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醜い感情
しおりを挟む上気した頬に、荒い呼吸。そして、時折り苦しげにうめく姿は、普段のセインとはかけ離れている。
金色に輝く瞳を見つめ、レベッカの頭に最悪のシナリオが巡った。
「では、役者もそろったことだ。本題に入ろうではないか。レベッカ、君に復讐の機会を与えよう」
残忍な笑みを浮かべるメイナードの様子にレベッカの喉が鳴る。精果草の急性症状は、耐えがたいほどの性衝動。檻に囚われている時点で、次に起こるであろうことは想像出来る。
レベッカと同じように檻に入れられていれば、普通の令嬢なら恐怖で発狂するだろう。己の貞操が危機にさらされているのだ、精神が疲弊してもおかしくはない。しかし、レベッカは冷静だった。
ニタニタと不穏な笑みを浮かべ、ギラついた目で己を見るメイナードの言葉を、レベッカは静かに待つ。
「いやに冷静だな。まぁ、いい。レベッカ、君は己の立場にずっと不満を抱いてきた。悪女と罵られ、社交界に居場所はない。本来であれば、味方になるはずの新興貴族の令嬢にすら、ニールズ伯爵子息と婚約したことで敵視されるようになった。その裏で、この男はレベッカの悪評を使い、己の株をあげようと画策した。違うかい?」
「違うもなにも、その通りよ。だから何だっていうの。精果草の事件が明るみに出るのは時間の問題だわ。あなたが私をガウェイン侯爵家へと導いたのが何よりの証拠だわ。どうせ、侯爵に全ての罪をかぶせ隣国に逃げるつもりなんでしょ」
「さすがレベッカだ。王家が動き出した今、さっさととんずらするに限る。まぁ、すべてが明るみに出る頃にはカルマン帝国が関わった証拠は全て消えているがな。メイナードという男が、この国にいた証拠と共にな」
やはり想像した通りだ。
ガウェイン侯爵は、全てを闇に葬り去るための餌に過ぎない。メイナードも、カルマン帝国にも精果草事件の責を問うことは出来ないのだ。
レベッカが追求出来るのはここまで。精果草の事件は、たかが男爵令嬢がどうこう出来る範疇を超えてしまったのだ。
自分の手で解決したかったという想いが、レベッカの心に悔しさを募らせる。
だからこそ、メイナードの思惑通りにはならないと、レベッカは固く心に刻む。
「そう、あなたの存在事態が消えるのね。せいせいするわ」
悪態を吐き捨て、そっぽを向くレベッカの態度に、メイナードが心底おかしいとでも言うように笑う。
「あぁぁ、本当残念でならないよ。気の強い女は良い。ただ、この話を聞いてもレベッカは、あの二人を許すことが出来るかな?」
メイナードがガラス越しのロジャー侯爵令嬢を指さす。
「どうして、あの女はあんな格好をしているのか? シュミーズ一枚の姿。想像は出来るはずさ」
「何が言いたいのよ!」
「はっ、ロジャー侯爵令嬢は、ニールズ伯爵とお楽しみのところを拉致して来たのさ。実に貞操観念のゆるい令嬢のようでね、侯爵令嬢という立場を利用して、様々な男と情事を重ねていたようだ。レベッカを阿婆擦れと蔑み噂を流し、そこにいる男と一緒に楽しんでいた。おおかた、バーキン伯爵令嬢を焚きつけ、ロッキン公爵家の茶会で恥をかかせたのも、裏でその女が操っていたんだろうな」
予想はしていた。
婚約者がいながら、他の女とセインは浮気をしているだろうと。しかし、彼に想いはなくとも長年の裏切りを他人の口から聞くのは正直つらい。しかも、浮気をしていた者たちと顔を合わせている現実が、嫌でもレベッカの神経を逆なでする。
「レベッカ、君の心を散々傷つけて来た者たちに復讐をしたいと思わないかい?」
メイナードの言葉が甘い毒となり、心を蝕んでいく。
「俺の手を取るなら復讐の機会を与えよう」
「復讐の機会?」
「あぁ、そこにいるニールズ伯爵子息をあの女の檻へと放り込む。タガが外れて獣と化した恋人でも、あの女は受け入れることが出来るのか? 見ものだと思わないか? まぁ、君の婚約者とは遊びだったようだし、阿鼻叫喚の地獄絵図が広がると思うがな」
「では、メイナード、あなたの手を取らなければどうなるのかしら?」
「くくく、俺の手を拒否するなら、そいつをレベッカの檻に放り込むだけさ」
「そう……」
やはりセインを連れて来たのは、レベッカへと脅しをかける目的か。
(違うはね、私の復讐心を利用するためね)
レベッカは鎖に繋がれうなり声をあげる己の婚約者へと視線を投げ、心が凪いでいることに気づく。
セインに対し怒りの感情がないわけではない。浮気相手と陰で逢瀬を重ね自分を嘲笑っていたかと思うと腹立たしい。
ただ、それだけなのだ。
もし少しでも彼に対して恋心があったなら、二人のことを許せなかっただろう。でも、セインには恋心もなければ未練すらない。彼が誰と浮気しようが心は全く傷まない。
これがエリアスなら話は別だ。振られたというのに、エリアスとロッキン公爵令嬢が抱き合っている姿を想像するだけで、腑が煮えくりかえるほどの嫉妬にかられてしまう。
(ここに囚われているのがエリアスだったら、私はメイナードの手を取っていたわね)
レベッカは胸元で光るペンダントトップを握りしめ覚悟を決める。
「私の嫉妬心を煽りたかったのでしょうけど、お生憎さま。何を提示されたって、メイナード、あなたの手を取ることだけはしないわ」
「そうか……、残念だが仕方ない。檻の中で己の選択を後悔するんだな」
冷え冷えとしたメイナードの声が響き、無情にもレベッカの檻へと獣と化したセインが入れられたのだった。
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