辞めて毎月贈っていた給金がなくなるのだから、文句のひとつも出ておかしくない。
それなのに、母からの気遣いが嬉しい。
「お母様…ごめんなさい。出来るだけ早く次の勤め先を探すから………」
「ミリア気にしないの!貴方は色々と考え過ぎよ。人間生きようと思えばどうにかなるものよ………
貴方は今まで頑張ってきたのだから少し家でゆっくりなさい。
………と言っても人手が足りないからゆっくり休んでもいられないけどね!」
………母は茶目っ気たっぷりに言う………
「………ふふふ…私もジッとしてるのは性に合わないし何でも手伝うわよ~」
私達は、野菜や肉の下処理をし夕飯の下ごしらえを終えると、二人分の軽い昼食を作りテーブルに着いた。
「お母様に聞いたことなかったけど………
何故、お母様は貧しくなる事がわかっていてウィッチ男爵家のお父様と結婚したの?」
私の母は、高位貴族である侯爵家の出身なのだ。貴族社会では珍しく父とは恋愛結婚をした。
侯爵令嬢の母と男爵家の父………
もちろん侯爵家が許すはずもなく半ば勘当状態で家を出されたと聞いたことがあった。今でも母の実家である侯爵家とは絶縁状態だ。
「そうね………あの人と結婚しなかったら一生後悔すると思ったからかしら………
あの当時ね、私には婚約者がいたの。もちろん政略結婚のための婚約者よ。それが高位貴族の世界では当たり前…
もちろん婚約者に恋愛感情なんて持ってなかった。そんな時にあの人に会ったのよ………
結婚前の最後の夜遊びのつもりだった………
街に出るのも初めてで右も左もわからなかったけどキラキラした世界に夢中になり、いつの間にか入ってはいけない地域に入ってしまっていたの。
暴漢に襲われそうになったところを、あの人に助けられた。
あの頃も貧乏男爵だったから身なりは平民と変わらない出で立ちだったのに、颯爽と現れて暴漢を殴り飛ばしたあの人は王子様みたいだった。
………あれで好きになっちゃったのよ。
それからは、誰に反対されても、あの人を追いかけたわ。最後は、家を勘当されて行く所がないってウィッチ男爵家に転がりこんだわね。
別に貧乏だって構わなかった………
今でも…あの時好きな人を選んで良かったと思うわ。
生活は大変だけど幸せだもの~」
………好きな人を選んで良かったか………
私はリドル様の顔を思い浮かべてしまった………
愛の告白を受けた時、私も受け入れれば良かったのか………
私は身分違いを理由に貴族社会の煩わしさから逃げただけだったのでは………
母のように誰に何を言われても貫き通す強さが私にあったなら変わっていたのだろうか………
「………ミリア………
自分の気持ちに正直になることも時には大切よ………」
母はどこまでわかっていたのだろう………
今の私には母の言葉が重くのしかかる………
考えても考えても答えの出ない疑問に私は考えることを放棄した。
………数日後………
ウィッチ男爵家の私宛にエリザベス様からの手紙が届けられた。
『ミリアが突然ベイカー公爵家を辞めたと聞き、とても寂しい日々を過ごしています。貴方に会いたくてたまりません。
昔のよしみでわたくしの最後のワガママを聞いてください。
ウィッチ男爵家に馬車を向かわせますので、ベイカー公爵家の領地の別宅にて二人で話しましょう。最近手に入れた小さな別宅なのでミリアも気兼ねなく来れます。わたくしの最後のお願いです。』
………私は外の玄関に横付けされた馬車を見て困惑する………
さっき手紙を受け取ったばかりだけど………
これに乗れってことよね………
私は急ぎ準備をし馬車に乗り込む………
………エリザベス様に会ったら今回の件、どう問いただそうか………
エリザベス様をとっちめる算段をツラツラと考える私を乗せ馬車は一路ベイカー公爵領へ向かった。
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