売れ残り男爵令嬢は、うたた寝王女の愛ある策略に花ひらく

湊未来

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第4章 思惑は交錯する【ルティア編】

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豊穣祭から数日、私は何事もなく穏やかな日々を送っていた。

ルカ王太子殿下からの手紙を受け取ってから、何の連絡もきていない。
きっと、レッシュ公爵家での会談の日程調整が上手くいっていないのだろう。

王太子に会いたくない私は内心ホッとしていた。

リザンヌ王国でクーデター後、一度挨拶を交わした時は、胡散臭い笑顔の美丈夫から優しい言葉をかけられ正直寒気がした。本能的に、奴は危険だと察知したのかもしれない………
きっとあの笑顔でいたいけな人々を騙す、腹の中が真っ黒な人種に違いない。

………出来れば会いたくない………


今日も穏やかに晴れた日だというのに、私は朝からレッシュ公爵家の書籍室に籠もっていた。

はぁ~本に囲まれていると落ち着く~

私はゆるゆるの顔で一冊の本を窓辺に置かれたソファに腰掛け読んでいた。

今日の読み物は、『グルテンブルク王国の美味しい下町グルメ』という本だ。
豊穣祭へ行ってから、すっかり市井のグルメに魅力されてしまった私は、下町グルメがまとめられた本を片っ端から読破している。

グルテンブルク王国のお袋の味をまとめた本や最近流行っているお菓子やレストランをまとめた本に、昔からの料理の変遷が書かれた本まで、挿絵付きで書かれたものは読みながらヨダレが垂れてきそうだった。


「そのページのレストラン知ってますよ。以前、同僚と食べに行きました。」

いつの間にか近づいて来たイアンが私の手元を覗き込む。

最近イアンは、何か調べ物をしているのか書籍室によく現れる。

なんだかリザンヌ王国の図書館の時みたいで懐かしさに嬉しくなってしまう。

「ねぇ………イアン!勝手に手元を覗き込まないでよ‼︎」

「別にいいじゃないですか………減るもんじゃないし………
ルティは最近食べ物の本ばかり読んでるね………
見るたびに、ヨダレ垂らしそうな顔してるよ。」

「………失礼ね!ヨダレなんて垂らしてないわよ‼︎‼︎」

なんだかこんな遠慮のない会話も久しぶりで嬉しい。

「それよりも、そのレストラン連れて行ってあげようか?
本当に下町レストランだからガラも悪いけど味は抜群なんだよ。
品のないレストランは、王女様はお断りかな?」

「えっ⁈連れて行ってくれるの?
ガラが悪くたって何だって行きたいわ!
イアンお願い………連れて行って。」

「かしこまりました。お姫様。
じゃあ、ディナーに行こうか。
ルティ準備しておいてね。出来るだけ、簡素なワンピースで町娘風に。」


私は自室に戻ると侍女のアンナにイアンとディナーに出掛けることを伝え、下町に行くから簡素なワンピースを探して欲しいとお願いする。

レッシュ公爵家に滞在するようになってから着実に使用人仲間を増やしていたアンナは、私と同じくらいの背格好の子から簡素なワンピースを借りてきてくれた。

クリーム色のシンプルなワンピースに茶色のベルトをして、お下げ髪に深めの帽子を被り、茶色の歩きやすいショートブーツを合わせる。

「これなら下町でも紛れて大丈夫そうですね。………でも、イアン様と一緒って言うだけで目立ちそうですけどねぇ~」

「………確かに………女性のわたくしを見る目が怖いわ………」



夕方になり、エントランスでシンプルなシャツにパンツを合わせたイアンと合流し、馬車で街へ向かう。

馬車から降りた私達は、本に載っていたレストランを目指して下町を歩く。

路地の両側に建ち並ぶ小さなお店の列を見ているだけで心がワクワクする。狭く入り組んだ路地を歩いていくとそこかしこから、美味しそうな匂いが漂ってきてお腹が空いてくる。

『グゥー』

我慢出来なくなった私のお腹が盛大に鳴ってしまう………

「………ふふっ………ルティもう少しでお店着くから………ふふふ………」

「………」

顔を真っ赤にした私は、肩を震わせて笑うイアンに手を繋がれお店に向かう。

………そんなに笑わなくても………


お目当てのお店に入った私は中の光景を見て入口で絶句してしまった。

広くない店には長いテーブルが二列並び、丸椅子がテーブルの両側に雑然と並べられ、筋骨隆々の男や妖艶な美女や髭面の男やヒョロっとした若者など………沢山の人が大きなカップに入ったお酒らしきものを呑みながら大騒ぎしている。大声で交わされる言葉の応酬に私はその場から動けなくなっていた。

「ルティ、大丈夫?あっちの端に席が空いたので行くよ!」

私は、イアンに手をひかれ何とか席に着くことが出来た。

席に着き少し落ち着くと周りを見る余裕も出てくる。
本当に色々な人がいるのね………
雑多な店内にひしめき合う人々の声にお酒や美味しそうな料理の匂い………
ここにいる人達は私が王女だなんて知らない。ただのルティアとしてこの場所にいる解放感に満たされる。
初めて実感出来る『自由だ~』という感覚は特別なものだった。


「ルティ…美味しそうな料理適当に頼むけど大丈夫?あと飲み物はエールでいい?」

「料理はよく分からないしイアンに任せるわ。エールって何?」

「みんなが呑んでる酒だよ。発砲果実酒だよ。甘めのエールもあるけどそれにする?」

「………じゃあ甘めのエールで。」

しばらく待っていると恰幅のいい女将さんが料理とエールを運んでくる。

「待たせたね!これはめったに見れない美丈夫の兄ちゃんに可愛い嬢ちゃんのカップルかい‼︎初々しくていいねぇ~
たんと食べてってくれ‼︎‼︎」

目の前に並べられる料理の数々にビックリする。大雑把に盛られた料理の皿からは湯気が立ち上り食欲をそそる美味しそうな匂いがしている。

「これが骨つき肉を焼いてハニーマスタードを塗ったもので、付け合わせは緑豆の塩炒めかな。こっちは、魚介をトマトで煮たスープで、それはインゲン豆を茹でて、魚の塩漬けとオイルで和えたサラダに………まぁ、食べた方が早いね。
ルティ食べてみなよ。」

私が骨つき肉をどう食べていいか迷っていると、イアンは肉を直接手で掴みかじりついた。

あまりのワイルドな食べ方にビックリしている私に、イアンが肉を差し出す。

「食べてみなって………」

私は恥ずかしいのを耐え、イアンが差し出す肉にかぶりつく。

途端に、甘酸っぱくてちょっぴりピリッとした香ばしい肉の味が口の中に広がる………

「………美味しい………」

「気に入ったみたいで良かった。」

思わずイアンを見つめてしまった私にイアンの笑顔が飛び込んでくる………

屈託なく笑うイアンの笑顔に私の胸がキュンとなる。

私は誤魔化すようにエールを飲み干してしまった。

「ルティ‼︎エールをそんな急に呑んだら危ないよ‼︎‼︎………大丈夫?」

「大丈夫大丈夫!美味しそう~食べよう♪」

私は、目の前の美味しい料理に満足しながら、頭がフワフワしてくるのを感じていた。
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