【R18】わたしが悪女をやめた理由〜欲望を宿し瞳に囚われて

湊未来

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清廉なる悪女 ②

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「レベッカ、下ろすよ」

 エリアスの腕の中、どれくらいの時間が過ぎただろうか。優しい声に顔をあげたレベッカは目の前に広がる光景に息をのむ。
 真っ青に染められた花の絨毯の真ん中に建つ白い墓標が、月あかりに照らされキラキラと輝く。その幻想的な光景にレベッカは感嘆のため息をこぼした。

 ゆっくりと青い花畑の中へと降ろされ、フワッと薫った香りは嗅ぎ慣れたもの。甘く、爽やかな香りは恋する人を思い起こさせ、胸を切なく痛ませる。

「精果草の花……、こんなにあるなんて……」

「母が好きだったんだ。小さくて、可憐で、でも強い花。道端に咲く、この花が母はどんな花よりも好きだったんだよ」

「じゃあ、あの墓標は、お母さまの?」

「あぁ。第二王子宮の最深部、ここは母が大好きな場所だった。今は、俺以外誰も来なくなってしまったけどね」

 青い花が揺れる霊廟からは美しい星々が見える。きっと、朝には美しい青空が見え、暖かな陽の光が差し込むのだろう。
 こんなに美しい場所なのに、エリアス以外には誰も来ない。

 静まり返った第二王子宮を思い出し、レベッカの心に憐れみにも似た不思議な感覚が込み上げる。

「お母さまは、寂しく思っているのかしらね」

「たぶんな。だけど、今夜レベッカを連れて来ることが出来た。きっと喜んでいるよ」

「えっ? それって、どういう意味……」

 エリアスの言葉に思わず振り仰いだレベッカの時間が止まる。深く澄んだ藍色の瞳に囚われ、切なくも甘い視線にさらされ、身動きが取れない。

「レベッカ、お願いだ。どうか俺と共に、これからの人生を歩んで欲しい」

 レベッカの左手を握ったエリアスが、その場へと片膝をつき薬指にキスを落とす。
 まるでプロポーズをされているかのような光景がゆっくりと脳内を回り、レベッカを混乱させる。

 エリアスの言葉の意味がわからない。
 だって、彼が私に近づいたのは目的を果たすため。そこに、恋だの愛だのという感情はない。エリアスの心にいるのは、ロッキン公爵令嬢だけなのだ。

 レベッカの心に巣食う疑心暗鬼が、エリアスの手を振り払えとそそのかす。

「嘘よ。もう、騙されないんだから。エリアス、あなたの心に私はいない。今度は、何を企んでいるの!?」

 レベッカは心のままに叫び、エリアスの手を振り払う。

 今までずっと抱えていた不安や疑念。そして、絶望と悲しみが堰を切って流れ出した。

「初めから私を利用する目的で近づいたんでしょ! 本当は『欲』を満たすのに私じゃなくたって良かった。精果草の事件だってシャロン男爵家を疑っていたのよね。だから、私を利用して証拠をつかもうとした。違う!?」

「それは、違う! シャロン男爵家を疑っていたからレベッカに近づいたんじゃない!」

「嘘、言わないで!! 聞いたんだから! 第二王子宮で王太子殿下と話しているのを。身内に近づくのが一番手っ取り早いんでしょ!!!!」

 エリアスが息をのむ。それが答えだった。

 レベッカはエリアスに背を向け、青い花畑の中へと疼くまる。漏れそうになる嗚咽を必死に耐えることしか出来ない。

 もう、これ以上傷つきたくない。
 しかし、『エリアスを信じて』と叫ぶ声が心の奥底から響く。

「レベッカ、言い訳でしかないけど……、王太子に言った言葉は本心ではない」

 聞きたくないと首を横に振るが、エリアスの言葉は止まらない。

「レベッカ、聞いて欲しい。以前、俺は君に『家族と呼べるのは母しかいない』と言ったことを覚えている? あの言葉は、嘘偽りない本心から出た言葉なんだ」

 エリアスは言葉を選ぶように話しだす。母の死と父王との確執、そして第二王子でありながらウォール伯爵を名乗るようになった経緯いきさつを。

「俺にとって王族は家族ではないんだ。父王からは疎まれ、王妃からは命を狙われ、第二王子宮に居ても心休まる時などない。もちろん、王太子もそうだ。敵意を向けられることはないが、味方でもない。いつ裏切られるかもわからない状況で、本心を言うほど俺も馬鹿じゃない」

 裏切り、裏切られ、命すら狙われる。
 エリアスにとって王族は家族ではなく敵でしかないのだ。己のテリトリーである第二王子宮でさえ、安心出来る場所ではない。
 神経をすり減らす日々の中、本心を隠し生きていくことが当たり前になる。

 そんなの悲しすぎる。

 エリアスの苦悩を思いレベッカの心が揺れ動く。

「確かに、レベッカに近づいたのは利用するためだった。だけど会えば会うほどに惹かれていった。悪女と言われてなお損なわれない凛とした美しさに。家族を想い夢を捨て尽くす健気で優しい心に。そして、己の信念に従い突き進む行動力と強さに。好きな理由をあげれば切りがない。レベッカの全てに惹かれているんだ」

 一つ一つ、丁寧に紡がれる言葉がレベッカの心に降り積もる。しかし、好きを重ねれば重ねるほど、愛する人が離れていった過去が、レベッカの心を蝕みエリアスを信じるなと頭の中で警鐘を鳴らす。

「……嘘よ。だって、エリアスは私を拒絶したじゃない!」

 レベッカの言葉にエリアスが押し黙る。それがすべての答えのようで、心がじくじくと痛み、血を流す。
 精果草の解毒薬が完成すると同時にエリアスはレベッカを拒絶した。それは消しようのない事実なのだ。それをエリアスもわかっている。だから、言葉を紡ぐことができなくなった。

「もう、私はエリアスのことを信じることができない。あなたの想いを信じたいと思う。でも、傷つけられた過去がそれを許さない。また、騙されるんじゃないかって、疑心暗鬼のままエリアスの側にはいられないの」

 レベッカは、ふらりと立ち上がると霊廟の入り口へと足を踏み出す。
 これ以上、傷つきたくない。それが、レベッカの答えだった。

 ゆらり、ゆらりと扉へと歩みを進める。
 これで、本当にエリアスとお別れなんだ。

 呆然と立ち尽くすエリアスの横をすぎた瞬間、霊廟へと吹き込んだ風が流れる涙をさらい舞上げる。暖かく清らかな風が、青い花の香りでレベッカを包み、甘くて、切なく、そして幸せな記憶を甦らせる。

 家族のためと、不本意な婚約を受け入れたことで始まった鬱屈とした日々。エリアスとの出会いは、あきらめかけた心に差し込んだ一筋の光そのものだった。

 彼がいたからこそ、自分らしくいようと思えた。そして、夢をあきらめなくてもいいのだと希望を持つことが出来た。

 エリアスはレベッカの全てを認めてくれたのだ。

 このお転婆な性格も。すぐ、カッとなるところも。有り余る行動力と思い込みさえも、笑って見守ってくれていた。

 エリアスの隣りにいる時は、呼吸が楽にできた。
 自分を偽る必要もなく、ありのままの自分でいられる。

 もう、こんな奇跡みたいな出会い、きっとない。

 なにを躊躇うことがあるのだろうか。
 また、だまされるのが怖い?

 このままエリアスの手を取らなければ、幼い頃からの夢は叶う。
 隣国を渡り歩き、薬草にまみれ、研究に没頭し、煩わしい貴族社会ともさよなら出来る。
 それは夢にまでみた明るい未来だ。

 ただ、心の奥底から叫ぶ声がする。

――――それは逃げではないのか、と。

 今、逃げ出せば、これ以上傷つくことはないのかもしれない。ただ、この先ずっと後悔だけは残る。
 エリアスの手を放した後悔は、一生消えない。
 そんな確信めいた想いが、心から疑心暗鬼を消し去っていく。

 レベッカの足が止まりゆっくりと振り返る。視界には、青い花畑にジッとたたずむ愛しい人が写る。

 エリアスの手を取るのは怖い。
 また、だまされるぞと叫ぶ声が頭に響く。
 だけど、レベッカは一歩を踏み出した。

 一歩、一歩と青い花畑の中をエリアスへと向かい歩みを進める。

 だまされたっていいじゃない。エリアスにどんな思惑があろうと関係ない。彼の心に誰がいようと関係ない。

 私の望みはなに?
 エリアスと共に歩む人生を夢みたんじゃないの!
 レベッカ! なにを迷っているの! 
 エリアスの手をつかみなさい!!

 疑心暗鬼に囚われていた心が解放され、あふれ出したのは、エリアスを『愛している』という純粋な想いだけだった。

「エリアス様。どんな理由があったにせよ、私の心を傷つけたことは許せません。だから、一発殴らせてください!」

 目の前に立つエリアスが一瞬驚きの表情を見せるが、何も言わず目を閉じる。

(甘んじて罰を受ける気はあるようね)

「おもいっきり殴りますので、歯を食いしばってください。それでは、いきますよ!」

 悪戯な笑みを浮かべたレベッカは、スッと背伸びをすると、固く目を閉じたエリアスの頬を両手で包みキスを落とした。

「エリアス様、これが私の答えです」

 驚きからか目を開けたまま固まっているエリアスに、レベッカは『してやったり』と笑う。

 これで少しは仕返し出来たかしら。

 これからは、やられっぱなしではない。この先、エリアスに泣かされることもあるだろう。今以上に傷つくこともあるかもしれない。でも、心に決めたのだ。

 もう一生、エリアスの手を放さないって。

「レベッカ……、えっと……、答えって?」

「もう、なんでこんな時だけ鈍感なんですか!? 謹んでお受けしますわ、エリアス様の愛を」

「そ、それは……、俺のプロポーズを受けてくれるということ?」

「えぇ、そうです。その代わり、お覚悟なさいませ! もう一生、エリアス様の手を放しませんから!!」

 最後の言葉は、エリアスに唇を奪われ消える。青い花畑の中、レベッカを抱き上げエリアスがクルクルと回る。それはまるで、彼の私室に飾られた、青い花畑で躍る少女の絵のように幻想的な光景を浮かび上がらせた。
 飽きもせずクルクルと回る二人の顔には晴れやかな笑顔が浮かぶ。そして、そんな二人を祝福するかのように、霊廟内に一瞬吹き込んだ強い風が、青い花びらを舞いあげた。
 
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