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穂花の選ぶ道
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目の前に広がるのは、幻想的な無数の光。
人工池に浮かべられた蝋燭の光がゆらゆらと揺れ、池の真ん中に設えられた祭壇まで真っ直ぐにのびた真っ白な道。
まるで花嫁が歩くバージンロードみたい。
「颯真さん、ここって……」
「この場所で穂花に言いたいって思っていたんだ。俺が穂花の言葉に救われたように、穂花が前を向き変わろうと思えた場所がここ『une rencontre miracle』なら、もう一度、奇跡を起こせるんじゃないかなって」
「奇跡?」
「そう……、『奇跡』。花音の代表歌『miracle』の歌詞の中にもあるだろ、『――この世界は、小さな奇跡にあふれている』って。無名だった君をネットの世界から見つけ出すことが出来たのも、そしてあの日、会社のロビーホールで穂花を助けたのも、花音のキーホルダーを拾ったのも、小さな奇跡だ。小さな奇跡の積み重ねがあって今がある。だから――」
彼の手にはキラキラと輝く小箱が握られている。
「――どうか俺の願いを叶えて欲しい。穂花、君のこれからの人生を、俺と一緒に歩んでくれないだろうか」
片膝をついた颯真さんが、クリスタルの小箱から取り出した指輪を差し出す。中央の台座にはめられた大粒のダイヤと、それを囲むようにブルーサファイヤが配置された指輪は、池に浮かべられたロウソクの灯でキラキラと輝く。
素敵な、指輪。
花音の色をまとう指輪は、間違いなく私のために作られたものだ。
彼はいつから、今日の日のために準備をしてきたのだろうか。
白のタキシード姿の颯真さんと、純白のウェディングドレスをモチーフにしたステージ衣装の私。きっと、この衣装も颯真さんが用意してくれたものなのだろう。
『颯真さんの手を取れば私は幸せになれる』
そんな言葉が頭の中をクルクルと回る。
あの伸ばされた手を取り彼の胸へ飛び込めば、私は幸せになれる。そう頭ではわかっているのに、彼へと伸ばしかけた手が宙をさまよう。
何をためらう事があるの。
あの手を取りさえすればいい……
無数の青い光で包まれた会場、そして鳴り止まない『花音』コール。『花音』として過ごした日々が、脳裏を駆け巡った一瞬。
私は何を思った?
花音として重ねた日々が報われた瞬間、私の心に芽生えた、もう一つの想い。
『もう一度、このステージでmiracleを歌いたい』
暖かく自分を迎え入れてくれたファンへの贈りもの『miracle』を歌いながら、その想いは心の中で大きくふくらみ、花ひらいた。
あの手を取れば幸せになれる。
でも……、取れないや……
美春の陰としての人生と訣別すると決めた日、一人で戦うと言った私に颯真さんは言ってくれた。
『穂花が選ぶ未来を尊重する』と。
いつだって彼は私の意思を尊重してくれた。そして、背中を押してくれたじゃないか。
ただ、彼だって人間だ。心がある。自分の意志だってある。いくら理解ある大人と言っても限度がある。
きっと、この言葉を伝えたら、今度こそ愛想を尽かされるだろう。
付き合いきれないと。
この言葉を告げた時の彼の反応が怖くて、怖くて仕方ない。
でも、もう自分の気持ちに嘘をつかないと決めたのだ。弱い自分から訣別すると。
「――好きよ。颯真さんが好き。この気持ちは変わらない。きっと一生変わらないと思う」
片膝をつき、私を見つめる颯真さんの真剣な眼差しが私を射抜く。
この言葉を告げれば彼との関係も終わる。そう想うだけで胸が張り裂けそうに痛い。
だけど、もう迷わない。
あふれ出しそうになる涙を堪え、前を向く。
「でもね、颯真さんの手は取れないの……」
「……それは、どうして?」
こんな時にまで優しい颯真さんの声に抑えていた涙が流れ出す。
「もう一度、あのステージに立って『miracle』を歌いたい」
膝をつきこちらを見つめる颯真さんが立ち上がり、私を強く抱きしめる。
「やっぱり、君はそう言うんだね」
グリーンノートの香りに包まれ彼の胸へと頬を寄せた私には、颯真さんの表情は分からない。ただ、絞り出すように告げられた言葉は、涙声のようにも聴こえる。
その感情を押し殺したような震え声に、胸が切なく痛む。
「ごめんなさい、ごめんなさい……、わがままを許して……」
「君が『花音』なら、そう言うと思っていたよ。いつだって、ファンへ向け小さな希望を与えていた穂花なら、きっと俺の手は取らないって」
「えっ!?」
「きっと穂花は、もう一度立ち上がる。あの時……、一人で戦うと君が言った時、そう思ったんだ。でも俺は往生際が悪いから最後まで足掻きたくなってしまった。穂花が困るだろうと分かっていてもね」
切なさを滲ませた笑みが私の心を深く射ぬいて離さない。
本当、優しすぎよ……
どんな時も私の気持ちを尊重し、導いてくれる優しい人。
彼は何も悪くない。
「……ひっく、ちが……、違う……、そうまさん、わるくないの……」
ひっきりなしに上がる嗚咽で、首を振ることでしか『違う』と伝えられない自分が不甲斐なくて仕方ない。
「ありがとう、穂花」
そう言って私をギュッと強く強く抱きしめた颯真さんの温もりと優しい声に、罪悪感でいっぱいだった心が少し救われたような気がした。
人工池に浮かべられた蝋燭の光がゆらゆらと揺れ、池の真ん中に設えられた祭壇まで真っ直ぐにのびた真っ白な道。
まるで花嫁が歩くバージンロードみたい。
「颯真さん、ここって……」
「この場所で穂花に言いたいって思っていたんだ。俺が穂花の言葉に救われたように、穂花が前を向き変わろうと思えた場所がここ『une rencontre miracle』なら、もう一度、奇跡を起こせるんじゃないかなって」
「奇跡?」
「そう……、『奇跡』。花音の代表歌『miracle』の歌詞の中にもあるだろ、『――この世界は、小さな奇跡にあふれている』って。無名だった君をネットの世界から見つけ出すことが出来たのも、そしてあの日、会社のロビーホールで穂花を助けたのも、花音のキーホルダーを拾ったのも、小さな奇跡だ。小さな奇跡の積み重ねがあって今がある。だから――」
彼の手にはキラキラと輝く小箱が握られている。
「――どうか俺の願いを叶えて欲しい。穂花、君のこれからの人生を、俺と一緒に歩んでくれないだろうか」
片膝をついた颯真さんが、クリスタルの小箱から取り出した指輪を差し出す。中央の台座にはめられた大粒のダイヤと、それを囲むようにブルーサファイヤが配置された指輪は、池に浮かべられたロウソクの灯でキラキラと輝く。
素敵な、指輪。
花音の色をまとう指輪は、間違いなく私のために作られたものだ。
彼はいつから、今日の日のために準備をしてきたのだろうか。
白のタキシード姿の颯真さんと、純白のウェディングドレスをモチーフにしたステージ衣装の私。きっと、この衣装も颯真さんが用意してくれたものなのだろう。
『颯真さんの手を取れば私は幸せになれる』
そんな言葉が頭の中をクルクルと回る。
あの伸ばされた手を取り彼の胸へ飛び込めば、私は幸せになれる。そう頭ではわかっているのに、彼へと伸ばしかけた手が宙をさまよう。
何をためらう事があるの。
あの手を取りさえすればいい……
無数の青い光で包まれた会場、そして鳴り止まない『花音』コール。『花音』として過ごした日々が、脳裏を駆け巡った一瞬。
私は何を思った?
花音として重ねた日々が報われた瞬間、私の心に芽生えた、もう一つの想い。
『もう一度、このステージでmiracleを歌いたい』
暖かく自分を迎え入れてくれたファンへの贈りもの『miracle』を歌いながら、その想いは心の中で大きくふくらみ、花ひらいた。
あの手を取れば幸せになれる。
でも……、取れないや……
美春の陰としての人生と訣別すると決めた日、一人で戦うと言った私に颯真さんは言ってくれた。
『穂花が選ぶ未来を尊重する』と。
いつだって彼は私の意思を尊重してくれた。そして、背中を押してくれたじゃないか。
ただ、彼だって人間だ。心がある。自分の意志だってある。いくら理解ある大人と言っても限度がある。
きっと、この言葉を伝えたら、今度こそ愛想を尽かされるだろう。
付き合いきれないと。
この言葉を告げた時の彼の反応が怖くて、怖くて仕方ない。
でも、もう自分の気持ちに嘘をつかないと決めたのだ。弱い自分から訣別すると。
「――好きよ。颯真さんが好き。この気持ちは変わらない。きっと一生変わらないと思う」
片膝をつき、私を見つめる颯真さんの真剣な眼差しが私を射抜く。
この言葉を告げれば彼との関係も終わる。そう想うだけで胸が張り裂けそうに痛い。
だけど、もう迷わない。
あふれ出しそうになる涙を堪え、前を向く。
「でもね、颯真さんの手は取れないの……」
「……それは、どうして?」
こんな時にまで優しい颯真さんの声に抑えていた涙が流れ出す。
「もう一度、あのステージに立って『miracle』を歌いたい」
膝をつきこちらを見つめる颯真さんが立ち上がり、私を強く抱きしめる。
「やっぱり、君はそう言うんだね」
グリーンノートの香りに包まれ彼の胸へと頬を寄せた私には、颯真さんの表情は分からない。ただ、絞り出すように告げられた言葉は、涙声のようにも聴こえる。
その感情を押し殺したような震え声に、胸が切なく痛む。
「ごめんなさい、ごめんなさい……、わがままを許して……」
「君が『花音』なら、そう言うと思っていたよ。いつだって、ファンへ向け小さな希望を与えていた穂花なら、きっと俺の手は取らないって」
「えっ!?」
「きっと穂花は、もう一度立ち上がる。あの時……、一人で戦うと君が言った時、そう思ったんだ。でも俺は往生際が悪いから最後まで足掻きたくなってしまった。穂花が困るだろうと分かっていてもね」
切なさを滲ませた笑みが私の心を深く射ぬいて離さない。
本当、優しすぎよ……
どんな時も私の気持ちを尊重し、導いてくれる優しい人。
彼は何も悪くない。
「……ひっく、ちが……、違う……、そうまさん、わるくないの……」
ひっきりなしに上がる嗚咽で、首を振ることでしか『違う』と伝えられない自分が不甲斐なくて仕方ない。
「ありがとう、穂花」
そう言って私をギュッと強く強く抱きしめた颯真さんの温もりと優しい声に、罪悪感でいっぱいだった心が少し救われたような気がした。
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