【R18】わたしが悪女をやめた理由〜欲望を宿し瞳に囚われて

湊未来

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働かざる者、食うべからず

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「ふふふ、コレとコレを合わせれば……」

 シャロン男爵家の広大な敷地に自生する森の中。男爵家の創始者、変人薬師と有名だった祖父から引き継いだ研究棟の一室に、朝から試験管片手にレベッカはこもっていた。小ぢんまりとした研究室内には、所狭しと薬瓶が置かれ、窓には乾燥させた植物がぶら下がる。年季の入った戸棚には、貴重な鉱物や動植物が木箱に収められ大切に保管されていた。
 簡素な木のテーブルの上に並べられた試験管の中では色鮮やかな液体がコポコポと音をたて揺れる。その中から一本の試験管を手に取ったレベッカは、乳白色に輝く液体の入ったフラスコを見つめニタリと笑った。

(おじいさまから引き継いだ研究も完成まであとわずか。気合も入るわね)

 右手にスポイトを握り七色の液体を吸い取ると、ポタポタとフラスコの中へと落としていく。

「……1、2、3……、あと一滴」

 フラスコ内の乳白色の液体と七色の液体が混ざり、煙が上がる。ポンっと音を鳴らし、真っ白な煙の輪が宙へと吐き出され、登っていくのを見つめていれば、気持ちの昂りを抑えられなくなる。ただ、ここから慎重にことを運ばねば大惨事になることだけはわかっていた。

(慎重に、慎重に……)

 ドクドクと高鳴る鼓動を抑えるため、心に言い聞かせるが、震える手を抑えることが出来ない。

(ダメよ、ダメ。万が一、余分に落ちたら爆発よ。落ち着いて、落ち着いて)

 念仏のように『落ちつけ、落ちつけ』と唱えながら、一滴だけ液体を落とすため指先に力を入れた時だった。

「――――レベッカ、遅れるわよ!!」

「ひゃっ!!」

 バタンっと音を響かせ開いた扉と母の大きな声に、レベッカの肩がゆれる。そして、七色の液体がドバドバとフラスコ内へと注がれた。

「やばい!! 母さん、逃げて! 爆発する!!!!」

「えっ! えぇぇ!!」

 ブクブクと泡立つフラスコを見たレベッカの行動は早かった。机の上に開いていた祖父の日記帳を引っ掴むと、素っ屯きょんな叫び声をあげる母の手をつかみ、研究室を飛び出す。それと同時にドカンっと巨大な音を響かせ、扉が吹っ飛んだ。
 モクモクと煙を吐き出す入り口を見つめ呆然と立ち尽くす母を横目に、これから落とされるであろう雷を思い、レベッカはコソッとため息をこぼすしかなかった。







「レベッカ! あなたって娘は、シャロン家を丸焼きにするつもりなの!!」

 鬼の形相をした母に連行されやってきたシャロン男爵家の本宅。元商人の家だけあり、無駄なものがなく綺麗に整理整頓されたリビングの床の上、正座を強要されたレベッカは母を前に項垂れる。

(母さんが突然声をかけたのが悪いんじゃない。あと、もう少しで完成できたのに)

 そんな事は口が裂けても言えない。ポロッとこぼそうものなら、小一時間続いた説教が、さらに数時間延長されるのは目に見えている。

「確かに、お祖父さまの研究を完成させるのは大切よ。あれの完成は、シャロン家の悲願だし。ただね、先を急いで男爵家が丸焼けになっては元も子もないでしょ」

「でも、丸焼けにならなかったわ。それに、お祖父さまの日記帳も無事だし」

「あっ……、日記帳! 無事だったのね。よかったわ」

 心底ホッとしたとでも言うように、母が一つため息を吐き出す。

 亡くなった祖父が遺した日記帳。それは、彼の人生そのものだ。
 薬師として優秀だった祖父は、ある植物の研究者でもあった。かつて、我が国オーランド王国を震撼させた大事件。シャロン家は、その大事件を解決に導いた立役者として、王家から男爵位を拝命した背景を持つ貴族家なのだ。

「でも、ほんと何の因果か……、どうしてお祖父さまの才能を引き継いだのがレベッカなのか。小さな頃から変わった子だったけど、人形遊びより薬草とりが趣味な子なんて普通いないでしょ。お祖父さまも、そんなレベッカが可愛くて仕方なかったから、色んなことを教えて、大惨事よ」

 片手を額にあて大きなため息をこぼす母を見て、レベッカの頭の中で警報音が鳴る。

(まずいまずい、昔話に突入されたら逃げられなくなる!!)

「おおおお母さま!」

「お母さまだなんて、貴族みたいな呼び方はやめてったら。昔も今も、私は商人の妻よ」

 シャロン家が男爵位を賜っても本質は変わらない。母の言葉がそれを物語っている。
 シャロン家当主である父は、今も一番上の兄を連れ、諸外国を渡り歩き、二番目の兄は、平民街で一番大きな商会の会長をしている。貴族になったとしても、家訓は変わらず『働かざるもの、食うべからず』で、それはレベッカも例外ではない。男爵令嬢でありながら城の侍女として働いている。しかも、セインと婚約してからは、行儀見習いとして侍女長の下、高位貴族の相手もしなくてはならなくなった。

(本当、嫌になっちゃう。あれは単なる雑用係よ……)

 柔和な笑みを浮かべた恰幅の良い侍女長を思い出し、レベッカはコソッとため息を吐き出す。
 
 そして、数ヶ月単位で家を留守にする父の代わりに、シャロン家を取り仕切るのは、自分は商人の妻と豪語する勝ち気な母。数名の使用人をまとめ、シャロン商会のトップとして店を回すだけの胆力も頭脳も持ち合わせた女傑なのだ。
 そんな母に抵抗出来る者などいない。
 父しかり、兄しかり、そしてレベッカもしかりである。

(ここは、逃げるが勝ちね)

「やだわ!! もうこんな時間! 仕事に遅れちゃう。じゃ、母さん。行ってきまーす!」

「ちょっと待ちなさい、レベッカ!! 話は終わって――――」

 さっと立ち上がったレベッカは身体をくるっと翻し、駆ける。

(毎日の鍛錬の成果は上場ね。商人の娘なら自分の身くらい、自分で守れなきゃ)

 そんなどうでもいいことを考えながら、レベッカは、リビングの扉を開けると外へと飛び出した。
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