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それぞれの道
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『――穂花に渡したいものがあるんだ』と言って、楽屋を出て行く心菜を見送り、彼女と再会した日の事が脳裏に浮かぶ。
確か、あの日は律季の副社長就任祝いでもあったのよね。
個室へ入ったと同時に目に飛び込んできた、赤の蝶ネクタイに黒のスーツの律季の姿に度肝を抜かれた事を思い出し、クスクスと笑みがこぼれる。昔の律季だったら絶対に拒否していただろう一張羅に身を包み、ソファ席に座る彼を見て、律季もまた、この三年で変わった事を実感した。
あの日から三年、私も律季も変わった。
律季は、美春のマネージャーを退き、あんなに嫌がっていた芸能事務所を継ぐことを決め、伊勢谷のおじさんの下でノウハウを学んでいると最後に会ったときに言っていた。あれから三年、積み上げた実績が認められ、今年副社長に就任することになったと数日前に連絡が来たのだ。
その祝いも兼ねての三年ぶりの再会だった。
真っ赤なバラの花束を胸に抱き、緊張した面持ちで座る律季を見て、思わず吹き出してしまった。そんな私の様子に、ムッとした律季に、ぶっきらぼうにバラの花束を渡されたのは良い思い出になった。
挨拶代わりに『結婚しないか?』と言われたのは、彼なりの照れ隠しだったのかもしれない。もちろん、お約束のように『ごめんなさい』と言った私に、黒い笑みを浮かべ、『副社長まで昇りつめたんだ。やっと、あの男と対等に渡り合える。あきらめないからな!』と言った律季に、彼もまた、三年で大きく変わったのだと実感した。
――――そして、美春。
彼女もまた、この三年で大きく転身したと風の噂で聞いた。
花音引退から一年後、美春は人気絶頂の『鏡レンナ』を引退し、本名『清瀬美春』で舞台俳優へと転身をした。当時、人気絶頂のアイドルが、舞台俳優に転身したと、話題になった。それも悪い方で。
アイドルが演技など出来ないと。辛口の批評家の集中砲火を受けて、ずいぶんテレビでも叩かれていた。
それから二年、そんな声にも負けず、舞台で結果を出し続けた美春は、今や演技派俳優の名を欲しいままに活躍の場を広げている。
『負けず嫌いの美春らしいな』と思いつつ、彼女の活躍を画面越しに、ずっと応援していた。美春もまた、あの日を境に、変わったのかもしれない。
自分の力だけで、成功をつかみ取った美春の努力を、今の私は理解できる。
今朝、楽屋へと届けられてからずっと、鏡の前に飾られているピンクのカーネーションの花束を見つめながら、そんなことを考えていた。
――――いつか、美春と和解できることを願いながら。
♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢
「穂花、ごめん。お待たせ」
そう言って楽屋へと入ってきた心菜の元気な声に、物思いに耽っていた私の意識がそがれる。
「うんん、そんなに待ってないよ。それで贈り物って?」
私の問いに、ワケ知り顔の心菜が、人の悪い笑みを浮かべる。
「ふふふん……、なんだと思う?」
「えっ? わかんないよ」
先ほどから両手を背後へと隠している心菜。きっと、隠している手に持っている何かが贈り物なのだろう。でも、ここからでは彼女が何を持っているかまではわからない。
焦れた私が彼女の手元を覗こうと立ち上がった時、突然目に飛び込んできた視界いっぱいの『青』と、芳しいバラの芳香が鼻腔に広がり、三年前の記憶が甦える。青薔薇の花束を渡された時の狂おしいほどに切ない記憶が――――
「えっ……、青薔薇……」
「はい、どうぞ。『奏音』のファン一号さんからです!」
「ファン一号、さん……、なんで知って……」
「ふふふ、それは内緒。契約違反になっちゃうからね。はい、どうぞ」
手渡されたメッセージカードを開いた途端、涙があふれ出す。
『もう一度、奇跡をこの手に。une rencontre miracleで待っている』
――――颯真さん。やっぱり、あなただったのですね。
ずっと私の背中を押し続け、羽ばたかせてくれた人。その人が約束の場所で待ってくれている。
メッセージカードの最後に記された『ファン一号』の文字に、もうジッとなんてしていられなかった。
心からあふれ出した思いのまま、楽屋を飛び出し走り出す。
「穂花! 裏口にタクシー呼んでるから、それに乗りなさいよ!!」
私の背にかけられた心菜の力強い声に勇気が湧いてくる。前を向き全速力で廊下を駆け抜けた私は、裏口で待っていたタクシーに飛び乗り、宵闇に包まれた街中を抜け、『une rencontre miracle』へと向かった。
確か、あの日は律季の副社長就任祝いでもあったのよね。
個室へ入ったと同時に目に飛び込んできた、赤の蝶ネクタイに黒のスーツの律季の姿に度肝を抜かれた事を思い出し、クスクスと笑みがこぼれる。昔の律季だったら絶対に拒否していただろう一張羅に身を包み、ソファ席に座る彼を見て、律季もまた、この三年で変わった事を実感した。
あの日から三年、私も律季も変わった。
律季は、美春のマネージャーを退き、あんなに嫌がっていた芸能事務所を継ぐことを決め、伊勢谷のおじさんの下でノウハウを学んでいると最後に会ったときに言っていた。あれから三年、積み上げた実績が認められ、今年副社長に就任することになったと数日前に連絡が来たのだ。
その祝いも兼ねての三年ぶりの再会だった。
真っ赤なバラの花束を胸に抱き、緊張した面持ちで座る律季を見て、思わず吹き出してしまった。そんな私の様子に、ムッとした律季に、ぶっきらぼうにバラの花束を渡されたのは良い思い出になった。
挨拶代わりに『結婚しないか?』と言われたのは、彼なりの照れ隠しだったのかもしれない。もちろん、お約束のように『ごめんなさい』と言った私に、黒い笑みを浮かべ、『副社長まで昇りつめたんだ。やっと、あの男と対等に渡り合える。あきらめないからな!』と言った律季に、彼もまた、三年で大きく変わったのだと実感した。
――――そして、美春。
彼女もまた、この三年で大きく転身したと風の噂で聞いた。
花音引退から一年後、美春は人気絶頂の『鏡レンナ』を引退し、本名『清瀬美春』で舞台俳優へと転身をした。当時、人気絶頂のアイドルが、舞台俳優に転身したと、話題になった。それも悪い方で。
アイドルが演技など出来ないと。辛口の批評家の集中砲火を受けて、ずいぶんテレビでも叩かれていた。
それから二年、そんな声にも負けず、舞台で結果を出し続けた美春は、今や演技派俳優の名を欲しいままに活躍の場を広げている。
『負けず嫌いの美春らしいな』と思いつつ、彼女の活躍を画面越しに、ずっと応援していた。美春もまた、あの日を境に、変わったのかもしれない。
自分の力だけで、成功をつかみ取った美春の努力を、今の私は理解できる。
今朝、楽屋へと届けられてからずっと、鏡の前に飾られているピンクのカーネーションの花束を見つめながら、そんなことを考えていた。
――――いつか、美春と和解できることを願いながら。
♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢
「穂花、ごめん。お待たせ」
そう言って楽屋へと入ってきた心菜の元気な声に、物思いに耽っていた私の意識がそがれる。
「うんん、そんなに待ってないよ。それで贈り物って?」
私の問いに、ワケ知り顔の心菜が、人の悪い笑みを浮かべる。
「ふふふん……、なんだと思う?」
「えっ? わかんないよ」
先ほどから両手を背後へと隠している心菜。きっと、隠している手に持っている何かが贈り物なのだろう。でも、ここからでは彼女が何を持っているかまではわからない。
焦れた私が彼女の手元を覗こうと立ち上がった時、突然目に飛び込んできた視界いっぱいの『青』と、芳しいバラの芳香が鼻腔に広がり、三年前の記憶が甦える。青薔薇の花束を渡された時の狂おしいほどに切ない記憶が――――
「えっ……、青薔薇……」
「はい、どうぞ。『奏音』のファン一号さんからです!」
「ファン一号、さん……、なんで知って……」
「ふふふ、それは内緒。契約違反になっちゃうからね。はい、どうぞ」
手渡されたメッセージカードを開いた途端、涙があふれ出す。
『もう一度、奇跡をこの手に。une rencontre miracleで待っている』
――――颯真さん。やっぱり、あなただったのですね。
ずっと私の背中を押し続け、羽ばたかせてくれた人。その人が約束の場所で待ってくれている。
メッセージカードの最後に記された『ファン一号』の文字に、もうジッとなんてしていられなかった。
心からあふれ出した思いのまま、楽屋を飛び出し走り出す。
「穂花! 裏口にタクシー呼んでるから、それに乗りなさいよ!!」
私の背にかけられた心菜の力強い声に勇気が湧いてくる。前を向き全速力で廊下を駆け抜けた私は、裏口で待っていたタクシーに飛び乗り、宵闇に包まれた街中を抜け、『une rencontre miracle』へと向かった。
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