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第1章 男爵令嬢困惑編
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しおりを挟む~リドル視点~
………やってしまった………
俺は、引っ叩かれた頬を触りながらため息を吐いた。
まさか泣かせてしまうとは………
必死に俺を起こそうとするミリアが可愛くて、出来心で布団の中に引っ張り込んでしまった。
ちょっとした悪戯心でキスまで仕掛けてしまったが………
あの勝気なミリアが泣くとは思わなかった。
まさか………初めてだったのか?
ミリアとは、乳兄妹ということもあり物心ついた時から一緒にいた。
本当の母親の愛情を知らずに育った俺は、乳母の実の子供だったミリアが嫌いだった。
実の子供というだけで、無条件に乳母に愛されているミリアが大嫌いだったのだ。
俺は、公爵子息という立場を最大限に利用し、乳母をよく独り占めしようとしたが、ミリアも負けてなかった。
勝気なミリアは、俺が公爵子息であろうと関係なく口喧嘩。足りなければ取っ組み合いの喧嘩をよくしていた。
女の癖に、俺に盾つくミリアが心底嫌いだった。
そんなミリアとの関係が大きく変わった出来事があった。
俺は使用人の心ない立ち話を聞いてしまったのだ。
『リドル様の本当の母親は、公爵夫人じゃないらしいわよ………
だって、公爵夫人はエリザベス様しか愛していないじゃない。
どうも身体の弱かった公爵夫人には、赤ちゃんは難しいと言われていて、後継ぎを確保するためだけに、公爵様が外で拵えたお子様らしいわよ。』
俺にとっては衝撃だったが、母上がエリザベスにしか興味がない理由として、すんなり理解することも出来た。
だが、8歳の俺には納得なんて出来ず、行きたくても絶対に行かなかった母上の部屋の前に気づいたら立っていた。
ダメ元で、扉を叩いてみたが一切返事がない………
やっぱりかという思いと悲しみで扉の前でしゃがみ込んで泣いていた。
そんな場面を一番見られたくないミリアに見つけられてしまった。
そのまま放っておいてくれたら良かったのに、あろうことか近づいて来て、泣いている理由を問いただす。
天敵のミリアにだけは知られまいと頑なにくちを割らない俺にキレたのか、いきなり引っ叩きやがった。
色々なショックから、放心状態だった俺はつい本音をポロっと零してしまった。
『母上に会いたいと………』
たぶんミリアも知っていたのだと思う。
母上が俺と会おうとしないことを………
ミリアは、俺を退かすと問答無用で扉を蹴破った。
8歳の子供がまさか扉を蹴破れるとは思わなかったが、山育ちのアイツなら十分にあり得る………
俺との喧嘩は、ミリアの方が強かったからなぁ………
俺を引きずり、室内にいた母上を見つけたミリアは………
『自分の子供が部屋の外で泣いているのに何もしない母親なんて最低だ』
と啖呵を切った。
俺ですら信じていなかった、母上と俺は本当の親子であるという事実をミリアは信じている事が衝撃だった。
部屋に置き去りにされた俺は勇気を出し、俺は誰の子なのか。母上は俺を愛していないのか泣きながら問いただした。
母上は、俺の話に衝撃を受け今までの事を真摯に謝り、俺を抱きしめてくれた。
俺はもちろん母上の子供だということ。
会おうとしなかったのは、ベイカー公爵家の大切な後継ぎとして身体の弱い自分に関わることで、何か問題が起きては不味いとの考えからだった。
あの時母上は、自分の死期を悟っていたのだと思う………
母上が亡くなるまでの2年間………
エリザベスと共に母上と過ごした日々は愛情に満ち足りていた幸せな日々だった。
あの時、ミリアが行動を起こさなければ、あの幸せな日々は来なかった。
俺を背に啖呵を切るミリア………
小さい頃から変わらない………
筋の通った真っ直ぐな性格に、思いやりのある心………
………俺の初恋の人………
………はぁ………何をやっているんだか………
恋を知ったばかりのガキじゃあるまいし………
俺は、父上からの命令もありベイカー公爵家の諜報活動も担っている。
ベイカー公爵家所有の貴族クラブの従業員のレディやボーイから得た情報を元に、ターゲットとなる貴族の夫人や令嬢に近づき情報を得るのが俺のやり方だが………
社交界の令嬢達を虜に出来る俺が、好きな相手にはあんな態度しか取れないとは………情けなさ過ぎる。
俺から希望してミリアを侍女に付けてもらったが、最悪だ。
さて………どうするか………
俺は頭を抱えて布団に突っ伏した。
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