上 下
40 / 42

最高の友

しおりを挟む
 鳴り止まない拍手と会場を埋めつくした観客の『アンコール』の声に、ステージ袖で待機している私の気持ちも昂る。

『花音』最後のライブから三年。

 紆余曲折を経て、私は新人Vチューバー『奏音カノン』として再出発を果たした。

 全くの無名の新人として再出発した『奏音』は、三年の時を経て、数十万人のファンを持つVチューバーへと大きく成長した。

 無名の頃から歌い続けた歌が、有名な若手音楽プロデューサーの目に留まり、コラボ曲が大ヒットを生んだのだ。そして遡ること数ヶ月前、歌手『カノン』としてのデビューが正式に決定した。

 約束のステージで、もう一度『miracle』を歌いたい。その想いだけで、今日まで走り続けた。

 スタッフの合図で、ステージの中央へと向かい歩き出す。

 あの日と同じ、白の生地に青のスパンコールが胸元から裾にかけてグラデーションに広がるドレス。まるで、ウェディングドレスのような衣装。少し大人びたドレスも三年の時を経て、少しは似合うようになった。

 颯真さん、どこかで観てくれていますか? 

 あなたと別れてから三年。必死に頑張ってきました。

『奏音』として初めてとった配信。閲覧数ゼロの数字に現実を思い知った一瞬、目に飛び込んできた言葉に救われた。

――――もう一度、あなたと出逢えた奇跡に

 user name『ファン一号』さん、あなたの言葉に折れそうになる心を何度も救われました。そして、『奏音』を知り、愛してくれたファンがいたからこそ、私はこのステージに帰って来ることが出来た。

 ありったけの感謝の気持ちを込めて、この歌を歌いたい。

「みんな、本当にありがとう。ラストソング聴いてください。『――――miracle』」

 ずっと封印していた『miracle』が、あの日と同じように会場中に響き渡る。そして、『奏音』のイメージーカラー水色のペンライトの光が、『花音』の色、青色へと変わっていく。

『花音』から『奏音』へ、そして『カノン』へ

 地道に続けてきた活動が交わり、今ひとつになる。水色と青色のペンライトの光が混ざり、ゆっくりと揺れる会場を眺め、あふれ出しそうになる涙を堪え、思いの丈を『miracle』に込め歌う。

 どうか、この歌が私を支えてくれた多くの人たちへ届きますように……

 そして、あの日と同じようにエンディングのメロディーが流れ、曲が終わりを告げる。鳴り止まない拍手の音とファンから湧きおこった『――カノン、おかえり』のコールに、心が震える。

 誰かの代わりとして、影のように生きた人生から、本当の意味で、穂花が解放された瞬間だった。


♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢


「穂花、お疲れさま! ステージ、とってもよかった」

 デビューライブを終え、楽屋へと戻ってきた私は、猛ダッシュで飛びついてきた友人にギュウギュウと抱きしめられていた。

「ま、待って、待って、心菜ここな。転んじゃうから」

「あっ、ごめん、ごめん。つい嬉しくなっちゃって。あらためて、デビューおめでとう」

 慌てて距離をとった友人の満面の笑みを見て、心が熱くなる。まさか、心菜とこんな形で再会できることになるとは想像もしていなかった。

 二年前、一色コーポレーションを退職した心菜との最後のやり取りを思い出す。あの時は、あまりに急な退職に、理由も聞けず、お別れの言葉もまともに言えず、苦い後悔だけが残った。

 愛想もなく、どちらかというとコミュ障だった当時の私と根気強く接し続けてくれた大切な友人。『花音』としての活動もあり、プライベートで会うことはほとんど出来なかったが、何度も外へ連れ出そうと誘ってくれたのも彼女だった。

 私という存在を理解し、手を差し伸べてくれた親友とも呼べる存在との突然の別れは、正直つらかったが、彼女が最後に言った『また、絶対会えるから』の言葉を胸に、あの時は寂しさをやり過ごしていたように思う。

 あれから二年。私も『カノン』としてのデビューが決まり、数日前に『デビュー祝いだ』と律季に呼び出された高級イタリアンで心菜を紹介されたときは、あまりの驚きに数分は固まっていたと思う。しかも『カノン』の新しいマネージャーとして紹介されたのだ。驚かない方が無理である。

「それにしても、穂花すごいよ。副社長に、一万人収容できる大ホールを抑えろと言われた時は、この男バカなのかって思ったけど、今日の穂花のステージ観て理解出来た。ファンとの一体感、そして『おかえり』のコール。穂花、ずっと一人で頑張って来たんだね」

 心菜の言葉に胸が熱くなり、目に涙がにじむ。

「ありがと、心菜。本当に、ありがとう。私、一人じゃなかった。たくさんの人に支えられて、ここまで来れたの。その中には、心菜の存在もあるの。殻に閉じこもって前に進めなかった私に、ずっと寄り添ってくれてありがとう」

「もう、泣かせないでよ。穂花なら大丈夫だって、ずっと思っていた。一色コーポレーションで同僚やっている時も、事情を抱えて生きているのは何となく気づいていたんだ。極端に人目を気にしているんだもん、言えない事情があるなってね。でも、私には心を開いてくれたじゃん。それが嬉しかったんだ」

 そう言って、歯にかむように笑った心菜を見つめ、私こそ彼女の存在にずっと救われていたと思う。引っ込み思案で、人付き合いが下手な私をいつも気にかけ、上手くリードしてくれる大切な友。彼女の存在があったからこそ、総務課で居心地良く働くことが出来ていたのだと、今ならわかる。

「――だけど、ずっと後悔してた。穂花が苦しんでいるの、知ってたのに何も助けてあげられなかった。本当……、あの当時は自分の無力さに何度も泣いたっけ。だから、私も大きな決断をしたの。穂花と共に、歩めるようにね」

 心菜が突然、会社を辞めた理由を知り、涙が込み上げる。

「穂花、良い顔してる。やっと解放されたんだね」

「うん!!」

 言葉に出来ない想いを胸に、心菜の腕へと飛び込む。

 彼女は、私の事情をどれだけ知っていたのだろうか? もしかしたら『花音』として活動していた当時も、私の抱える複雑な事情に気づいていたのかもしれない。そして、私のために大きな決断をしてくれた心菜。

 彼女の熱い想いに涙があふれ出す。

 私はひとりじゃなかった。ずっと、ひとりじゃなかったのに、当時はそのことに気づきもしなかった。

 そのことに気づくきっかけをくれたのも、今はそばにいない『彼』の存在があったから……

 心に去来した切ない想いを打ち消すように、心菜の元気な声が落ち込みそうになった私の心を勇気づけてくれる。

「穂花! もう遠慮はしないからね! 今後は、公私共にガツガツ行くからね。まずは、『カノン』のマネージャーとして、あなたをドームへ連れていくんだから!」

 握りこぶしを天へと突き上げ気合を入れる心菜を見て、笑みがこぼれる。

「これからもよろしくね! 心菜マネージャー!!」

 

しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される

永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】 「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。 しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――? 肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!

再会したスパダリ社長は強引なプロポーズで私を離す気はないようです

星空永遠
恋愛
6年前、ホームレスだった藤堂樹と出会い、一緒に暮らしていた。しかし、ある日突然、藤堂は桜井千夏の前から姿を消した。それから6年ぶりに再会した藤堂は藤堂ブランド化粧品の社長になっていた!?結婚を前提に交際した二人は45階建てのタマワン最上階で再び同棲を始める。千夏が知らない世界を藤堂は教え、藤堂のスパダリ加減に沼っていく千夏。藤堂は千夏が好きすぎる故に溺愛を超える執着愛で毎日のように愛を囁き続けた。 2024年4月21日 公開 2024年4月21日 完結 ☆ベリーズカフェ、魔法のiらんどにて同作品掲載中。

冷たい外科医の心を溶かしたのは

みずほ
恋愛
冷たい外科医と天然万年脳内お花畑ちゃんの、年齢差ラブコメです。 《あらすじ》 都心の二次救急病院で外科医師として働く永崎彰人。夜間当直中、急アルとして診た患者が突然自分の妹だと名乗り、まさかの波乱しかない同居生活がスタート。悠々自適な30代独身ライフに割り込んできた、自称妹に振り回される日々。 アホ女相手に恋愛なんて絶対したくない冷たい外科医vsネジが2、3本吹っ飛んだ自己肯定感の塊、タフなポジティブガール。 ラブよりもコメディ寄りかもしれません。ずっとドタバタしてます。 元々ベリカに掲載していました。 昔書いた作品でツッコミどころ満載のお話ですが、サクッと読めるので何かの片手間にお読み頂ければ幸いです。

【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜

雪井しい
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。 【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】 ☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆ ※ベリーズカフェでも掲載中 ※推敲、校正前のものです。ご注意下さい

憧れのあなたとの再会は私の運命を変えました~ハッピーウェディングは御曹司との偽装恋愛から始まる~

けいこ
恋愛
15歳のまだ子どもだった私を励まし続けてくれた家庭教師の「千隼先生」。 私は密かに先生に「憧れ」ていた。 でもこれは、恋心じゃなくただの「憧れ」。 そう思って生きてきたのに、10年の月日が過ぎ去って25歳になった私は、再び「千隼先生」に出会ってしまった。 久しぶりに会った先生は、男性なのにとんでもなく美しい顔立ちで、ありえない程の大人の魅力と色気をまとってた。 まるで人気モデルのような文句のつけようもないスタイルで、その姿は周りを魅了して止まない。 しかも、高級ホテルなどを世界展開する日本有数の大企業「晴月グループ」の御曹司だったなんて… ウエディングプランナーとして働く私と、一緒に仕事をしている仲間達との関係、そして、家族の絆… 様々な人間関係の中で進んでいく新しい展開は、毎日何が起こってるのかわからないくらい目まぐるしくて。 『僕達の再会は…本当の奇跡だ。里桜ちゃんとの出会いを僕は大切にしたいと思ってる』 「憧れ」のままの存在だったはずの先生との再会。 気づけば「千隼先生」に偽装恋愛の相手を頼まれて… ねえ、この出会いに何か意味はあるの? 本当に…「奇跡」なの? それとも… 晴月グループ LUNA BLUホテル東京ベイ 経営企画部長 晴月 千隼(はづき ちはや) 30歳 × LUNA BLUホテル東京ベイ ウエディングプランナー 優木 里桜(ゆうき りお) 25歳 うららかな春の到来と共に、今、2人の止まった時間がキラキラと鮮やかに動き出す。

男に間違えられる私は女嫌いの冷徹若社長に溺愛される

山口三
恋愛
「俺と結婚してほしい」  出会ってまだ何時間も経っていない相手から沙耶(さや)は告白された・・・のでは無く契約結婚の提案だった。旅先で危ない所を助けられた沙耶は契約結婚を申し出られたのだ。相手は五瀬馨(いつせかおる)彼は国内でも有数の巨大企業、五瀬グループの若き社長だった。沙耶は自分の夢を追いかける資金を得る為、養女として窮屈な暮らしを強いられている今の家から脱出する為にもこの提案を受ける事にする。  冷酷で女嫌いの社長とお人好しの沙耶。二人の契約結婚の行方は?  

私の好きなひとは、私の親友と付き合うそうです。失恋ついでにネイルサロンに行ってみたら、生まれ変わったみたいに幸せになりました。

石河 翠
恋愛
長年好きだった片思い相手を、あっさり親友にとられた主人公。 失恋して落ち込んでいた彼女は、偶然の出会いにより、ネイルサロンに足を踏み入れる。 ネイルの力により、前向きになる主人公。さらにイケメン店長とやりとりを重ねるうち、少しずつ自分の気持ちを周囲に伝えていけるようになる。やがて、親友との決別を経て、店長への気持ちを自覚する。 店長との約束を守るためにも、自分の気持ちに正直でありたい。フラれる覚悟で店長に告白をすると、思いがけず甘いキスが返ってきて……。 自分に自信が持てない不器用で真面目なヒロインと、ヒロインに一目惚れしていた、実は執着心の高いヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。 この作品は、エブリスタ及び小説家になろうにも投稿しております。 扉絵はphoto ACさまよりお借りしております。

10 sweet wedding

国樹田 樹
恋愛
『十年後もお互い独身だったら、結婚しよう』 そんな、どこかのドラマで見た様な約束をした私達。 けれど十年後の今日、私は彼の妻になった。 ……そんな二人の、式後のお話。

処理中です...