42 / 42
三年越しの想い
しおりを挟む
「お待ちしておりました、清瀬さま」
三年前のあの日と同じように、後部座席の扉を開け穏やかな声をかけてくれた支配人の手を借り、タクシーから降りる。
はやる気持ちを抑え、支配人の後に続き店内へと入れば、三年前の記憶がよみがえる。
劣等感に支配され、パーカーにジーパン姿の自分に怖気づき、『こんな高級レストランになんか入れない』と言った私に、颯真さんは言ってくれた。
『誰かと比べ、劣等感に支配され、周りの目を気にして生きるなんて、つまらないと思わない?』
あの言葉が、劣等感でいっぱいだった私を変えた。そして、一歩前へ進む勇気をくれた。
変わりたいと願った私の背中をずっと押し続けてくれた大切な人……
「清瀬さま、三年前にお会いした時よりも、さらに素敵な女性になられましたね。三年という月日が、あなた様を変えられた。苦しいことも、辛いこともあったでしょう。誰かに助けを求めたくなったことも一度や二度ではなかったでしょう」
三年前、この場所で颯真さんに別れを告げてから、何度も自分の選択が本当に正しかったのか悩んだ。すべてを投げ出して、彼の胸に飛び込めば良かったと考えたことも数知れずだ。
しかし、その度に思い出すのは、あの夜、彼に誓った言葉。
『もう一度、あのステージに立ちたい』
今度こそ逃げないと決めた。自分の力がどこまで通用するかはわからない。でも、あきらめたくなかった。
彼の手を取れないと言った私に、颯真さんは笑って背中を押してくれた。そんな彼に『待っていて……』なんて言えなかった。でも、彼はずっと待っていてくれた。
「支配人さん、私……、彼の隣に立つにふさわしい女性になれたでしょうか?」
「清瀬さまは、今も昔も素敵な女性でございますよ。初めてお会いした時からね。その答えはもう、ご自分の心におありなのではありませんか? さぁ、この先で一色さまがお待ちです」
優しい笑みを浮かべた支配人の言葉と共に開かれた扉。目の前に現れた人工池には青薔薇の花びらが湖面いっぱいに浮かび、池を渡る白大理石の道に置かれた蝋燭の灯りが、花びらが浮かぶ湖面を幻想的に照らしていた。
三年前と同じ光景に、胸が切なく痛み、うつむく。
あの時の私では、颯真さんの手を取ることはできなかった。でも、今は違う――
決意を胸に顔をあげ前を見つめた瞬間、バージンロードの先、祭壇を前に立つあの日と同じ真っ白なタキシード姿の彼が振り向き、こちらへと手を差し伸べた。
「――――穂花!!」
優しい笑みを浮かべ、私の名を呼ぶ颯真さんの声に弾かれ、駆け出す。
今度こそ、あの手を――――
走り出した勢いのまま、両手を広げた颯真さんの胸へと飛び込めば、懐かしい彼の香りに包まれ、涙が込み上げる。
もう、我慢しなくていい。この、想いを我慢しなくてもいいんだ。
あふれ出した想いのまま、ギュッと彼に抱きつけば『わかっている』とでも言うように、背に回された手が優しく頭をなでる。その行為があまりにも優しくて、涙があふれて止まらない。
「穂花……、よくがんばったね。三年越しの『miracle』、もう一度ステージで輝く『カノン』を観て胸が熱くなった。やっぱり、あきらめられない。君を困らせてしまうってわかっている。でも、君への想いは――――」
彼の紡ぐ言葉を塞ぐように、自らの意思で彼の唇を塞ぐ。ビクッと一瞬震えた彼の腕は、次の瞬間には私の体を強く、強く抱く。
重なった唇が会えなかった年月を埋めるかのように深く、深く交わる。
「――――颯真さん、ダメです。その続きは私に言わせて。最後の約束、覚えていますか?」
「約束?」
「はい。すべてが終わった時、私の想いを颯真さんに伝えるって。だから、待っていてって」
彼の顔を見つめ、三年越しの想いを伝える。
「颯真さん、愛してます。どうか、この想い受けっとってください!」
湖面を彩る青薔薇の絨毯の上、ろうそくの光に照らされ、重なり合った二つの影がひとつに交わる。
重なり合う男女。
『彼女』の薬指には、大粒のダイヤと、それを囲むように配置されたブルーサファイヤの指輪が、幻想的な光に照らされキラキラと輝いていた。
【完】
三年前のあの日と同じように、後部座席の扉を開け穏やかな声をかけてくれた支配人の手を借り、タクシーから降りる。
はやる気持ちを抑え、支配人の後に続き店内へと入れば、三年前の記憶がよみがえる。
劣等感に支配され、パーカーにジーパン姿の自分に怖気づき、『こんな高級レストランになんか入れない』と言った私に、颯真さんは言ってくれた。
『誰かと比べ、劣等感に支配され、周りの目を気にして生きるなんて、つまらないと思わない?』
あの言葉が、劣等感でいっぱいだった私を変えた。そして、一歩前へ進む勇気をくれた。
変わりたいと願った私の背中をずっと押し続けてくれた大切な人……
「清瀬さま、三年前にお会いした時よりも、さらに素敵な女性になられましたね。三年という月日が、あなた様を変えられた。苦しいことも、辛いこともあったでしょう。誰かに助けを求めたくなったことも一度や二度ではなかったでしょう」
三年前、この場所で颯真さんに別れを告げてから、何度も自分の選択が本当に正しかったのか悩んだ。すべてを投げ出して、彼の胸に飛び込めば良かったと考えたことも数知れずだ。
しかし、その度に思い出すのは、あの夜、彼に誓った言葉。
『もう一度、あのステージに立ちたい』
今度こそ逃げないと決めた。自分の力がどこまで通用するかはわからない。でも、あきらめたくなかった。
彼の手を取れないと言った私に、颯真さんは笑って背中を押してくれた。そんな彼に『待っていて……』なんて言えなかった。でも、彼はずっと待っていてくれた。
「支配人さん、私……、彼の隣に立つにふさわしい女性になれたでしょうか?」
「清瀬さまは、今も昔も素敵な女性でございますよ。初めてお会いした時からね。その答えはもう、ご自分の心におありなのではありませんか? さぁ、この先で一色さまがお待ちです」
優しい笑みを浮かべた支配人の言葉と共に開かれた扉。目の前に現れた人工池には青薔薇の花びらが湖面いっぱいに浮かび、池を渡る白大理石の道に置かれた蝋燭の灯りが、花びらが浮かぶ湖面を幻想的に照らしていた。
三年前と同じ光景に、胸が切なく痛み、うつむく。
あの時の私では、颯真さんの手を取ることはできなかった。でも、今は違う――
決意を胸に顔をあげ前を見つめた瞬間、バージンロードの先、祭壇を前に立つあの日と同じ真っ白なタキシード姿の彼が振り向き、こちらへと手を差し伸べた。
「――――穂花!!」
優しい笑みを浮かべ、私の名を呼ぶ颯真さんの声に弾かれ、駆け出す。
今度こそ、あの手を――――
走り出した勢いのまま、両手を広げた颯真さんの胸へと飛び込めば、懐かしい彼の香りに包まれ、涙が込み上げる。
もう、我慢しなくていい。この、想いを我慢しなくてもいいんだ。
あふれ出した想いのまま、ギュッと彼に抱きつけば『わかっている』とでも言うように、背に回された手が優しく頭をなでる。その行為があまりにも優しくて、涙があふれて止まらない。
「穂花……、よくがんばったね。三年越しの『miracle』、もう一度ステージで輝く『カノン』を観て胸が熱くなった。やっぱり、あきらめられない。君を困らせてしまうってわかっている。でも、君への想いは――――」
彼の紡ぐ言葉を塞ぐように、自らの意思で彼の唇を塞ぐ。ビクッと一瞬震えた彼の腕は、次の瞬間には私の体を強く、強く抱く。
重なった唇が会えなかった年月を埋めるかのように深く、深く交わる。
「――――颯真さん、ダメです。その続きは私に言わせて。最後の約束、覚えていますか?」
「約束?」
「はい。すべてが終わった時、私の想いを颯真さんに伝えるって。だから、待っていてって」
彼の顔を見つめ、三年越しの想いを伝える。
「颯真さん、愛してます。どうか、この想い受けっとってください!」
湖面を彩る青薔薇の絨毯の上、ろうそくの光に照らされ、重なり合った二つの影がひとつに交わる。
重なり合う男女。
『彼女』の薬指には、大粒のダイヤと、それを囲むように配置されたブルーサファイヤの指輪が、幻想的な光に照らされキラキラと輝いていた。
【完】
0
お気に入りに追加
69
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(8件)
あなたにおすすめの小説

羽柴弁護士の愛はいろいろと重すぎるので返品したい。
泉野あおい
恋愛
人の気持ちに重い軽いがあるなんて変だと思ってた。
でも今、確かに思ってる。
―――この愛は、重い。
------------------------------------------
羽柴健人(30)
羽柴法律事務所所長 鳳凰グループ法律顧問
座右の銘『危ない橋ほど渡りたい。』
好き:柊みゆ
嫌い:褒められること
×
柊 みゆ(28)
弱小飲料メーカー→鳳凰グループ・ホウオウ総務部
座右の銘『石橋は叩いて渡りたい。』
好き:走ること
苦手:羽柴健人
------------------------------------------
ある日、憧れブランドの社長が溺愛求婚してきました
蓮恭
恋愛
恋人に裏切られ、傷心のヒロイン杏子は勤め先の美容室を去り、人気の老舗美容室に転職する。
そこで真面目に培ってきた技術を買われ、憧れのヘアケアブランドの社長である統一郎の自宅を訪問して施術をする事に……。
しかも統一郎からどうしてもと頼まれたのは、その後の杏子の人生を大きく変えてしまうような事で……⁉︎
杏子は過去の臆病な自分と決別し、統一郎との新しい一歩を踏み出せるのか?
【サクサク読める現代物溺愛系恋愛ストーリーです】
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
クリスマスに咲くバラ
篠原怜
恋愛
亜美は29歳。クリスマスを目前にしてファッションモデルの仕事を引退した。亜美には貴大という婚約者がいるのだが今のところ結婚はの予定はない。彼は実業家の御曹司で、年下だけど頼りになる人。だけど亜美には結婚に踏み切れない複雑な事情があって……。■2012年に著者のサイトで公開したものの再掲です。
幸せの見つけ方〜幼馴染は御曹司〜
葉月 まい
恋愛
近すぎて遠い存在
一緒にいるのに 言えない言葉
すれ違い、通り過ぎる二人の想いは
いつか重なるのだろうか…
心に秘めた想いを
いつか伝えてもいいのだろうか…
遠回りする幼馴染二人の恋の行方は?
幼い頃からいつも一緒にいた
幼馴染の朱里と瑛。
瑛は自分の辛い境遇に巻き込むまいと、
朱里を遠ざけようとする。
そうとは知らず、朱里は寂しさを抱えて…
・*:.。. ♡ 登場人物 ♡.。.:*・
栗田 朱里(21歳)… 大学生
桐生 瑛(21歳)… 大学生
桐生ホールディングス 御曹司

月城副社長うっかり結婚する 〜仮面夫婦は背中で泣く〜
白亜凛
恋愛
佐藤弥衣 25歳
yayoi
×
月城尊 29歳
takeru
母が亡くなり、失意の中現れた謎の御曹司
彼は、母が持っていた指輪を探しているという。
指輪を巡る秘密を探し、
私、弥衣は、愛のない結婚をしようと思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
最後までお読みくださり、ありがとうございました╰(*´︶`*)╯♡
それぞれの想いを胸に進んだ三年間。離れていた時間が、皆の想いを昇華出来た時間であったと願ってます。
ぱらさん、たくさんの感想を本当にありがとうございました(*´³`*) ㄘゅ
うんうん、支配人さんの見る目は確かなのさ✨
颯真さんは、我慢強いのです!
待って、待って、待って、それでも待つ男なのであります(*-ω-)ウンウン