37 / 92
第4章 思惑は交錯する【ルティア編】
5
しおりを挟む豊穣祭から数日、私は何事もなく穏やかな日々を送っていた。
ルカ王太子殿下からの手紙を受け取ってから、何の連絡もきていない。
きっと、レッシュ公爵家での会談の日程調整が上手くいっていないのだろう。
王太子に会いたくない私は内心ホッとしていた。
リザンヌ王国でクーデター後、一度挨拶を交わした時は、胡散臭い笑顔の美丈夫から優しい言葉をかけられ正直寒気がした。本能的に、奴は危険だと察知したのかもしれない………
きっとあの笑顔でいたいけな人々を騙す、腹の中が真っ黒な人種に違いない。
………出来れば会いたくない………
今日も穏やかに晴れた日だというのに、私は朝からレッシュ公爵家の書籍室に籠もっていた。
はぁ~本に囲まれていると落ち着く~
私はゆるゆるの顔で一冊の本を窓辺に置かれたソファに腰掛け読んでいた。
今日の読み物は、『グルテンブルク王国の美味しい下町グルメ』という本だ。
豊穣祭へ行ってから、すっかり市井のグルメに魅力されてしまった私は、下町グルメがまとめられた本を片っ端から読破している。
グルテンブルク王国のお袋の味をまとめた本や最近流行っているお菓子やレストランをまとめた本に、昔からの料理の変遷が書かれた本まで、挿絵付きで書かれたものは読みながらヨダレが垂れてきそうだった。
「そのページのレストラン知ってますよ。以前、同僚と食べに行きました。」
いつの間にか近づいて来たイアンが私の手元を覗き込む。
最近イアンは、何か調べ物をしているのか書籍室によく現れる。
なんだかリザンヌ王国の図書館の時みたいで懐かしさに嬉しくなってしまう。
「ねぇ………イアン!勝手に手元を覗き込まないでよ‼︎」
「別にいいじゃないですか………減るもんじゃないし………
ルティは最近食べ物の本ばかり読んでるね………
見るたびに、ヨダレ垂らしそうな顔してるよ。」
「………失礼ね!ヨダレなんて垂らしてないわよ‼︎‼︎」
なんだかこんな遠慮のない会話も久しぶりで嬉しい。
「それよりも、そのレストラン連れて行ってあげようか?
本当に下町レストランだからガラも悪いけど味は抜群なんだよ。
品のないレストランは、王女様はお断りかな?」
「えっ⁈連れて行ってくれるの?
ガラが悪くたって何だって行きたいわ!
イアンお願い………連れて行って。」
「かしこまりました。お姫様。
じゃあ、ディナーに行こうか。
ルティ準備しておいてね。出来るだけ、簡素なワンピースで町娘風に。」
私は自室に戻ると侍女のアンナにイアンとディナーに出掛けることを伝え、下町に行くから簡素なワンピースを探して欲しいとお願いする。
レッシュ公爵家に滞在するようになってから着実に使用人仲間を増やしていたアンナは、私と同じくらいの背格好の子から簡素なワンピースを借りてきてくれた。
クリーム色のシンプルなワンピースに茶色のベルトをして、お下げ髪に深めの帽子を被り、茶色の歩きやすいショートブーツを合わせる。
「これなら下町でも紛れて大丈夫そうですね。………でも、イアン様と一緒って言うだけで目立ちそうですけどねぇ~」
「………確かに………女性のわたくしを見る目が怖いわ………」
夕方になり、エントランスでシンプルなシャツにパンツを合わせたイアンと合流し、馬車で街へ向かう。
馬車から降りた私達は、本に載っていたレストランを目指して下町を歩く。
路地の両側に建ち並ぶ小さなお店の列を見ているだけで心がワクワクする。狭く入り組んだ路地を歩いていくとそこかしこから、美味しそうな匂いが漂ってきてお腹が空いてくる。
『グゥー』
我慢出来なくなった私のお腹が盛大に鳴ってしまう………
「………ふふっ………ルティもう少しでお店着くから………ふふふ………」
「………」
顔を真っ赤にした私は、肩を震わせて笑うイアンに手を繋がれお店に向かう。
………そんなに笑わなくても………
お目当てのお店に入った私は中の光景を見て入口で絶句してしまった。
広くない店には長いテーブルが二列並び、丸椅子がテーブルの両側に雑然と並べられ、筋骨隆々の男や妖艶な美女や髭面の男やヒョロっとした若者など………沢山の人が大きなカップに入ったお酒らしきものを呑みながら大騒ぎしている。大声で交わされる言葉の応酬に私はその場から動けなくなっていた。
「ルティ、大丈夫?あっちの端に席が空いたので行くよ!」
私は、イアンに手をひかれ何とか席に着くことが出来た。
席に着き少し落ち着くと周りを見る余裕も出てくる。
本当に色々な人がいるのね………
雑多な店内にひしめき合う人々の声にお酒や美味しそうな料理の匂い………
ここにいる人達は私が王女だなんて知らない。ただのルティアとしてこの場所にいる解放感に満たされる。
初めて実感出来る『自由だ~』という感覚は特別なものだった。
「ルティ…美味しそうな料理適当に頼むけど大丈夫?あと飲み物はエールでいい?」
「料理はよく分からないしイアンに任せるわ。エールって何?」
「みんなが呑んでる酒だよ。発砲果実酒だよ。甘めのエールもあるけどそれにする?」
「………じゃあ甘めのエールで。」
しばらく待っていると恰幅のいい女将さんが料理とエールを運んでくる。
「待たせたね!これはめったに見れない美丈夫の兄ちゃんに可愛い嬢ちゃんのカップルかい‼︎初々しくていいねぇ~
たんと食べてってくれ‼︎‼︎」
目の前に並べられる料理の数々にビックリする。大雑把に盛られた料理の皿からは湯気が立ち上り食欲をそそる美味しそうな匂いがしている。
「これが骨つき肉を焼いてハニーマスタードを塗ったもので、付け合わせは緑豆の塩炒めかな。こっちは、魚介をトマトで煮たスープで、それはインゲン豆を茹でて、魚の塩漬けとオイルで和えたサラダに………まぁ、食べた方が早いね。
ルティ食べてみなよ。」
私が骨つき肉をどう食べていいか迷っていると、イアンは肉を直接手で掴みかじりついた。
あまりのワイルドな食べ方にビックリしている私に、イアンが肉を差し出す。
「食べてみなって………」
私は恥ずかしいのを耐え、イアンが差し出す肉にかぶりつく。
途端に、甘酸っぱくてちょっぴりピリッとした香ばしい肉の味が口の中に広がる………
「………美味しい………」
「気に入ったみたいで良かった。」
思わずイアンを見つめてしまった私にイアンの笑顔が飛び込んでくる………
屈託なく笑うイアンの笑顔に私の胸がキュンとなる。
私は誤魔化すようにエールを飲み干してしまった。
「ルティ‼︎エールをそんな急に呑んだら危ないよ‼︎‼︎………大丈夫?」
「大丈夫大丈夫!美味しそう~食べよう♪」
私は、目の前の美味しい料理に満足しながら、頭がフワフワしてくるのを感じていた。
2
お気に入りに追加
721
あなたにおすすめの小説

思い出してしまったのです
月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。
妹のルルだけが特別なのはどうして?
婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの?
でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。
愛されないのは当然です。
だって私は…。

私が妻です!
ミカン♬
恋愛
幼い頃のトラウマで男性が怖いエルシーは夫のヴァルと結婚して2年、まだ本当の夫婦には成っていない。
王都で一人暮らす夫から連絡が途絶えて2か月、エルシーは弟のような護衛レノを連れて夫の家に向かうと、愛人と赤子と暮らしていた。失意のエルシーを狙う従兄妹のオリバーに王都でも襲われる。その時に助けてくれた侯爵夫人にお世話になってエルシーは生まれ変わろうと決心する。
侯爵家に離婚届けにサインを求めて夫がやってきた。
そこに王宮騎士団の副団長エイダンが追いかけてきて、夫の様子がおかしくなるのだった。
世界観など全てフワっと設定です。サクっと終わります。
5/23 完結に状況の説明を書き足しました。申し訳ありません。
★★★なろう様では最後に閑話をいれています。
脱字報告、応援して下さった皆様本当に有難うございました。
他のサイトにも投稿しています。

【完結】【番外編追加】お迎えに来てくれた当日にいなくなったお姉様の代わりに嫁ぎます!
まりぃべる
恋愛
私、アリーシャ。
お姉様は、隣国の大国に輿入れ予定でした。
それは、二年前から決まり、準備を着々としてきた。
和平の象徴として、その意味を理解されていたと思っていたのに。
『私、レナードと生活するわ。あとはお願いね!』
そんな置き手紙だけを残して、姉は消えた。
そんな…!
☆★
書き終わってますので、随時更新していきます。全35話です。
国の名前など、有名な名前(単語)だったと後から気付いたのですが、素敵な響きですのでそのまま使います。現実世界とは全く関係ありません。いつも思いつきで名前を決めてしまいますので…。
読んでいただけたら嬉しいです。

義妹が大事だと優先するので私も義兄を優先する事にしました
さこの
恋愛
婚約者のラウロ様は義妹を優先する。
私との約束なんかなかったかのように…
それをやんわり注意すると、君は家族を大事にしないのか?冷たい女だな。と言われました。
そうですか…あなたの目にはそのように映るのですね…
分かりました。それでは私も義兄を優先する事にしますね!大事な家族なので!

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。
木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。
因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。
そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。
彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。
晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。
それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。
幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。
二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。
カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。
こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

少し先の未来が見える侯爵令嬢〜婚約破棄されたはずなのに、いつの間にか王太子様に溺愛されてしまいました。
ウマノホネ
恋愛
侯爵令嬢ユリア・ローレンツは、まさに婚約破棄されようとしていた。しかし、彼女はすでにわかっていた。自分がこれから婚約破棄を宣告されることを。
なぜなら、彼女は少し先の未来をみることができるから。
妹が仕掛けた冤罪により皆から嫌われ、婚約破棄されてしまったユリア。
しかし、全てを諦めて無気力になっていた彼女は、王国一の美青年レオンハルト王太子の命を助けることによって、運命が激変してしまう。
この話は、災難続きでちょっと人生を諦めていた彼女が、一つの出来事をきっかけで、クールだったはずの王太子にいつの間にか溺愛されてしまうというお話です。
*小説家になろう様からの転載です。

あ、すみません。私が見ていたのはあなたではなく、別の方です。
秋月一花
恋愛
「すまないね、レディ。僕には愛しい婚約者がいるんだ。そんなに見つめられても、君とデートすることすら出来ないんだ」
「え? 私、あなたのことを見つめていませんけれど……?」
「なにを言っているんだい、さっきから熱い視線をむけていたじゃないかっ」
「あ、すみません。私が見ていたのはあなたではなく、別の方です」
あなたの護衛を見つめていました。だって好きなのだもの。見つめるくらいは許して欲しい。恋人になりたいなんて身分違いのことを考えないから、それだけはどうか。
「……やっぱり今日も格好いいわ、ライナルト様」
うっとりと呟く私に、ライナルト様はぎょっとしたような表情を浮かべて――それから、
「――俺のことが怖くないのか?」
と話し掛けられちゃった! これはライナルト様とお話しするチャンスなのでは?
よーし、せめてお友達になれるようにがんばろう!

片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜
橘しづき
恋愛
姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。
私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。
だが当日、姉は結婚式に来なかった。 パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。
「私が……蒼一さんと結婚します」
姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる