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エリアス視点
しおりを挟む「母さん、また俺はあなたに助けられたんですね」
青い花畑の中心に建つ真っ白な墓石を前にエリアスは、亡き母に語りかける。
一度目は落ちた湖から救ってくれた。そして二度目は、母が好きだった青い花に命を救われた。
死してなお、息子を守る母の意志を感じエリアスの目に涙が浮かぶ。
子供のように無邪気で、周りを明るく照らす太陽のように朗らかな人だった。しかし、曲がったことが嫌いで、一本筋の通った正義感あふれる人でもあった。
困り果てている人がいれば自ら助け、悲しみにくれている人がいれば、抱きしめ一緒に泣く。
性別も、年齢も、地位さえも関係なく分け隔てなく手を差し伸べることが出来る人。それが、母だった。
頭の中で母の顔とレベッカの顔が重なり消えていく。
絶体絶命の中、突如現れたレベッカが刺客へと放った蹴りがエリアスの脳に鮮烈な記憶を刻んだ。
脚への執着がただのトリガーであると気づかないほどに鮮明に残った記憶が、レベッカを欲する気持ちを覆い隠した。
今やっと理解した。
どうして、レベッカでなければ『欲』が満たされなかったのか。
人のために嘆き悲しみ、人のために危険に飛び込むことを恐れず、人のために死を選ぶことを厭わない。
人のために自分を犠牲に出来る女性。
レベッカでなければ、『欲』は満たされない。
己が欲する女性、レベッカ――――、だからこそ手放さなければならない。
レベッカには夢がある。
第二王子の伴侶という檻に閉じ込めるべき存在ではない。そんなこと、充分わかっている。しかし、心が納得しない。
レベッカを思い浮かべるだけで切ないほどに胸が痛み、彼女と歩む未来をどうしても捨てきれない。
「身勝手だな……」
ぽつり呟いた言葉が静けさに包まれた霊廟に響き消えていく。美しい真っ白な支柱に囲まれた霊廟内からは、雲一つない青空が見える。
この霊廟に花を手向ける者も少なくなった。
側妃が住まう離宮は静まり、母の死から数十年、沈黙を保ち続けている。
主人をなくした離宮は滅びゆく存在。危うい己の立場と同じように、いつか消えてなくなるのだろう。
第二王子が消え去れば、無用な争いは避けられる。
(まぁ、父王に疎まれている俺に誰も期待などしないか……)
父王の冷たい眼差しを思い出し、胸がズキリと痛む。
寵愛していた側妃の死の原因となった自分を父王は、生涯許すことはないだろう。
目に入れるのも不快とばかりに、母の実家であるウォール伯爵家へと追いやったのだ。
母の喪が明けたあの日、謁見の間に呼び出され告げられた言葉を今も覚えている。
父王にとって俺は、愛する女性を殺した憎き相手でしかない。そう思い知ったあの日、家族と呼べるのは母のみになった。
あの日以来、父王とは会っていない。
父王も、王妃も、そして第一王子も、自分にとっては家族ではなく、敵でしかない。
王位継承権を放棄し、すべての関係を断ち切りたいと考えるほどに、王家は悪でしかないのだ。
ただ、第二王子という立場がそれを許さない。
「俺は、籠の鳥か……」
ウォール伯爵として認知されている限り、第二王子という肩書きは足枷としかならず、いずれ己の首をしめることになる。命を狙われ続けている現状がそれを物語っていた。
王の寵愛を受け、死してなお愛され続ける側妃は、王妃にとっては殺しても殺し足りないほど憎き相手なのだろう。
その憎悪が今、自分へと向けられている。
王位継承権の放棄が認められたとしても、第二王子の死を手にしない限り王妃は満足しないだろう。暗殺の手を今後もゆるめることはない。
己の側にいる限り、レベッカもまた命を狙われ続ける。だからこそ、この想いは封印しなければならない。
彼女を守るために。
「母さん、俺にも愛する人が出来たんだ。でも、ごめん。母さんに紹介出来そうにないや」
エリアスはその場にしゃがむと、足元に咲く青い花を摘む。
もうすぐ精果草の解毒薬は完成するだろう。さすれば、精果草の事件も解決へと進んでいく。
レベッカを手放さなければならない時も近づいている。
あと少し。あと少しだけ、わがままを許してくれ。この事件が解決したら、レベッカを手放すと誓う。
だから、お願いだ。
俺からレベッカと過ごす時間を奪わないでくれ。
青い花が悲しげに手元で揺れている。
「母さん、また来るよ」
エリアスは墓石に背を向け歩き出す。その悲しげな背を慰めるかのように、柔らかな風が霊廟を吹き抜けていった。
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